第256話 宝探しへの道程

文字数 2,117文字

 秀明も同じようにごみ拾いをしながら、これみよがしに嘆息する。
「ごみ拾い、集中して取り組まないと、手に怪我するんじゃなくて?」
「注意はしてる。ただ、女優さんと付き合っている真似をするのも疲れるもんだなと思って」
 巻き返しのつもりで吐いた台詞だったのだが、梧桐はこれを“密着取材”OKの意味に受け取ったようだ。分かっていて、敢えて、かもしれない。
(あれ以来、付き合っているふりというわけではないけれども、頻繁にうちのクラスに越境して来るんだよな)
 回想を終えて、秀明は改めてため息をついた。
(萌莉が知ったら、誤解する恐れ、なきにしもあらずかな。先手を打って、事情を伝えておくのがよさそうだ)
 そんな判断に至った秀明だったが、すぐに電話を掛け直すまではしなくてよいだろうと思った。

             *           *

 事前の予想はあっさりひっくり返った。
「よし分かった」
 相田先生の即答に、私の目はきっとまん丸になっていた。あるいは、鳩が豆鉄砲をっていうやつかも。
「いいんですか? 宝探し」
 再確認の声が小さいのは、ここが職員室だから。普段でもあまり大声は出せないけれども、宝だの何だのだとなおさらだよね。
「いいも悪いも、サークルのトップが決めたことだからなあ。設立の申請のときに、色んなことをやりたいって聞いていたし」
 あ、そういう段階の話をしているのね。私達が気にしているのは、宝探しに取り組んでいく内に、遠出をしたり、道具や資料を購入しなければ行けなくなったりしたとき、顧問の先生がどのくらいのことをしてくれるのかなーっていうのが大部分なのですが。って、これを改めて説明するのは、おねだり感が強くて言い出しにくい。
「先生、そうじゃなくってさあ」
 心の中で思っていても、言うのを躊躇っていたのとほぼ同じフレーズが、私の頭越しに聞こえた。私の斜め後ろには、応援として朱美ちゃんが着いて来てくれている。といっても、私が頼んだのではなくって、朱美ちゃんが強引に着いて来たのだけれどね。宝探しのことを相田先生に言う前に、サークルのみんなに「ひょっとしたら宝探しをすることになるかも」って注釈付きで知らせたところ、前から希望していた朱美ちゃんが強く反応したのは当然なんだけれども、顧問の相田先生への報告がまだだと言ったら、心配されてしまったみたい。
「私らが心配してるのは、実際に探し始めたあとのことなんですけど。とりあえず、学校のクラブ活動――サークルだけど、とにかく学校の活動なんだから、何をやるにしたって先生がいなくちゃだめじゃないですか? 校内なら自習って言って、たまに見に来るだけでもいいかもしれないけど、学校の外だとそういう訳にいかないんじゃあ?」
「確かにその通りだ」
 ぎぎぎっとキャスター付きの椅子が音を立て、少し下がる相田先生。朱美ちゃんのしゃべりの勢いに、先生も押されたみたい。
「顧問として専門的なことは何もしてやれないのに、外でも見てやらないとなったら、何のための肩書きなのか分からなくなるな」
 おおっ。朱美ちゃんのしゃべりのおかげかしら、先生、急に飲み込みが早くなった気がする。ただし、飲み込みが早いのと物分かりがいいのとは、全然違う訳で。
「ただなあ。夏休みって、結構忙しいんだよなあ。恐らくおまえ達に限らず、保護者を始めとする世間一般からは、学校がない間は先生は暇なんでしょう、うらやましいって思われているに違いあるまい」
「違うんですかー?」
 私と朱美ちゃんの声がハモって、変に間延びした聞き返しになった。
 先生は何か思い出したのか、渋い顔つきになって答えてくれた。
「やっぱり、そう思われているか。違うんだよなぁ。基本的に学校ってところは秋にイベントが多い。体育系は運動会、文化系は学園祭とか音楽会とか。細かいので言えばプール仕舞いもあるし、防災訓練もある。六年生の中には中学受験する子だっているから、そういう子をぼちぼちフォローしていく必要があるしな。それでまあ、イベントをちょっとでもばらけるようにさせようって狙いで、五月半ば頃に運動会を催す学校もかなりあるんだが、それだと一年生なんかはまだ学校に入って一ヶ月ほどしか経っていないことになるし、他の学年にしても新しい学年のクラスに馴染めていない子が多いかもしれない。他にも伝統とか季節感とかの理由もあって、うちの学校では昔からイベントの季節はいじってないんだけどな。って、こういう話、分かるかな? 面白くないかもしれないが」
「いえ、分かります」
「分かる、けど」
 私、朱美ちゃんの順に反応。言葉だけ取り上げたら私の方が素直に見えるかもしれないけれども、表情には不安と不満が出ていたと思う。
「分かった。皆まで言うな」
 先生は片手を額に当てて、難しい顔をしつつもそう言ってくれた。
「ぶっちゃけると、先生だって全然時間がないわけじゃあない。貴重な空いた時間を純粋な休日に当てたいだけなんだよ。しかし、ここ数年、何のクラブも受け持っていなかった負い目がある。とりあえず顧問一年目くらいは、部員の要望を全部受け入れたいとも思っている。限度はあるけれどもな」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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