第238話 押されっぱなし

文字数 2,036文字

「自然とこうなっちゃったっていうのも含めて、当たってる。人がいっぱい歩いていると、身体が勝手に動き出す。だから今再現して見せてと言われたとしても、無理なんだけど」
 なるほど。尾行をまくのが得意、というか身に付いた習性になっているのね、七尾さん。
 彼女のスタイルを上から下まで見て、どこにその秘訣があるんだろうと考えていると、不意に目が合った。
「さあ、僕の話は早くおしまいにしようよ。お招きに応じてきたんだから、見せてくれるんだよね、手品?」
「は、はい」
 圧を感じ、気後れがちな返事になっちゃった。七尾さんとの距離はまだ三メートルくらいあるのに……芸能人オーラってやつかしら?
「あれ? あなたが部長さんだと思ってたんだけど、違った?」
「え、いえ、部長というかサークルだから会長……」
 ぐいぐい来るなあ。私はマジック以外のことには消極的になりがちで、元々は人見知りするタイプなのよ~。ますます気圧されてしまいそう。
「やっぱりそうなんだ? おどおどし出したから、間違えたのかと思ったよ」
 うう、おどおどしてるように映るんだ……。始める前からへこむなぁ。マジックをスタートさせたら、平常心に戻れると思うんだけど、ちょっと不安になってきちゃった。
「違うクラスの人もいることですし、まずは改めて自己紹介をするのがよいのでは?」
 と、不知火さんが不意に言った。これはきっと助け船だ、私への。「そうしましょ!」とすかさず乗った。
「金田さんからはもう名前聞いたけど、まあいいや」
 七尾さんも受け入れてくれたので、そのまま自己紹介をした。名前を言うだけでは淋しいので、マジック暦も合わせて。
 全員が終わったところで七尾さんが反応する。
「ていうことは、佐倉さん一人がずば抜けてるんだ?」
「ま、まあ、サークルではね」
 マジックのことだから自信を持って答えたいところだけど、無駄にハードルを上げられている気がする。何せ目の前にいる転校生は、シュウさんや中島さんのマジックを見て、種をあっさり見抜いたという。そんな七尾さんから期待されても困る。
 ここは開き直るくらいでなきゃいけない。私は気持ちを切り替えた。
「七尾さんが見てきた人達に比べたら、ひよこもひよこだからね。でも、ひよこにはひよこなりの意地があるから」
 私にしては大きく出られた。やっぱり、マジックのこととなると気合いが入る。
「おかしいな。奇術サークルの人がひよこって言うんなら、僕は産まれてもいない生卵?」
 七尾さんに切り返されちゃった。しかもちょっと面白いし。笑うことでリラックスはできたものの、相手の方が余裕あるなと自覚させられる。
 私は用意しておいた道具から、カップ&ボールを取り出した。カップ三つにボールも三つ、そしてステッキが一本。ポケットに入れて持ち運べるくらいのミニサイズのやつね。
 そのとき、不知火さんから「あら」という声。
「カードマジックじゃありませんの?」
「うん。カードはあとで」
 みんなには、私が一番得意にしているのはカードマジックだと認識されている。私自身もそのつもり。得意というよりも、カードマジックに最も力を入れているとすべきかもしれないけれども。
 そんな自信のある演目を最初に持って来なかったから、不知火さんは意外に感じたのかもしれない。私としては、最初に得意なカードマジックをやって、簡単に見抜かれたらそのあときっと、がたがたになってしまう。カードマジックをよりどころ――奥の手に、まずは最古のマジックと言われているカップ&ボールでご機嫌うかがい、じゃなくて七尾さんの眼力を見てみようと思う。
 私は教卓を挟んで、七尾さんと相対した。
 まずは三つのカップを上向きの状態で教卓に置き、次いでそれぞれに対応させる形で一個ずつボールを置く。それから順次、ボールにカップを被せていく。ステッキで右端のカップの底にちょんと触れて、続いて左のカップの底にちょんと触れた。右のカップを開けると、中にあったはずのボールが消えている。今度は左を開けるとボールが二つに増えている。
「……」
 七尾さんの表情を窺ってみたけど、特に目立った変化はなし。ただ、考えているようには見える。
 どうしよう。感想を聞くべきか、それとも次の動きに移るべきか。こういうお客さん、やりにくい~。
 私が迷っていると、七尾さんが口を開いた。
「やりたいことは分かったけれども……どこが不思議なのか」
「え?」
 やりたいこと、つまり現象を理解しているのに不思議さが伝わっていない? かなりショッキングなコメントだわ。どう返事していいのか……言葉がすぐには出て来なかった。
「ほんとに分かってる?」
 これは私ではなく、陽子ちゃんの台詞。見かねて援護射撃をしてくれたんだと思う。
「そのつもりだけど。あ、でも僕は初心者だから、勘違いしているかもしれないな。続きがある? だったらやって見せてよ」
 七尾さんに求められる格好で、私は続きを演じた。気が重かったけど。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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