第210話 種は隠せても
文字数 2,022文字
「いじめられて? ないない」
私は噴き出しそうになるのを我慢して、それでも我慢しきれない分がこぼれ出たけれども、とにかく顔の前で手を振り、さらに首も横に何度か振って否定した。
「シュウさんのことを話題にしていたら、少しおかしな方向に話が逸れただけだよ」
私が補足説明すると、森君は「はあ~……」と長めのため息をついた。
「ど、どうしたの。何よその反応は」
「あのさ、俺はパズルを作るのも解くのも得意だって知ってるだろ。だから細かいことが気になるんだよ」
「何かおかしなこと言ったかしら」
「マジックの話と言わずに、師匠の話と言った。引っ掛かりを感じて当然じゃね?」
「なるほどね。名探偵みたい」
水原さんが短く拍手した。
「話し方が荒っぽいのが玉に瑕で名探偵っぽくないけれども、それはそれで珍しいとも言えるかな」
「推理小説の話してるんじゃねーよ!」
かんしゃくを起こしたみたいに床をだんっ、と一度踏みならす森君。
「悪いけど水原さん、頼むからしばらく静かにしといてくれ。他の女子も」
「はーい」
舌先をちらっと覗かせ、不知火さんと目を合わせる水原さん。陽子ちゃんは西洋人がするみたいな、やれやれお手上げのポーズをして口をつぐんだ。
「で、何かあったのか、シュウさんと」
変に興奮してる様子の森君を前に、少し考えてから口を開く。
「あったといえばあった。基本的に火曜日だけになるわ」
今度は女子生徒がどうしたこうしたという話は完全に省き、手短に伝えた。森君は「何だ、そんなことか」と気抜けしたような第一声。それから急に表情を曇らせて、
「俺達が着いて行けないから、見捨てられたんじゃないよな」
と飛躍した想像を述べてきた。私は即座に強く否定した。
「そんなことは絶対にないっ。シュウさんは責任感強い人よ。私達が着いてこられていないと判断したら、それに合わせた教え方に変えてくれる。だいたい、これまでに着いてこられてないなーなんて言われたこと、あった?」
「ないよ。ただ、今の話がいきなりだったから。一応、言ってみただけ」
森君は口を尖らせて答えると、横を向いた。そのすぐあとに「やっぱ、師匠のこと好きなんじゃねえか」と呟くのが、私の耳にも届く。
「えっ。何で」
立ち去ろうとする彼の手首を掴んで問うた。森君はびっくり眼で振り返ると、私の手を振り払うように腕を引っ込めた。
「な、何でって。何が?」
まともに問い返されて、初めて戸惑った。ちょっとためらったけれども、結局はほぼストレートに聞いてみることに。
「あのう、そのー、私がシュウさんを好きかもってことを、どうして森君まで分かっているのかなと思って」
「ばっ」
破裂音みたいにそれだけ言って、口を手のひらで覆う森君。これまでの経験から、「ばっかじゃねえの」と言おうとしたのは分かるのだけれども、強いて違いを挙げるとするなら、今の森君の顔は少し赤い。
「――そんなもん、ばればれだ。見ていれば分かるってやつだっての」
「そ、そうなんだ」
私は頬がひきつるような感覚を味わいつつ、返事すると、陽子ちゃんの方を見た。もしかして陽子ちゃん達も前から分かっていた? 今日、私がした話は単なるきっかけに過ぎなくて、ずっと昔から気付いていたんだろうか。
「私、ばればれだった?」
「まあ何というか、ばればれというのと微妙にニュアンスが違うんだけれども」
陽子ちゃんは困ったような苦笑いを浮かべている。
「サクラがシュウさんのことを好きなのは見ていて簡単に想像が付くんだけれども、その好きがどういうのかが分かりにくかった。さっきの話を聞いて、ようやく判断ができたって感じ」
「世間でよく言うあれです、佐倉さん」
不知火さんが話しに入って来た。
「ラブとライクの差ですね」
「ラブとライク……」
「尤も、私個人としてはまだ完全な判断はできていません。率直に申し上げるなら、ラブを包み込んだライクという風に見えます」
自分について言われてるとは思えないほど、全然分かんない。かえって混乱したかもしれない。
おかしな空気になって会話が続かないでいる内に、予鈴が鳴った。
* *
森宗平には不満が二つあった。
一つは、以前に自分が夢に見て、皆にも話をした事件について、宙ぶらりんになっていること。
(かなり恥ずかしいってのに、我慢して話した。なのにぼんやりとした推測ばっかで、結論が出てねえ! あの恥ずかしさを返してくれ。いや、恥ずかしさは返してくれなくていいから、思い切って話した努力を返してくれ!)
