第201話 切り刻むなんてできません
文字数 2,160文字
さぞかししゃちほこばった言葉遣いになるんだろうなと想像した秀明だったが、それは大外れだった。
「もう、何してたんですか。遅いですよ」
「すまん。でも遅刻したわけではないぞ。一年生のマジシャン君とつい絡んでしまった結果、こうなった」
「ああ、もういいですから早く始めないと、時間が勿体ないです」
梧桐は先輩に対して緊張してもなければ、物怖じした様子もない。相手の左手を取って、部室内に引っ張り込もうとする。
「そんなに強くしなくても、自分で歩く。借り物のモデルガンを落として傷でも付けたら一大事だよ」
「あ、それが前々から言っていた? へえ、凄いですね、本物みたい」
銃への感想をすぐ切り上げると、梧桐は秀明の顔を見た。
「ほらあなたも早く入って。秘密事項なんだから、ドアを閉めてよ」
「あ、ああ」
言われるがままに部室に入り、ドアをきちんと閉めた。
(なるほど、梧桐さんが最初のときドアを閉めてしまったのは、劇にマジックを用いることを一般生徒には秘密にしておきたいがための、無意識の行動だったんだな。もやもやがすっきりした)
向き直った秀明は、もう一人の三年生女子がいることを確かめた。副部長だと当たりを付ける。
「時間を浪費したみたいですから、すぐに始めましょうか」
「――そうね。お願いするわ」
まだ名前の分からない三人目の女子が言った。
「私達はどの位置から見ていればいいの?」
演劇部の部屋は左右に書架だのロッカーだのが配置されていて、極端な表現をするなら奥へと細長い鰻の寝床だが、三人が横並びに座って観てもらう分には支障がなさそうだった。
「では三メートルくらい間を取りましょう。必要があるときは、僕の方から近付いていきますので、ご協力をお願いします」
長机に椅子三つ。即席の審査員席ができあがった。
「なあ、梧桐。彼は何にも道具を持って来てないように見えるが、大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「二人とも、始まるみたいよ。静かにしましょう」
第三の女子の一声で、本当にしんとなった。防音が行き届いているのか、外部の音はほとんど聞こえない。
「お待たせしました。僕の名前は何というかなんてことは後回しにして、ご挨拶代わり、名刺代わりにマジックをいくつか」
秀明は両手を大きく開いてみせてから、身体の前面を右に向け、右手をさっと伸ばした。そこにはトランプのカードがあった。
続いて左手も同様にし、カードを一枚出現させる。BGMがないため若干やりづらいが、最初にやるマジックはこれしかないと決めていた。舞台でやって見栄えするポピュラーな演目は、腕前を見てもらうのにも適しているはず。
手の中で次々とカードを増やしていき、五指の間に一枚ずつ、左右合わせて計八枚をホールド。胸の前で両手をクロスさせて、ポーズを決めると、拍手をもらった。
「どうも」
音楽の代わりに、通常は入れないしゃべりを交えることにする。
「床、散らかりますがご容赦ください。あとで片付けます」
断りを入れてから、八枚のカードを手放す。はらはらと舞った。
と、一枚が落ちない。右手の小指と薬指の間で何故か引っ掛かっている。指がつってうまく落とせない――という演技をオーバーにやる。
何度か手を振るとはらりと落ちた。
やれやれやっと次に移れるとこれまた演技で、左手の甲で額の汗を拭うそぶりをする秀明。するとその左手の指の間には、新たに四枚のカードがあるのだ。
「あっ」
観客の誰かが叫んだ。残る二人もすぐに気付いて「いつの間に」と囁く。
秀明は遅れて気付いたふりをし、今度は左手を激しく振る。しかし落ちない。業を煮やして右手を使って落とそうとするが、何と右手にも四枚のカードが。
両手をぷらぷらと振ったあと、やけになったように手のひら同士を打ち合わせる秀明。
ぱんと音がすると同時に、彼の手にはトランプでできた家が載っていた。
「おーすごい」
「やるじゃない」
感嘆の声とともに大きめの拍手をもらった。
一礼してから続けてトランプの家を折り畳んでいく。それを両手で包むように持ち、それから顔の高さに掲げる。観客たる演劇部員の様子を見ながら、秀明は重ねた左右の手を少しずつずらしていく。そこには一組のトランプがあった。
また拍手を浴びる中、どんどんずらしていき、トランプを扇形に開いた。裏面の柄がうまく重なり、華やかな色合いの幾何学模様が現れる。ビジュアル面でもアピールといったところだ。
扇を閉じて一息つくと、秀明は「次はお手伝いをお願いしたいのですが」と三人の女子に振る。目を見合わせて相談する風な彼女達に、秀明はさらに呼び掛けた。
「できれば部長さんか副部長さんがいいかと。というのも、梧桐さんの手伝いでマジックをしても、お二方はサクラだと思われるのではないでしょうか」
「それはまああるかもね」
「でしたらぜひ。小見倉先輩、いかがですか」
「仕方がないね。見ているだけの方が楽しいに決まっているが、たまには道化役もよかろう」
「いえ、道化だなんてそんなことはないですよ。ほんと、単なるお手伝いです」
