第66話 好きなことに気持ちは通じる
文字数 1,537文字
話しながら、水原さんが箱に手を入れ、トランプを取り出す。カードの束がずれないよう、きつめにホールドして、ゆっくりと外園さんの前まで戻った。
「それでは上から順番に見ていきます。みんなもよく見ていてください。席を立って、近くまで来てかまいません」
全員が立ち上がり、外園さんと海堂さんのすぐ後ろまで詰めてきた。
そのみんなに見えるように、水原さんは一番上のカード――トップから少しずつずらしていく。しばらく裏の模様が続く。変化のなさに、かえって緊張感が高まる気がした。そして全体の三分の二から四分の三くらいが過ぎたかなという頃に、突然、その変化が現れた。
「あ!」
裏向きのカードが続いたところへ、白地が見えた。その一枚を引き抜くと、スペードの5。
「外園先輩が選んで、皆さんが覚えたのは、このスペードの5ではありませんか?」
文芸部の人達が答えるよりも早く、全体から「そうだよ!」「すげえ」って歓声に似た答が返って来た。
海堂さんと外園さんの表情はと言うと、物も言わずにただただ驚いている様子だ。
「よかった。拙い手つきでしたが、これが今私ができるカードマジックです。ありがとうございました」
カードを手にしたまま、お辞儀をする水原さん。私も助手として礼。そうしていると拍手を浴びた。笑みが勝手に広がっちゃう。
「やられたわ。これほどうまくできるなんて」
海堂さんが案外、素直に認めてくれた……と思ったのだけど、続く台詞に、私は評価を即撤回したくなったわ。
「本当におまじないで特定のカードをひっくり返せるんだとしたら、これからもう一度同じことをやってと言ったら、すぐにできるはずだけど、そこまでは無理よね」
「それは……」
水原さんと私は目を合わせた。
「全く同じ手順では無理です」
私が答えると、海堂さんは「やっぱりね」と呟く。
でもそこで、水原さんが話を引き取った。
「ただ、私にとっての特定のカード、言い換えると、私の好きなカードなら、さっきのおまじないでついでにひっくり返っているかもしれません。お借りしていたトランプをお返ししますから、よかったら調べてみてください」
「好きなカードって何」
「ハートの3です」
その答を聞いた海堂さんは、水原さんからトランプを返されると、さっきしたのと同様の動きで、一番上から見ていった。そして白地はじきに現れた。
「あ……ハートの3だわ」
「いったい、いつの間に」
「ずっと見ていたけど、一度終わったあと、トランプを変にいじったり動かしたりはしてなかった」
相手の方からオマケのマジックをリクエストしてくれたし、不可能性を補強してくれる証言も飛び出したしで、願ったり叶ったりの成り行きに、私達は内心、大満足していた。
「ああ、本当によかった。さすが、私の好きなハートの3。ちゃんとおまじないが届いてた」
芝居がかってと言うよりも、茶目っ気たっぷりに水原さんは締め括った。
「あ、すみません、ジョーカーを忘れていました」
さあ撤収というタイミングだけど、教卓の端には最初に取り除いた二枚のジョーカーが残っていた。水原さんが手にして外園さんに渡す。
「……おめでと」
「あ、ありがとう、ございます。あの、短い練習だけでも少しはできるようになりました。このマジックサークルに入ったこと、間違っていなかったと私は信じてます」
「……そのようね」
海堂さんも仕方なさげに手を差し伸べた。握手だ。
「でも、時間があるときは書くんでしょ、推理小説」
「もちろんそのつもり。好きなことはいくつあっても、どれもやめられませんから」
おお、何だか仲直りのいい雰囲気。そのお役に少しは立てたかしら。
つづく
「それでは上から順番に見ていきます。みんなもよく見ていてください。席を立って、近くまで来てかまいません」
全員が立ち上がり、外園さんと海堂さんのすぐ後ろまで詰めてきた。
そのみんなに見えるように、水原さんは一番上のカード――トップから少しずつずらしていく。しばらく裏の模様が続く。変化のなさに、かえって緊張感が高まる気がした。そして全体の三分の二から四分の三くらいが過ぎたかなという頃に、突然、その変化が現れた。
「あ!」
裏向きのカードが続いたところへ、白地が見えた。その一枚を引き抜くと、スペードの5。
「外園先輩が選んで、皆さんが覚えたのは、このスペードの5ではありませんか?」
文芸部の人達が答えるよりも早く、全体から「そうだよ!」「すげえ」って歓声に似た答が返って来た。
海堂さんと外園さんの表情はと言うと、物も言わずにただただ驚いている様子だ。
「よかった。拙い手つきでしたが、これが今私ができるカードマジックです。ありがとうございました」
カードを手にしたまま、お辞儀をする水原さん。私も助手として礼。そうしていると拍手を浴びた。笑みが勝手に広がっちゃう。
「やられたわ。これほどうまくできるなんて」
海堂さんが案外、素直に認めてくれた……と思ったのだけど、続く台詞に、私は評価を即撤回したくなったわ。
「本当におまじないで特定のカードをひっくり返せるんだとしたら、これからもう一度同じことをやってと言ったら、すぐにできるはずだけど、そこまでは無理よね」
「それは……」
水原さんと私は目を合わせた。
「全く同じ手順では無理です」
私が答えると、海堂さんは「やっぱりね」と呟く。
でもそこで、水原さんが話を引き取った。
「ただ、私にとっての特定のカード、言い換えると、私の好きなカードなら、さっきのおまじないでついでにひっくり返っているかもしれません。お借りしていたトランプをお返ししますから、よかったら調べてみてください」
「好きなカードって何」
「ハートの3です」
その答を聞いた海堂さんは、水原さんからトランプを返されると、さっきしたのと同様の動きで、一番上から見ていった。そして白地はじきに現れた。
「あ……ハートの3だわ」
「いったい、いつの間に」
「ずっと見ていたけど、一度終わったあと、トランプを変にいじったり動かしたりはしてなかった」
相手の方からオマケのマジックをリクエストしてくれたし、不可能性を補強してくれる証言も飛び出したしで、願ったり叶ったりの成り行きに、私達は内心、大満足していた。
「ああ、本当によかった。さすが、私の好きなハートの3。ちゃんとおまじないが届いてた」
芝居がかってと言うよりも、茶目っ気たっぷりに水原さんは締め括った。
「あ、すみません、ジョーカーを忘れていました」
さあ撤収というタイミングだけど、教卓の端には最初に取り除いた二枚のジョーカーが残っていた。水原さんが手にして外園さんに渡す。
「……おめでと」
「あ、ありがとう、ございます。あの、短い練習だけでも少しはできるようになりました。このマジックサークルに入ったこと、間違っていなかったと私は信じてます」
「……そのようね」
海堂さんも仕方なさげに手を差し伸べた。握手だ。
「でも、時間があるときは書くんでしょ、推理小説」
「もちろんそのつもり。好きなことはいくつあっても、どれもやめられませんから」
おお、何だか仲直りのいい雰囲気。そのお役に少しは立てたかしら。
つづく