第16話 会長・快調・副会長

文字数 3,337文字

 夜、遅くなる一歩手前って時刻だったけど、不知火さんに電話してみた。
「今、大丈夫?」
「まったく問題ありません。今日の分の宿題が終わったところでした」
「……宿題」
 まだほとんど手付かず。今日、急にシュウさんが来たおかげで、連休突入前にして計画がおかしくなっちゃった。
「どうかしました?」
「あ、えーっと。家に帰ってみたら、シュウさんが来てた」
「まあ。ちょうどよかったではありませんか。以心伝心……テレパシーのマジックみたい」
「あは。ほんとのところは、高校の授業が短縮されたからなの。でも、想いが伝わったという意味では、テレパシーっぽいかも」
「伝わったというのは、引き受けていただける?」
「シュウさんは大丈夫だって」
 その答に不知火さんが喜ぶ前に、急いで付け足す。
「ただし、学校の方の許可がいるだろうからって言われて。先生に聞かなきゃいけなくなった」
「サークルの設立申請に、そういうことは書かなかったんですか。外部の人に指導を頼む予定、とか」
「書こうとしたけど、あんまり欲張ってごちゃごちゃ書くと、審査に通らないぞって相田先生に言われてたから」
「まあ、確かに……でも、相田先生はご存知なんですね、佐倉さんの親戚がマジックを教えるという話を」
「そこは伝えてある」
「でしたら、あとは相田先生にがんばって交渉していただくしかありません」
 それなら多分、相田先生は必死になってしてくれると思う。顧問にはなるけど指導できないし、何にもしないぞって言ってたから、シュウさんが指導役に収まったら願ったり叶ったりのはず。
「こういうことは、早めに知らせておくべきかと」
「え?」
「休み明けに学校でいきなり頼むと、面倒がられるかもしれません。物事を進めるには、タイミングも重要な要素の一つです」
 言われてみると、心配になってきた。週単位の活動計画のこともあるし、重なるのは仕方ないけど、事前に言っておくのがいいのかな。
「電話でもいいから、知らせておきましょう。明日だと休みになりますから、今日中に」
「つまり、今すぐにってこと?」
「はい」
 先生に電話……気が重い。不知火さん、代わりにしてくれないかなあ。
「ねえ、不知火さん。お願いがあるのだけれど」
「何でしょう」
「先生への電話、不知火さんが代わりにしてもらえたら嬉しい」
「……かまいません」
 ほんと? やった!と声にするいとまもなく、不知火さんの「ですが」が続いた。
「ですが、どうせ二度手間になると思います。佐倉秀明さんについて、私はほとんど何も知りません。相田先生に尋ねられても、答えようがありませんので、結局は佐倉さんに電話が掛かってくるかもしれませんよ」
「……確かに。でも、それでもいい。こっちから掛けるより、掛かってくる方がまし、多分。掛かってくるかもって心構えができるんだし」
「理解しづらい理屈ですが、会長のあなたがそれでよいのであれば」
「会長?」
「クラブは部長で、サークルだと会長でいいのでは」
「あ、そっか。――じゃ、不知火さんは副会長になる?」
 割と本気で提案してみた。果たして返事は。
「他の皆さんに断りなしに、決めるのはどうかと」
 だよね。そう来ると思ってた。
「でも、私が友達以外で声を掛けて、最初に入ってくれたのは不知火さんだし」
「早い者順的な発想はこの場合、あまり好ましくないと思います。マジックの実力で決めるのが一番いいんでしょうが、現在はどんぐりの背比べ以前ですし」
「――会長の私がこんなだから、副会長は一番しっかりしてる人がいい」
「木之元さんもしっかりしていると思いますが」
「陽子ちゃんはね、私と仲がよすぎるから、時々あまくなる。私に対して一番厳しい人は、不知火さん、あなた!」
「……森君は……厳しいというのとは違うか。好きみたいですし」
 不知火さんの声が急に小さくなり、聞こえにくくなる。
「何て?」
「いえいえ、こちらのことです。――そうですね、副会長の肩書きがある方が、相田先生への電話連絡がし易いでしょうから、お引き受けします」
「いいの? よかった。ありがと!」
 電話なのに思わず手を合わせてしまった。
「どういたしまして。先生に早めに電話を掛けたいので、そろそろ」
「あ、そうだね。何かあったら知らせて」
 電話を終えて、とても楽しかった気がする反面、疲れた気もする。みんなが携帯端末を持って、なおかつ学校でも使っていいことになったら、連絡が簡単になるんだけどなぁ。