上級生に大げさな物言いで大げさに受け取られ、秀明はスマイルの下で困惑を覚えた。
つづく
「もう、何してたんですか。遅いですよ」
「すまん。でも遅刻したわけではないぞ。一年生のマジシャン君とつい絡んでしまった結果、こうなった」
「ああ、もういいですから早く始めないと、時間が勿体ないです」
梧桐は先輩に対して緊張してもなければ、物怖じした様子もない。相手の左手を取って、部室内に引っ張り込もうとする。
「そんなに強くしなくても、自分で歩く。借り物のモデルガンを落として傷でも付けたら一大事だよ」
「あ、それが前々から言っていた? へえ、凄いですね、本物みたい」
銃への感想をすぐ切り上げると、梧桐は秀明の顔を見た。
「ほらあなたも早く入って。秘密事項なんだから、ドアを閉めてよ」
「あ、ああ」
言われるがままに部室に入り、ドアをきちんと閉めた。
(なるほど、梧桐さんが最初のときドアを閉めてしまったのは、劇にマジックを用いることを一般生徒には秘密にしておきたいがための、無意識の行動だったんだな。もやもやがすっきりした)
向き直った秀明は、もう一人の三年生女子がいることを確かめた。副部長だと当たりを付ける。
「時間を浪費したみたいですから、すぐに始めましょうか」
「――そうね。お願いするわ」
まだ名前の分からない三人目の女子が言った。
「私達はどの位置から見ていればいいの?」
演劇部の部屋は左右に書架だのロッカーだのが配置されていて、極端な表現をするなら奥へと細長い鰻の寝床だが、三人が横並びに座って観てもらう分には支障がなさそうだった。
「では三メートルくらい間を取りましょう。必要があるときは、僕の方から近付いていきますので、ご協力をお願いします」
長机に椅子三つ。即席の審査員席ができあがった。
「なあ、梧桐。彼は何にも道具を持って来てないように見えるが、大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「二人とも、始まるみたいよ。静かにしましょう」
第三の女子の一声で、本当にしんとなった。防音が行き届いているのか、外部の音はほとんど聞こえない。
「お待たせしました。僕の名前は何というかなんてことは後回しにして、ご挨拶代わり、名刺代わりにマジックをいくつか」
秀明は両手を大きく開いてみせてから、身体の前面を右に向け、右手をさっと伸ばした。そこにはトランプのカードがあった。
続いて左手も同様にし、カードを一枚出現させる。BGMがないため若干やりづらいが、最初にやるマジックはこれしかないと決めていた。舞台でやって見栄えするポピュラーな演目は、腕前を見てもらうのにも適しているはず。
手の中で次々とカードを増やしていき、五指の間に一枚ずつ、左右合わせて計八枚をホールド。胸の前で両手をクロスさせて、ポーズを決めると、拍手をもらった。
「どうも」
音楽の代わりに、通常は入れないしゃべりを交えることにする。
「床、散らかりますがご容赦ください。あとで片付けます」
断りを入れてから、八枚のカードを手放す。はらはらと舞った。
と、一枚が落ちない。右手の小指と薬指の間で何故か引っ掛かっている。指がつってうまく落とせない――という演技をオーバーにやる。
何度か手を振るとはらりと落ちた。
やれやれやっと次に移れるとこれまた演技で、左手の甲で額の汗を拭うそぶりをする秀明。するとその左手の指の間には、新たに四枚のカードがあるのだ。
「あっ」
観客の誰かが叫んだ。残る二人もすぐに気付いて「いつの間に」と囁く。
秀明は遅れて気付いたふりをし、今度は左手を激しく振る。しかし落ちない。業を煮やして右手を使って落とそうとするが、何と右手にも四枚のカードが。
両手をぷらぷらと振ったあと、やけになったように手のひら同士を打ち合わせる秀明。
ぱんと音がすると同時に、彼の手にはトランプでできた家が載っていた。
「おーすごい」
「やるじゃない」
感嘆の声とともに大きめの拍手をもらった。
一礼してから続けてトランプの家を折り畳んでいく。それを両手で包むように持ち、それから顔の高さに掲げる。観客たる演劇部員の様子を見ながら、秀明は重ねた左右の手を少しずつずらしていく。そこには一組のトランプがあった。
また拍手を浴びる中、どんどんずらしていき、トランプを扇形に開いた。裏面の柄がうまく重なり、華やかな色合いの幾何学模様が現れる。ビジュアル面でもアピールといったところだ。
扇を閉じて一息つくと、秀明は「次はお手伝いをお願いしたいのですが」と三人の女子に振る。目を見合わせて相談する風な彼女達に、秀明はさらに呼び掛けた。
「できれば部長さんか副部長さんがいいかと。というのも、梧桐さんの手伝いでマジックをしても、お二方はサクラだと思われるのではないでしょうか」
「それはまああるかもね」
「でしたらぜひ。小見倉先輩、いかがですか」
「仕方がないね。見ているだけの方が楽しいに決まっているが、たまには道化役もよかろう」
「いえ、道化だなんてそんなことはないですよ。ほんと、単なるお手伝いです」
上級生に大げさな物言いで大げさに受け取られ、秀明はスマイルの下で困惑を覚えた。
つづく