第51話 魔法を掛ける
文字数 2,158文字
幸いと言っていいのかしら、教室には誰もいなくて、内藤君のランドセルだけが彼の机に置いてあった。
「では」
内藤君は何か思い出そうとする風に、斜め上に視線を向けた。
「水原さんの席でやる方がいいか。座って」
言われた通り、自分の席に座る。内藤君は一つ前の席の椅子に、反対向きに腰を下ろした。
「僕はまだ習い立てで、タロットを使った本格的なのはハードルが高いので」
言いながら、彼が取り出したのはよくあるトランプ、それも二組分だった。
「先に、もし水原さんが悩んでいることがあったら、教えて欲しい。言いたくなかったら別に言わなくてもかまわない」
「それを当てるんじゃないのね」
「そういう占いじゃないから。進むべき方向への後押し、だね」
「言った方が、精度が高まる?」
「さあ? 無理強いはしないよ」
にこにこと笑みをなす内藤君。
「じゃあ、全部じゃなく、ほんの少し。私はあることを辞めて、別の新しいことを始めるべきかどうかで迷っているわ」
「了解。なるほど、そういう悩みか」
「難しい?」
「うん、いや、どうにかなる。してみせる。というか、最後は本人次第なんだけど」
占い師をやるには、内藤は率直すぎるようだ。もうちょっとオブラートに包んだような物言いをしないと。
「さて。ここに用意した二組のトランプ。どちらか一つを君が使うんだけど、どちらがいい?」
「選ぶ前に、中を見てもいい?」
「もちろん。どうぞ」
プラスチックのケースに入った、プラスチック製のカード。取り出して中を見てみると、すでに順番はばらばらになっていた。どちらも同じ製品だから、見分けは付かない。
「こちらにする」
左手に持っていた方を胸元まで引き寄せ、右手の物を机に置いた。内藤君の方はその置いたカードを取り上げた。
「これから水原さんには、僕と同じようにカードを動かしてほしいんだ。鏡を見ているみたいにね」
「真似をしていけばいいのね」
こちらの言葉に内藤君は黙って頷き、左手の平にカードの束を載せた。
「これからヒンズーシャッフルで切ってもらうけど、やりやすい方の手で持っていいよ」
「分かった」
私も左手で持った。
「カードを切る回数も同じにしなくちゃいけないの?」
「いや、好きな回数だけ切ってかまわないよ。でも延々とやられたら困るので、ほどほどにね」
彼が切り始めたので、私も続く。
内藤君は十五回ほどシャッフルして手を止めたのに対し、私はそれより多くやってみようと思い、結局三十回を少し超えた。
「さあ、ここからはちょっと厳密に鏡映しでいこうか。まずはカードを置く」
内藤君が彼から見て左側に束を置いた。私は右側に置くことになる。
「これでいい?」
「うん、その調子。次に、だいたいでいいから、カードの山の半分ぐらいを持ち上げて。それを隣に置いて。山を二つにするんだ」
「こう?」
おおよそ半分のところで分けて、上半分を私から見て左側に置く。
その後も似たような指示が、内藤君から出された。それは次のような手順だった。
・最初の山からさらに残りの半分ぐらいを持ち上げ、さっきとは反対側に置く。
・二番目の山からやはり半分ぐらいを持ち上げ、最初の山に重ねる。
・三番目にできた山をそのまま持ち上げ、二番目の山に重ねる。
「次が最後の操作だよ。最初の山を全部持ち上げて、二番目の山に、クロスするように重ねる」
「クロス? ぴったり重ねるんじゃなくて、九〇度傾けるってこと?」
「そう、こんな具合」
彼は持ち上げたカードの向きを横にして、置いてあるカードの山に重ねた。上から見れば十字になる。もちろん私も同様にする。
「このままの状態で、カードを交換しよう」
内藤君は十字を崩さぬよう、手で囲いながら、カードの山を押し出してきた。慎重な手つきでこれに倣う。
「ここが一番肝心。カードの分け目のところで持ち上げて、手に持った束の一番下のカードを自分だけが見て、覚えるんだ。覚えたら、カードの束を戻し、今度は十字にせずに、揃える。そして好きなだけシャッフルして」
説明してから、内藤君は十字の上の部分を持って、裏返し、そこのカードを見て一つ頷いた。それから説明通り、重ねてシャッフルをスタート。私はその一連の動きを見たあと、カードの確認をした。
ハートのクイーン。
覚えやすいカードのような気がした。
私はクイーンからの連想で、十二回、シャッフルした。
「それでいい? もっと切ってもいいよ。このあとまた交換するからね」
「ううん。これでやめておく」
再び交換。本来選んだ方のカード一組が手元に戻ったことになる。
「さっきのカード、ちゃんと覚えているよね?」
「もちろんよ」
「そのカードを、手元のカードから選んで、伏せた状態にして机に置いてください。僕も同じようにする」
内藤君は言いながら手の中のカードを横にスライドさせていき、程なくして一枚を抜き取った。裏向きで置くと、少し私の方へ押し出した。残りのカードはケースに収め、机の端っこに除けた。
私はカードの束からハートのクイーンを見つけ、裏向きにして置いた。内藤君がケースを渡してくれたので、受け取って残りのカードを仕舞う。
