第22話 種と想いは隠すもの
文字数 1,997文字
思いも掛けず楽しく過ごせたせいで、お腹も少し減ってきて、紅茶を飲むことに抵抗はなくなった。少し冷めてしまったけれども、問題なし。
「で、用事って結局、何なんだ?」
お母さんが部屋を出てしばらくしてから、森君が聞いてきた。
「あ。忘れるとこだったわ。五月五日のこどもの日、割と近所でアマチュアの奇術グループによるショーがあるから、みんなで観に行かないかって、シュウさんが」
「……俺、あんまり知らないんだけど、そのシュウさんて人のこと」
「そうだった?」
従兄弟の高校生でマジックを趣味&特技にしていることを、大まかに伝えた。
「さっき見せたペンのマジックグッズをプレゼントしてくれたのも、シュウさんなんだよ」
「ふーん。その人、高校生にもなって、小学生の従姉妹とマジックしてるとなると……」
「何よ」
「もてないのか」
「――そんなことない」
私は静かに答えつつ、あぐらをかいていた森君の右膝を下から押して、ひっくり返した。
「何するんだよ」
「そっちが見当違いのことを言い出すから、つい」
おほほほとわざとらしく笑って、反撃を受けないように距離を取る。
「格好いいのよ。マジックをしているときは特に同じ学年の人がキャーキャー言ってるのを見たことあるわ」
「そいつのを見て、マジックやるようになったんだな」
「まあ、そういうこと」
「……五日にあるショーって、シュウさん自身は出る?」
「ううん。多分、所属していないと出られないんじゃないかしら。余程の大物マジシャンは別として」
「シュウさんがマジックしてるとこを見たくなったな」
「えーっと。それは当日、頼めば少しはやってくれると思う。簡単な演目になるでしょうけど」
「とりあえずは、ま、それでいいか」
森君は壁の方に目をやった。つられて振り向くと、カレンダーが掛かっている。
「水泳教室と被ってないし、行ける」
「よかった。じゃ、今のところ予定してる時間と待ち合わせ場所を」
前もってメモ書きにしておいた物を渡す。不知火さん家で書いたのだ。
「……これって、昼飯どうすんのさ」
「あ、考えてなかった。うん、みんなで一緒に食べるっていうのは?」
「外で? 小遣い足りるかな……」
森君、何やら上目遣いになって、指折り数え出す。程なくして言った。
「やっぱり、食べてから集合にしないか」
「それでもいいわよ。集合時刻は変えないけどね」
「かまわない。ただ、俺だけ食べてきて、他のみんなが食べるところに付き合わされるっていう状況だけは、避けてくれよな」
「あはは。さすがにそんなことにはならないって」
「みんなって、誰々来るのさ」
「決定しているのは、不知火さんと森君だけだよ」
「何だって。俺、不知火さんちょっと苦手なんだけどな。前の暗号解かれた上に、こてんぱんに言い負かされたトラウマが」
「だいじょーぶ。あのときは奇術サークルのために、必死になってくれていただけだから」
「だといいんだけど。無口で静かなイメージだったのが、あんなに喋るとは」
「――ね、私にはどんなイメージ持ってた? 名前のかぶり以外で」
「ふぇ?」
森君は文字にしづらい音を発した。私の質問、そんなに変だったかしら。
「何かあるでしょ。こんなに話したことなかったんだから」
「う、うーん……」
何故かしら考え込む森君。不知火さんのときと早さが違う。本院を前にすると、言いにくいってこと?
