第242話 いつの間にか“とりこ”に?
文字数 2,121文字
こんなにも無駄を省いた、味気ないマジックなのに、七尾さんは面白いかつまらないかよりも、種が分からず悩んでいるのは傍目にも明らか。
不知火さんがやったマジックの種は、裏から見ただけで表の数字とマークが分かる仕様になっているカードでほぼ決まりだろう。裏の模様の微妙な違いで区別する。ポーカーや神経衰弱などのカードゲームでイカサマとして用いられることも映画や漫画で多数描かれてきたはず。古典的なトリックだと思うんだけど、どうやら七尾さんは知らないみたい。
もしかしたら、細工を施した特殊な手品道具は苦手? テクニックで魅せるマジックなら論理的に考えれば見破れる物も結構ある。それに対して、想像の斜め上を行くギミックの手品道具は、論理的に考えてもどこかで発想の大きな飛躍が必要になる場合が多いって、私は思ってる。七尾さんはこの後者のタイプが苦手、あるいは知識不足なんだわ。
「……他のカード、たとえば僕が用意したカードでも全く同じことができる?」
七尾さんが言った。やや遅れたものの、カード自体に仕掛けがあること自体は気付いたらしい。
不知火さんは私の方をちらと見て、「まだ続けてもいい?」と聞いてきた。
「いいけど。――七尾さん、ほんとにトランプ持ってるとか?」
「実はそうなんだ」
七尾さんは胸を張って答える。何で自慢げになるのかしら?
「ただ、持って来るのを忘れた。教室の鞄の中にある。取って戻って来る時間はあるかな」
いや、さすがに無理でしょ。これまでもかなり時間を使っちゃってるし。壁の時計で自国を確認すると、昼休みはあと七分足らずだった。お昼からの五時間目に間に合うよう、教室へ戻る時間を含めると、今すぐに新たな演目をスタートさせて、終えられるかどうかぎりぎりだと思う。
私がそういった意味のことを伝えると、七尾さんは一瞬、渋い顔をした。かと思うと、ころっと一転、明るい表情に戻る。
「じゃあ、続きは別の日にやろうよ」
「別の日?」
「そう。今日の放課後は僕、忙しいから無理だけど。これっきりにするのは惜しいし、悔しい。君達奇術サークルに興味を持った。だから次の機会をちょうだい」
ね、いいでしょ?とばかりに、私に微笑みかけてくる。
「それは大歓迎。いつがいいか、言ってくれたら合わせるわ」
「ううん、それはだめだよ。僕が頼んだんだからそっちの活動日に合わせる」
ありがたい申し出だけれども、気が引けるのも事実。何しろ、七尾さんはタレントもしている。スケジュールが決められているに違いないよね。急な変更もたまにあるだろうし。
「確かに、天気が重要だと、当日にならないと予定が分からないことなんてたくさんあるけど」
軽い押し問答を経て、教室に戻る道すがらに結論が出たわ。
「そういえば、クラブ授業のクラスを決めるようにって言われてるんだ。自分で言うのもなんだけど、忙しいからパスしようと思ってた。でも俄然、マジックに興味がわいたからクラブ授業に決めていいかな? 毎回出られるかどうかは怪しんだけどね」
「全然かまわない! いいよ! いつでも、飛び入りでもいい。先生にも言っておくわ」
期待していなかった分、新しく人が増えてくれるのは本当に嬉しかった。これで授業だけでなく、サークル活動の方にも顔を出してくれたらもっと嬉しいんだけど、スケジュール的に難しいかな。
その機会は意外と早く訪れた。翌週のクラブ授業、七尾さんのタレント仕事はなく、参加できることになった。
「ようやく続きができるね」
最後尾で教室に入って来た七尾さんは、すでにケースに入ったトランプを握りしめている。
「よかった。シュウさんが試験勉強で来られないのは残念だけど」
「シュウさん?」
「高校生のおにいさん。七尾さんも会ったことがあるって聞いてる」
私はシュウさんから初めて七尾さんについて知らされたときの話を、ざっとしゃべった。
「ああ、あの人。凄く丁寧なマジックをする人だ。僕に種を見破って欲しいみたいに丁寧だった」
「……」
そういう目で見ていたのね。シュウさんたらきっと、私と同い年のマジック初心者と聞いて、小学生にも分かり易いようにと、懇切丁寧に演じたんじゃないかしら。そのおかげで七尾さんが種をより見破りやすくなった……。
「さて、いきさつを大まかにしか聞いていないんだが、君らに任せておいていいんだよな?」
相田先生が主に私と七尾さんと不知火さんを見ながら言った。これにいち早く反応したのは、三人の誰でもなく、森君。
「んなこと、改めて言わなくたって、先生がやることはいつも一緒じゃん! ほぼほぼ見てるだけ」
「こいつ。大人が反論できないことを言ってくれるなよな~」
しょうがないやつだと言わんばかりに、苦笑を顔全体に広げる先生。
「ま、事実だからしょうがない。いつものようにサークル会長、頼むぞ」
「はい。一応、七尾さんの参加を歓迎するマジックってことでやります。最初にやるのは私じゃなくって、不知火さんですが」
「歓迎マジックなのにか」
「前に色々あったんです」
先生とのやり取りが曖昧に済んだところで、不知火さんが席を立つ。拍手の中、教卓まで来ると、最前列に一人陣取る七尾さんが腰を上げた。
つづく
不知火さんがやったマジックの種は、裏から見ただけで表の数字とマークが分かる仕様になっているカードでほぼ決まりだろう。裏の模様の微妙な違いで区別する。ポーカーや神経衰弱などのカードゲームでイカサマとして用いられることも映画や漫画で多数描かれてきたはず。古典的なトリックだと思うんだけど、どうやら七尾さんは知らないみたい。
もしかしたら、細工を施した特殊な手品道具は苦手? テクニックで魅せるマジックなら論理的に考えれば見破れる物も結構ある。それに対して、想像の斜め上を行くギミックの手品道具は、論理的に考えてもどこかで発想の大きな飛躍が必要になる場合が多いって、私は思ってる。七尾さんはこの後者のタイプが苦手、あるいは知識不足なんだわ。
「……他のカード、たとえば僕が用意したカードでも全く同じことができる?」
七尾さんが言った。やや遅れたものの、カード自体に仕掛けがあること自体は気付いたらしい。
不知火さんは私の方をちらと見て、「まだ続けてもいい?」と聞いてきた。
「いいけど。――七尾さん、ほんとにトランプ持ってるとか?」
「実はそうなんだ」
七尾さんは胸を張って答える。何で自慢げになるのかしら?