つづく
「では」
内藤君は何か思い出そうとする風に、斜め上に視線を向けた。
「水原さんの席でやる方がいいか。座って」
言われた通り、自分の席に座る。内藤君は一つ前の席の椅子に、反対向きに腰を下ろした。
「僕はまだ習い立てで、タロットを使った本格的なのはハードルが高いので」
言いながら、彼が取り出したのはよくあるトランプ、それも二組分だった。
「先に、もし水原さんが悩んでいることがあったら、教えて欲しい。言いたくなかったら別に言わなくてもかまわない」
「それを当てるんじゃないのね」
「そういう占いじゃないから。進むべき方向への後押し、だね」
「言った方が、精度が高まる?」
「さあ? 無理強いはしないよ」
にこにこと笑みをなす内藤君。
「じゃあ、全部じゃなく、ほんの少し。私はあることを辞めて、別の新しいことを始めるべきかどうかで迷っているわ」
「了解。なるほど、そういう悩みか」
「難しい?」
「うん、いや、どうにかなる。してみせる。というか、最後は本人次第なんだけど」
占い師をやるには、内藤は率直すぎるようだ。もうちょっとオブラートに包んだような物言いをしないと。
「さて。ここに用意した二組のトランプ。どちらか一つを君が使うんだけど、どちらがいい?」
「選ぶ前に、中を見てもいい?」
「もちろん。どうぞ」
プラスチックのケースに入った、プラスチック製のカード。取り出して中を見てみると、すでに順番はばらばらになっていた。どちらも同じ製品だから、見分けは付かない。
「こちらにする」
左手に持っていた方を胸元まで引き寄せ、右手の物を机に置いた。内藤君の方はその置いたカードを取り上げた。
「これから水原さんには、僕と同じようにカードを動かしてほしいんだ。鏡を見ているみたいにね」
「真似をしていけばいいのね」
こちらの言葉に内藤君は黙って頷き、左手の平にカードの束を載せた。
「これからヒンズーシャッフルで切ってもらうけど、やりやすい方の手で持っていいよ」
「分かった」
私も左手で持った。
「カードを切る回数も同じにしなくちゃいけないの?」
「いや、好きな回数だけ切ってかまわないよ。でも延々とやられたら困るので、ほどほどにね」
彼が切り始めたので、私も続く。
内藤君は十五回ほどシャッフルして手を止めたのに対し、私はそれより多くやってみようと思い、結局三十回を少し超えた。
「さあ、ここからはちょっと厳密に鏡映しでいこうか。まずはカードを置く」
内藤君が彼から見て左側に束を置いた。私は右側に置くことになる。
「これでいい?」
「うん、その調子。次に、だいたいでいいから、カードの山の半分ぐらいを持ち上げて。それを隣に置いて。山を二つにするんだ」
「こう?」
おおよそ半分のところで分けて、上半分を私から見て左側に置く。
その後も似たような指示が、内藤君から出された。それは次のような手順だった。
・最初の山からさらに残りの半分ぐらいを持ち上げ、さっきとは反対側に置く。
・二番目の山からやはり半分ぐらいを持ち上げ、最初の山に重ねる。
・三番目にできた山をそのまま持ち上げ、二番目の山に重ねる。
「次が最後の操作だよ。最初の山を全部持ち上げて、二番目の山に、クロスするように重ねる」
「クロス? ぴったり重ねるんじゃなくて、九〇度傾けるってこと?」
「そう、こんな具合」
彼は持ち上げたカードの向きを横にして、置いてあるカードの山に重ねた。上から見れば十字になる。もちろん私も同様にする。
「このままの状態で、カードを交換しよう」
内藤君は十字を崩さぬよう、手で囲いながら、カードの山を押し出してきた。慎重な手つきでこれに倣う。
「ここが一番肝心。カードの分け目のところで持ち上げて、手に持った束の一番下のカードを自分だけが見て、覚えるんだ。覚えたら、カードの束を戻し、今度は十字にせずに、揃える。そして好きなだけシャッフルして」
説明してから、内藤君は十字の上の部分を持って、裏返し、そこのカードを見て一つ頷いた。それから説明通り、重ねてシャッフルをスタート。私はその一連の動きを見たあと、カードの確認をした。
ハートのクイーン。
覚えやすいカードのような気がした。
私はクイーンからの連想で、十二回、シャッフルした。
「それでいい? もっと切ってもいいよ。このあとまた交換するからね」
「ううん。これでやめておく」
再び交換。本来選んだ方のカード一組が手元に戻ったことになる。
「さっきのカード、ちゃんと覚えているよね?」
「もちろんよ」
「そのカードを、手元のカードから選んで、伏せた状態にして机に置いてください。僕も同じようにする」
内藤君は言いながら手の中のカードを横にスライドさせていき、程なくして一枚を抜き取った。裏向きで置くと、少し私の方へ押し出した。残りのカードはケースに収め、机の端っこに除けた。
私はカードの束からハートのクイーンを見つけ、裏向きにして置いた。内藤君がケースを渡してくれたので、受け取って残りのカードを仕舞う。
つづく