私は膝立ちして、両手の拳を握った。
「悪口でもいいよ。少々のことなら我慢する。そしてそのイメージをひっくり返してみせるから」
「悪口なんて、ない」
「だったら早く」
膝を動かして、にじり寄るようにして少し近付くと、森君は「やめろ。プレッシャーだ」と距離を取った。
私が少し頬を膨らませたところで、やっと返事を口にした。
「逆に今思っていることになるけど、それでもいいか?」
「全然かまわない」
「じゃ……正直言って、あの佐倉さんがって思ったんだ。新しくサークルを作るなんて、絶対に無理だろと思ってた。それが、こうやって作っちまって、びっくりした。そんで俺も巻き込まれて、つい、協力してしまった」
「ついって。クイズとかパズルが好きだから、マジックの種にも興味を持ったんでしょ?」
「それもある、けど」
「けど?」
「けど……いや、今のなし」
「何よー」
「いいじゃん。元の質問とは関係ねえんだし。要するに、リーダータイプには見えなかった佐倉さんが、こんなことするなんて、人は見かけによらないなって痛感した」
いやいや。リーダータイプじゃないのは当たってるんですが。
「無理してリーダーがんばってみるから、何かあったら助けてね。今の内からお願いしとこうっと」
「……しょうがねーな」
森君は呆れたような目をしつつも、楽しそうに口元で笑った。
つづく
「で、用事って結局、何なんだ?」
お母さんが部屋を出てしばらくしてから、森君が聞いてきた。
「あ。忘れるとこだったわ。五月五日のこどもの日、割と近所でアマチュアの奇術グループによるショーがあるから、みんなで観に行かないかって、シュウさんが」
「……俺、あんまり知らないんだけど、そのシュウさんて人のこと」
「そうだった?」
従兄弟の高校生でマジックを趣味&特技にしていることを、大まかに伝えた。
「さっき見せたペンのマジックグッズをプレゼントしてくれたのも、シュウさんなんだよ」
「ふーん。その人、高校生にもなって、小学生の従姉妹とマジックしてるとなると……」
「何よ」
「もてないのか」
「――そんなことない」
私は静かに答えつつ、あぐらをかいていた森君の右膝を下から押して、ひっくり返した。
「何するんだよ」
「そっちが見当違いのことを言い出すから、つい」
おほほほとわざとらしく笑って、反撃を受けないように距離を取る。
「格好いいのよ。マジックをしているときは特に同じ学年の人がキャーキャー言ってるのを見たことあるわ」
「そいつのを見て、マジックやるようになったんだな」
「まあ、そういうこと」
「……五日にあるショーって、シュウさん自身は出る?」
「ううん。多分、所属していないと出られないんじゃないかしら。余程の大物マジシャンは別として」
「シュウさんがマジックしてるとこを見たくなったな」
「えーっと。それは当日、頼めば少しはやってくれると思う。簡単な演目になるでしょうけど」
「とりあえずは、ま、それでいいか」
森君は壁の方に目をやった。つられて振り向くと、カレンダーが掛かっている。
「水泳教室と被ってないし、行ける」
「よかった。じゃ、今のところ予定してる時間と待ち合わせ場所を」
前もってメモ書きにしておいた物を渡す。不知火さん家で書いたのだ。
「……これって、昼飯どうすんのさ」
「あ、考えてなかった。うん、みんなで一緒に食べるっていうのは?」
「外で? 小遣い足りるかな……」
森君、何やら上目遣いになって、指折り数え出す。程なくして言った。
「やっぱり、食べてから集合にしないか」
「それでもいいわよ。集合時刻は変えないけどね」
「かまわない。ただ、俺だけ食べてきて、他のみんなが食べるところに付き合わされるっていう状況だけは、避けてくれよな」
「あはは。さすがにそんなことにはならないって」
「みんなって、誰々来るのさ」
「決定しているのは、不知火さんと森君だけだよ」
「何だって。俺、不知火さんちょっと苦手なんだけどな。前の暗号解かれた上に、こてんぱんに言い負かされたトラウマが」
「だいじょーぶ。あのときは奇術サークルのために、必死になってくれていただけだから」
「だといいんだけど。無口で静かなイメージだったのが、あんなに喋るとは」
「――ね、私にはどんなイメージ持ってた? 名前のかぶり以外で」
「ふぇ?」
森君は文字にしづらい音を発した。私の質問、そんなに変だったかしら。
「何かあるでしょ。こんなに話したことなかったんだから」
「う、うーん……」
何故かしら考え込む森君。不知火さんのときと早さが違う。本院を前にすると、言いにくいってこと?
私は膝立ちして、両手の拳を握った。
「悪口でもいいよ。少々のことなら我慢する。そしてそのイメージをひっくり返してみせるから」
「悪口なんて、ない」
「だったら早く」
膝を動かして、にじり寄るようにして少し近付くと、森君は「やめろ。プレッシャーだ」と距離を取った。
私が少し頬を膨らませたところで、やっと返事を口にした。
「逆に今思っていることになるけど、それでもいいか?」
「全然かまわない」
「じゃ……正直言って、あの佐倉さんがって思ったんだ。新しくサークルを作るなんて、絶対に無理だろと思ってた。それが、こうやって作っちまって、びっくりした。そんで俺も巻き込まれて、つい、協力してしまった」
「ついって。クイズとかパズルが好きだから、マジックの種にも興味を持ったんでしょ?」
「それもある、けど」
「けど?」
「けど……いや、今のなし」
「何よー」
「いいじゃん。元の質問とは関係ねえんだし。要するに、リーダータイプには見えなかった佐倉さんが、こんなことするなんて、人は見かけによらないなって痛感した」
いやいや。リーダータイプじゃないのは当たってるんですが。
「無理してリーダーがんばってみるから、何かあったら助けてね。今の内からお願いしとこうっと」
「……しょうがねーな」
森君は呆れたような目をしつつも、楽しそうに口元で笑った。
つづく