時々思い出しては、不満が蒸し返されてぶつぶつ愚痴りたくなることしばしばだが、まあ些細な問題だ。
もう一つはこれよりもずっと大きく、現実的な問題。わざわざ明記するまでもないだろうけど、佐倉萌莉のことである。
つづく
私は噴き出しそうになるのを我慢して、それでも我慢しきれない分がこぼれ出たけれども、とにかく顔の前で手を振り、さらに首も横に何度か振って否定した。
「シュウさんのことを話題にしていたら、少しおかしな方向に話が逸れただけだよ」
私が補足説明すると、森君は「はあ~……」と長めのため息をついた。
「ど、どうしたの。何よその反応は」
「あのさ、俺はパズルを作るのも解くのも得意だって知ってるだろ。だから細かいことが気になるんだよ」
「何かおかしなこと言ったかしら」
「マジックの話と言わずに、師匠の話と言った。引っ掛かりを感じて当然じゃね?」
「なるほどね。名探偵みたい」
水原さんが短く拍手した。
「話し方が荒っぽいのが玉に瑕で名探偵っぽくないけれども、それはそれで珍しいとも言えるかな」
「推理小説の話してるんじゃねーよ!」
かんしゃくを起こしたみたいに床をだんっ、と一度踏みならす森君。
「悪いけど水原さん、頼むからしばらく静かにしといてくれ。他の女子も」
「はーい」
舌先をちらっと覗かせ、不知火さんと目を合わせる水原さん。陽子ちゃんは西洋人がするみたいな、やれやれお手上げのポーズをして口をつぐんだ。
「で、何かあったのか、シュウさんと」
変に興奮してる様子の森君を前に、少し考えてから口を開く。
「あったといえばあった。基本的に火曜日だけになるわ」
今度は女子生徒がどうしたこうしたという話は完全に省き、手短に伝えた。森君は「何だ、そんなことか」と気抜けしたような第一声。それから急に表情を曇らせて、
「俺達が着いて行けないから、見捨てられたんじゃないよな」
と飛躍した想像を述べてきた。私は即座に強く否定した。
「そんなことは絶対にないっ。シュウさんは責任感強い人よ。私達が着いてこられていないと判断したら、それに合わせた教え方に変えてくれる。だいたい、これまでに着いてこられてないなーなんて言われたこと、あった?」
「ないよ。ただ、今の話がいきなりだったから。一応、言ってみただけ」
森君は口を尖らせて答えると、横を向いた。そのすぐあとに「やっぱ、師匠のこと好きなんじゃねえか」と呟くのが、私の耳にも届く。
「えっ。何で」
立ち去ろうとする彼の手首を掴んで問うた。森君はびっくり眼で振り返ると、私の手を振り払うように腕を引っ込めた。
「な、何でって。何が?」
まともに問い返されて、初めて戸惑った。ちょっとためらったけれども、結局はほぼストレートに聞いてみることに。
「あのう、そのー、私がシュウさんを好きかもってことを、どうして森君まで分かっているのかなと思って」
「ばっ」
破裂音みたいにそれだけ言って、口を手のひらで覆う森君。これまでの経験から、「ばっかじゃねえの」と言おうとしたのは分かるのだけれども、強いて違いを挙げるとするなら、今の森君の顔は少し赤い。
「――そんなもん、ばればれだ。見ていれば分かるってやつだっての」
「そ、そうなんだ」
私は頬がひきつるような感覚を味わいつつ、返事すると、陽子ちゃんの方を見た。もしかして陽子ちゃん達も前から分かっていた? 今日、私がした話は単なるきっかけに過ぎなくて、ずっと昔から気付いていたんだろうか。
「私、ばればれだった?」
「まあ何というか、ばればれというのと微妙にニュアンスが違うんだけれども」
陽子ちゃんは困ったような苦笑いを浮かべている。
「サクラがシュウさんのことを好きなのは見ていて簡単に想像が付くんだけれども、その好きがどういうのかが分かりにくかった。さっきの話を聞いて、ようやく判断ができたって感じ」
「世間でよく言うあれです、佐倉さん」
不知火さんが話しに入って来た。
「ラブとライクの差ですね」
「ラブとライク……」
「尤も、私個人としてはまだ完全な判断はできていません。率直に申し上げるなら、ラブを包み込んだライクという風に見えます」
自分について言われてるとは思えないほど、全然分かんない。かえって混乱したかもしれない。
おかしな空気になって会話が続かないでいる内に、予鈴が鳴った。
* *
森宗平には不満が二つあった。
一つは、以前に自分が夢に見て、皆にも話をした事件について、宙ぶらりんになっていること。
(かなり恥ずかしいってのに、我慢して話した。なのにぼんやりとした推測ばっかで、結論が出てねえ! あの恥ずかしさを返してくれ。いや、恥ずかしさは返してくれなくていいから、思い切って話した努力を返してくれ!)
時々思い出しては、不満が蒸し返されてぶつぶつ愚痴りたくなることしばしばだが、まあ些細な問題だ。
もう一つはこれよりもずっと大きく、現実的な問題。わざわざ明記するまでもないだろうけど、佐倉萌莉のことである。
つづく