第230話 初めてのタイプ
文字数 2,020文字
アマチュアかプロの卵レベルの人がアンビシャスカードをやってみせるも、手つきがたどたどしかったがために、こんな小さな子に種を見抜かれてしまった―教室にいた受講者は誰もがそう思っていたようだ。
(中島龍毅師のアンビシャスカードを初見で……信じられないな。でもこの女の子がほんとに慧眼の持ち主であるなら、僕のマジックが見破られてもしょうがないってことか)
悔しいが妙に納得してしまう。
そんな感想が表情にも出ていたらしく、ちょうど秀明の方を向いた中島が「安心したかい?」と笑い混じりに聞いてきた。
「え?」
「自分がどこでミスをしたのか思い返してみたが、分からなくて悩んでいたんじゃないのかな」
「はあ、まあ、そんなところです。しかし中島先生でも種が見抜かれてしまったと聞いて、慰められました」
「だろ? 私も大いにへこんだよ。一方で、こんな見方をする子もいるんだなと知見を新たにもした」
「“こんな”見方?」
何を指して“こんな”なのかが、まだ理解できない。秀明だけでなく他の人達も同様だった。
「初めて会って見破られたとき、当然思ったんだ。『この子はマジックに詳しくて、もう何年も練習していて、実際にやっているんだろう』と。そこで同行していた親御さんに尋ねてみたんだが、首を横に振られたものだから焦ったよ」
苦笑いを浮かべてから、中島は七尾を見た。七尾の方は何が面白いの?という風に、小首を傾げる。
「突っ込んで聞いてみたが嘘を言っている様子はない。そこで当人に詳しく尋ねたんだ、どうして種が分かったのかって。すると……ああ、七尾さん、初めて会ったときのこと覚えてるかい?」
「ええ」
「だったら、どういう返事をしたのか、みんなに聞かせてもらえるかな?」
「ん? 僕があのとき言ったままを言えばいいんだよね?」
中島がこれにうなずくと、七尾はどちらの方角に身体を向けようかちょっぴり迷った所作を挟み、結局は秀明を見上げてきた。それから口元に右手人差し指をあてがい、思い出す風に黒目を斜め上の方に寄せる。そしておもむろに言った。
「『当たり前のことになるように、逆から考えたんだ。結果がそうなるんだったらその一つ前はこうで、もう一つ前はこうだろうなって。そうしたらだいたい分かることが多いんだ』……細かいとこは違うかもしれないけれど、多分、こんな風にしゃべったと思うよ。――ね、おじさん?」
中島の方を肩越しに振り返る七尾。
「そうだった、確かに」
そしてお墨付きの言葉をもらって、満足げな笑みでまた向き直った。
秀明はこの子の表情を目の当たりにして、いくつかの疑問が浮かび、そのまま口から声にして出した。
「えーっと、七尾さん。マジックの種を見破ることって多いのかな」
「多いかどうか分からないよ。他の人と比べたことないんだからさ」
それもそうか。妙に納得する。
(論理的思考が自然と身に付いている、といったところか?)
知りたいことをまだ聞けていないので、他の言い方に変える。
「七尾さん自身の見破れる割合でいいよ。だいたいでいいんだ、マジックを十回観たら、何回ぐらいは種が分かるんだろう?」
「うーん? 難しいよ、その質問」
眉間にちょっとだけ縦皺を作り、初めて困った様子を見せる七尾。
(割合が難しかったか? でもすでに習っているはずだぞ。加えて、これだけロジカルシンキングをする子が、割合を知らないわけがない)
想像を膨らませた秀明に対し、七尾の返答はなかなか衝撃的であった。
「十回も観たかどうか、確かじゃないから。あんまり覚えてないんだ、印象に残ってなくて」
「印象に残らない、か。これは手厳しい」
つい、苦笑いを浮かべてしまう。二人のやり取りを聞いていたであろう周りの面々にしても、ざわざわ、どよどよと落ち着かなくなっている。
(こんな子、初めてだ。マジックを十回観たかどうか定かでないくらい、マジックが印象に、つまり記憶に残らないなんて。でも、だからこそ聞いてみたいことがある)
「じゃあ、種を見破れたら嬉しい?」
「見破るっていうか、そのつもりがなくても分かっちゃうことの方が多いと思う。だから嬉しいことは嬉しいけれど、特別なことでもないや」
「マジックを観ること自体は? 楽しいか楽しくないか」
「普通かな」
周囲のどよめきが一段、大きくなった。中島師匠もこれには苦笑を禁じ得なかったらしく、軽く吹き出して首を左右に振るのが分かった。
「さっきも言ったけど、特別楽しいわけじゃないけど、楽しくないってことでもない」
「マジックに全然、不思議さを感じないってことかい?」
聞きたいことの核心を言葉にのせた秀明。返事を待つ間が長く感じられ、無意識の内に唾を飲み込んでいた。
程なくして七尾の答が返ってくる。