「ただ、持って来るのを忘れた。教室の鞄の中にある。取って戻って来る時間はあるかな」
いや、さすがに無理でしょ。これまでもかなり時間を使っちゃってるし。壁の時計で自国を確認すると、昼休みはあと七分足らずだった。お昼からの五時間目に間に合うよう、教室へ戻る時間を含めると、今すぐに新たな演目をスタートさせて、終えられるかどうかぎりぎりだと思う。
私がそういった意味のことを伝えると、七尾さんは一瞬、渋い顔をした。かと思うと、ころっと一転、明るい表情に戻る。
「じゃあ、続きは別の日にやろうよ」
「別の日?」
「そう。今日の放課後は僕、忙しいから無理だけど。これっきりにするのは惜しいし、悔しい。君達奇術サークルに興味を持った。だから次の機会をちょうだい」
ね、いいでしょ?とばかりに、私に微笑みかけてくる。
「それは大歓迎。いつがいいか、言ってくれたら合わせるわ」
「ううん、それはだめだよ。僕が頼んだんだからそっちの活動日に合わせる」
ありがたい申し出だけれども、気が引けるのも事実。何しろ、七尾さんはタレントもしている。スケジュールが決められているに違いないよね。急な変更もたまにあるだろうし。
「確かに、天気が重要だと、当日にならないと予定が分からないことなんてたくさんあるけど」
軽い押し問答を経て、教室に戻る道すがらに結論が出たわ。
「そういえば、クラブ授業のクラスを決めるようにって言われてるんだ。自分で言うのもなんだけど、忙しいからパスしようと思ってた。でも俄然、マジックに興味がわいたからクラブ授業に決めていいかな? 毎回出られるかどうかは怪しんだけどね」
「全然かまわない! いいよ! いつでも、飛び入りでもいい。先生にも言っておくわ」
期待していなかった分、新しく人が増えてくれるのは本当に嬉しかった。これで授業だけでなく、サークル活動の方にも顔を出してくれたらもっと嬉しいんだけど、スケジュール的に難しいかな。
その機会は意外と早く訪れた。翌週のクラブ授業、七尾さんのタレント仕事はなく、参加できることになった。
「ようやく続きができるね」
最後尾で教室に入って来た七尾さんは、すでにケースに入ったトランプを握りしめている。
「よかった。シュウさんが試験勉強で来られないのは残念だけど」
「シュウさん?」
「高校生のおにいさん。七尾さんも会ったことがあるって聞いてる」
私はシュウさんから初めて七尾さんについて知らされたときの話を、ざっとしゃべった。
「ああ、あの人。凄く丁寧なマジックをする人だ。僕に種を見破って欲しいみたいに丁寧だった」
「……」
そういう目で見ていたのね。シュウさんたらきっと、私と同い年のマジック初心者と聞いて、小学生にも分かり易いようにと、懇切丁寧に演じたんじゃないかしら。そのおかげで七尾さんが種をより見破りやすくなった……。
「さて、いきさつを大まかにしか聞いていないんだが、君らに任せておいていいんだよな?」
相田先生が主に私と七尾さんと不知火さんを見ながら言った。これにいち早く反応したのは、三人の誰でもなく、森君。
「んなこと、改めて言わなくたって、先生がやることはいつも一緒じゃん! ほぼほぼ見てるだけ」
「こいつ。大人が反論できないことを言ってくれるなよな~」
しょうがないやつだと言わんばかりに、苦笑を顔全体に広げる先生。
「ま、事実だからしょうがない。いつものようにサークル会長、頼むぞ」
「はい。一応、七尾さんの参加を歓迎するマジックってことでやります。最初にやるのは私じゃなくって、不知火さんですが」
「歓迎マジックなのにか」
「前に色々あったんです」
先生とのやり取りが曖昧に済んだところで、不知火さんが席を立つ。拍手の中、教卓まで来ると、最前列に一人陣取る七尾さんが腰を上げた。
つづく