 翌日。連休は曇りで始まった。
 玩具屋と本屋を覗きに行こうかと思いつつ、黒っぽい雲に何となく出掛けないでいると、電話が集中的に掛かってきた(家の電話にね)。
 まず、不知火さんから短めの連絡があった。シュウさんが指導者になる話を相田先生に伝えてくれた、その結果報告だった。
「相田先生からは、『いいと思う』とだけ。学校側との交渉は、休み明けになるとのことでした」
 まあ、だいたい予想通り。シュウさんがプロマジシャンの教室に通うようになるのが六月と言っていたから、シュウさんにはその前に一度、小学校の方に来て欲しいのだけれど、準備が整うかなあ?

 続いて、朱美ちゃんから。そっか、五月に入ったので、“クーポン&ポイント期限切れ地獄”から解放されて、ひまになったのかな。
「サークルの活動日とか、どんな感じ?」
「火曜日にするつもりだよ。あと、従兄弟のシュウさんも月一ぐらいのペースならいいって言ってくれた」
「ほー。それは楽しみだわ。ただで凄いマジックが見られる、なんちゃって」
「もう。シュウさんのことは、でも学校の方の許可がいりそうみたいだから、まだ決定じゃないの」
「うん、分かった」
「あ、あと、不知火さんにサークルの副会長になってもらったんだけど、よかったかな」
「いいよー。経理が必要なときは、私を指名してね」
 あっさりしたもので、通話時間も短かった。電話代を気にしてる?

 そして最後に、シュウさん。学校の友達ならまだしも、シュウさんが昨日の今日で何事かと思ったら。
「五月五日、ひま?」
「ひまと言えばひまかなぁ。その頃は宿題で忙しいかも」
「だったら、それまでに片付けといて。昨日言っていたアマチュア団体の披露会について調べてみたら、割と近くでやるのがあって、それが今度の五日なんだ」
「おお」
 思わず男の子みたいな唸り声を出しちゃった。
「連れて行ってくれるの?」
「付き添いというか道案内だね。前に言ったように、観覧無料。電車賃だけ出してほしい。往復で……萌莉達ならまだ子供料金か」
「“達”ってことは、他の子も誘っていいんだ?」
「当然。小学校の奇術サークル活動とは切り離して、とりあえずみんなで観に行くのがいいかなってね。といっても、ゴールデンウィークの只中に急に誘って、来られる子がどれくらいいるのやら」
「うーん。少なくとも一人は大丈夫」
 不知火さんの顔が浮かぶ。朱美ちゃんも行けるかもしれない。陽子ちゃんとつちりんの旅行って、いつまでだったっけ? 森君は……分かんない。
「それにしても素早いわ、シュウさん。一日で見付けるなんて」
「基本的に、休みの日に開かれるものだから。連休の間に、どこか一つくらい見に行けるのがあるんじゃないかと思って探したら、当たりだったってわけ」
「ふうん。アマチュアの人ならそうなるよね」
 とにもかくにも、時間と場所を教えてもらい、メモを取る。
 公演は午後一時から五時の予定、って長い! 場所は四つ先の駅のから少し歩いたところにある公民館の中ホール。行ったことがないので、イメージが湧かない。
「割と真新しい白い壁の建物で、周りにちょっとした緑と広場があって、いい環境のところだよ。形は大中小のブロックを下から順に積み重ねた感じと言えばいいかな」
 シュウさんの説明から、ハノイの塔のパズルを連想した。あ、このパズルのことは森君から出題されたことがあって知ってるの。
「それじゃ、みんなに伝えて、どうするか聞いといて」
「了解しました。ありがとう、シュウさん」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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