「不思議だよ。当たり前じゃない。だからこそ解こうっていう気になるんだから。一瞬だけ不思議に感じて、すぐに逆から考える。これだけ」
実にあっけらかんとした言い様だった。
つづく
(中島龍毅師のアンビシャスカードを初見で……信じられないな。でもこの女の子がほんとに慧眼の持ち主であるなら、僕のマジックが見破られてもしょうがないってことか)
悔しいが妙に納得してしまう。
そんな感想が表情にも出ていたらしく、ちょうど秀明の方を向いた中島が「安心したかい?」と笑い混じりに聞いてきた。
「え?」
「自分がどこでミスをしたのか思い返してみたが、分からなくて悩んでいたんじゃないのかな」
「はあ、まあ、そんなところです。しかし中島先生でも種が見抜かれてしまったと聞いて、慰められました」
「だろ? 私も大いにへこんだよ。一方で、こんな見方をする子もいるんだなと知見を新たにもした」
「“こんな”見方?」
何を指して“こんな”なのかが、まだ理解できない。秀明だけでなく他の人達も同様だった。
「初めて会って見破られたとき、当然思ったんだ。『この子はマジックに詳しくて、もう何年も練習していて、実際にやっているんだろう』と。そこで同行していた親御さんに尋ねてみたんだが、首を横に振られたものだから焦ったよ」
苦笑いを浮かべてから、中島は七尾を見た。七尾の方は何が面白いの?という風に、小首を傾げる。
「突っ込んで聞いてみたが嘘を言っている様子はない。そこで当人に詳しく尋ねたんだ、どうして種が分かったのかって。すると……ああ、七尾さん、初めて会ったときのこと覚えてるかい?」
「ええ」
「だったら、どういう返事をしたのか、みんなに聞かせてもらえるかな?」
「ん? 僕があのとき言ったままを言えばいいんだよね?」
中島がこれにうなずくと、七尾はどちらの方角に身体を向けようかちょっぴり迷った所作を挟み、結局は秀明を見上げてきた。それから口元に右手人差し指をあてがい、思い出す風に黒目を斜め上の方に寄せる。そしておもむろに言った。
「『当たり前のことになるように、逆から考えたんだ。結果がそうなるんだったらその一つ前はこうで、もう一つ前はこうだろうなって。そうしたらだいたい分かることが多いんだ』……細かいとこは違うかもしれないけれど、多分、こんな風にしゃべったと思うよ。――ね、おじさん?」
中島の方を肩越しに振り返る七尾。
「そうだった、確かに」
そしてお墨付きの言葉をもらって、満足げな笑みでまた向き直った。
秀明はこの子の表情を目の当たりにして、いくつかの疑問が浮かび、そのまま口から声にして出した。
「えーっと、七尾さん。マジックの種を見破ることって多いのかな」
「多いかどうか分からないよ。他の人と比べたことないんだからさ」
それもそうか。妙に納得する。
(論理的思考が自然と身に付いている、といったところか?)
知りたいことをまだ聞けていないので、他の言い方に変える。
「七尾さん自身の見破れる割合でいいよ。だいたいでいいんだ、マジックを十回観たら、何回ぐらいは種が分かるんだろう?」
「うーん? 難しいよ、その質問」
眉間にちょっとだけ縦皺を作り、初めて困った様子を見せる七尾。
(割合が難しかったか? でもすでに習っているはずだぞ。加えて、これだけロジカルシンキングをする子が、割合を知らないわけがない)
想像を膨らませた秀明に対し、七尾の返答はなかなか衝撃的であった。
「十回も観たかどうか、確かじゃないから。あんまり覚えてないんだ、印象に残ってなくて」
「印象に残らない、か。これは手厳しい」
つい、苦笑いを浮かべてしまう。二人のやり取りを聞いていたであろう周りの面々にしても、ざわざわ、どよどよと落ち着かなくなっている。
(こんな子、初めてだ。マジックを十回観たかどうか定かでないくらい、マジックが印象に、つまり記憶に残らないなんて。でも、だからこそ聞いてみたいことがある)
「じゃあ、種を見破れたら嬉しい?」
「見破るっていうか、そのつもりがなくても分かっちゃうことの方が多いと思う。だから嬉しいことは嬉しいけれど、特別なことでもないや」
「マジックを観ること自体は? 楽しいか楽しくないか」
「普通かな」
周囲のどよめきが一段、大きくなった。中島師匠もこれには苦笑を禁じ得なかったらしく、軽く吹き出して首を左右に振るのが分かった。
「さっきも言ったけど、特別楽しいわけじゃないけど、楽しくないってことでもない」
「マジックに全然、不思議さを感じないってことかい?」
聞きたいことの核心を言葉にのせた秀明。返事を待つ間が長く感じられ、無意識の内に唾を飲み込んでいた。
程なくして七尾の答が返ってくる。
「不思議だよ。当たり前じゃない。だからこそ解こうっていう気になるんだから。一瞬だけ不思議に感じて、すぐに逆から考える。これだけ」
実にあっけらかんとした言い様だった。
つづく