第188話 声に出すのも憚られ
文字数 1,422文字
シュウさんがどう答えるのか、少なからず興味がわいたけれども、それを顔に出してはいけないとよそを向いた。あ、でも、シュウさんの表情は見たい気がする。
肩越しにちらと向き直ったそのとき、ちょうどシュウさんが私の方を腕で差し示すところだった。
「この仕掛けのあるカードの名前なら、佐倉さんが知っているから教えてもらってください」
えー? 丸投げ!? 押し付けられた!
反発しようとしたけれども、つちりんだけでなく陽子ちゃんも朱美ちゃんも集まってきて、何て言うの?と聞いてくる。
困った。頭を抱える仕種をやって、シュウさんを見据え返す。きっと私の両方の眼は、恨みの炎が点っていただろう。
「シュウさん、ひどいよ~」
「何で? ひどくはないだろ。高校生男子が嬉々としてあの言葉を口にする方が問題あると思ったから、萌莉に押し付けたんだよ」
「嬉々としなくていいじゃない。ていうかやっぱり押し付けられたんだ~」
「何をごちゃごちゃ言ってるの」
陽子ちゃんに怪訝な目で見られた。うー、ここで長引かせると、ますます変な空気になる。しばらく考えた私は声に出すのが嫌だと思い、板書することに決めた。
つかつかとボードの前に歩いて行き、きゅきゅきゅきゅっと文字を書いた。ほぼ、無心で。
「スリッパーデック?」
つちりん、トが抜けてる。わざとじゃないよね。私はそのトの字を指差しながら、
「ここは抜き取るっていう意味の英語なんだよ。――合ってるよね?」
確認を求めると、シュウさんは黙って首を縦に振った。
「一瞬、気付かなかったけど、ストリッパーって!」
朱美ちゃんが何だか楽しそうに言った。
「なるほど、脱ぐのと抜き取るのは似ているような気がするわ」
と、一人で合点してうんうんとうなずいている。
でもまあこの字面を見てことさらに反応したのは今の朱美ちゃんくらいで、他のみんなは意外なほど冷静だ。私の考えすぎだったかしら。森君なんか先頭を切って、囃し立ててくるかと思ってたのに。
その森君に目を移すと、シュウさんに話し掛けようとしているところだった。
「名前で思い出した。忘れない内に言っとかなくちゃな。師匠、俺達の名前の呼び方、いい加減統一してくれよ」
「うん? 俺達って」
シュウさんが聞き返すのへ、森君はじれったそうに床を一度踏みならし、私の方へ視線を振った。
「俺と佐倉――さんの呼び方だよ。ふらふらしてて定まってないじゃん」
「そ、そうだったか? 無意識のうちにやってて……悪かった」
「まったく。無理するからだぜ」
「無理はしているつもりなんて、全然ないんだけどねえ」
「師匠は佐倉さんのことを普段どう呼んでるのさ?」
「……下の名前で呼び捨てにすることが多いかな」
そうそう。多いどころか、ほとんどそ下の名前の呼び捨てに固定されている。
「じゃあ、それに合わせたらいいじゃんか。気を遣ってか何だか知らねえけど、呼び方変えるから混乱しておかしなことになってるんじゃねえの、師匠」
「そこまで言うのなら。でもそうした場合、君のことはどう呼ぼうか? そもそも森君だと紛らわしいから、変えようと思ったんだ」
「もう宗平でいいよ。最初は嫌だったけど、慣れてきた」
あきらめたというか踏ん切りを付けたかのように森君は肩をすくめた。シュウさんは一つうなずき、唇を少しなめた。
「本人がいいと言うなら、それで行くか。宗平君」
つづく
肩越しにちらと向き直ったそのとき、ちょうどシュウさんが私の方を腕で差し示すところだった。
「この仕掛けのあるカードの名前なら、佐倉さんが知っているから教えてもらってください」
えー? 丸投げ!? 押し付けられた!
反発しようとしたけれども、つちりんだけでなく陽子ちゃんも朱美ちゃんも集まってきて、何て言うの?と聞いてくる。
困った。頭を抱える仕種をやって、シュウさんを見据え返す。きっと私の両方の眼は、恨みの炎が点っていただろう。
「シュウさん、ひどいよ~」
「何で? ひどくはないだろ。高校生男子が嬉々としてあの言葉を口にする方が問題あると思ったから、萌莉に押し付けたんだよ」
「嬉々としなくていいじゃない。ていうかやっぱり押し付けられたんだ~」
「何をごちゃごちゃ言ってるの」
陽子ちゃんに怪訝な目で見られた。うー、ここで長引かせると、ますます変な空気になる。しばらく考えた私は声に出すのが嫌だと思い、板書することに決めた。
つかつかとボードの前に歩いて行き、きゅきゅきゅきゅっと文字を書いた。ほぼ、無心で。
「スリッパーデック?」
つちりん、トが抜けてる。わざとじゃないよね。私はそのトの字を指差しながら、
「ここは抜き取るっていう意味の英語なんだよ。――合ってるよね?」
確認を求めると、シュウさんは黙って首を縦に振った。
「一瞬、気付かなかったけど、ストリッパーって!」
朱美ちゃんが何だか楽しそうに言った。
「なるほど、脱ぐのと抜き取るのは似ているような気がするわ」
と、一人で合点してうんうんとうなずいている。
でもまあこの字面を見てことさらに反応したのは今の朱美ちゃんくらいで、他のみんなは意外なほど冷静だ。私の考えすぎだったかしら。森君なんか先頭を切って、囃し立ててくるかと思ってたのに。
その森君に目を移すと、シュウさんに話し掛けようとしているところだった。
「名前で思い出した。忘れない内に言っとかなくちゃな。師匠、俺達の名前の呼び方、いい加減統一してくれよ」
「うん? 俺達って」
シュウさんが聞き返すのへ、森君はじれったそうに床を一度踏みならし、私の方へ視線を振った。
「俺と佐倉――さんの呼び方だよ。ふらふらしてて定まってないじゃん」
「そ、そうだったか? 無意識のうちにやってて……悪かった」
「まったく。無理するからだぜ」
「無理はしているつもりなんて、全然ないんだけどねえ」
「師匠は佐倉さんのことを普段どう呼んでるのさ?」
「……下の名前で呼び捨てにすることが多いかな」
そうそう。多いどころか、ほとんどそ下の名前の呼び捨てに固定されている。
「じゃあ、それに合わせたらいいじゃんか。気を遣ってか何だか知らねえけど、呼び方変えるから混乱しておかしなことになってるんじゃねえの、師匠」
「そこまで言うのなら。でもそうした場合、君のことはどう呼ぼうか? そもそも森君だと紛らわしいから、変えようと思ったんだ」
「もう宗平でいいよ。最初は嫌だったけど、慣れてきた」
あきらめたというか踏ん切りを付けたかのように森君は肩をすくめた。シュウさんは一つうなずき、唇を少しなめた。
「本人がいいと言うなら、それで行くか。宗平君」
つづく