第2話 本の虫を誘うための切り札

文字数 2,907文字

 図書室は普通でも静かにしなければいけないところってイメージが強いけれども、うちの学校では職員室の近くに位置している。なおさら静かにしなくちゃという意識が高まるというもの。
 ちなみに、位置関係をもう少し詳しく言うと、来客用の吹き抜けのエントランスがあって、そのすぐ横が職員室や校長室。二階が図書室になってる。吹き抜けだから、声はよく届くし、足音も気を付けないと聞こえちゃう。
 そんな環境でもできる限り急ごうと、ペンギンスタイルの早足で図書室に到着。
 ドアをそろりそろりと開け、頭だけ入って、不知火さんがいないか探す。途中、丸っこいカーブを描くカウンターにいる図書係の人、多分六年生と目が合って、妙な顔をされた。くじけずに行こう。
 けど、見付からない。
 奥の席にいるのか、それとも書架の間にいて見えないだけなのか。しょうがないので入ろうとした矢先、背後で人の気配がした。陽子ちゃんと揃って振り向くと、当の不知火さんが立っていて、思わず声を上げちゃった。
「わ!」
 カウンターの六年生から不審の視線を再び浴びせられているのを背中で感じて、私は後ろ手にドアを閉めた。
 そこへ、不知火さんが言った。
「邪魔なのだけれど、通してもらえますか」
 この声、授業以外では久しぶりに聞いた気がする。抑揚があんまりなくて、用件だけを伝えるために発声したって感じ。いや、もちろん私達だって用件を伝えるために喋るけれども。こういうのを、事務的って言うのかな。
「それに何故、ドアを閉めたんですか」
「あっはっは。あなたを探してたんだ、不知火さん」
 陽子ちゃんが笑いながら突然言って、不知火さんの二の腕辺りをぽんとさわった。お、代わりに言ってくれるの、感謝!と思ったのも束の間、
「用事があるのは、こっち、サクラの方なんだけど」
 と指差された。不知火さんがじろりと私に目を向ける。
「何でしょうか」
「と、図書室にいると思ってきたんだけど、外から現れるからびっくりしたよ、もう。どこ行ってたのかなあ、なんて」
「その質問が用事ですか。お手洗いです」
 そう答えて私と陽子ちゃんの間をすり抜けようとする不知火さん。私は思わず彼女の手を取った。
「あ、じゃなくて。用事は別」
「分かっています。わざと言いました。早くしてくれないので、つい」
「……」
 こ、これは冗談なのかな。笑うとこ? 判断できないので聞き逃したふりをしておこうっと。私は咳払いを一つ挟み、本題を切り出した。
「えっと、不知火さんが少し前にマジックの本を読んでいたと聞いて、飛んできました。今度、奇術部またはサークルを作るつもりでいます。部員になってください、お願いっ」
 ほとんど条件反射みたいに手を拝み合わせた。クラスメートに変に丁寧語になってしまったけど、まあいいでしょ。
 不知火さんからの返事がなかなか来なかったので、これはだめかなーとあきらめの気持ちが出て来た。が、その一拍あとに、彼女の口が動く。
「……活動内容を聞かせてもらわないと、判断できません」
「え、え? てゆうことは、前向きに考えてくれるの?」
「ですから、そこも含めて、活動内容の説明をしてください。続きがあると思い待っていたのに、全然説明してくれない。話の進めようがないでしょう」
 真剣に聞いてくれているのが分かって、ちょっぴり感激した。それと、不知火さんて結構喋るんだなって、妙に感心もしていた。
「じゃあ、今ここでいい?」
「そう、ですね……少し長くなるみたいですね。本を出したまま、ランドセルも置いたまま席を離れたので心配です。借りる手続きもしてきますから、待っていてください」

 どこに移動するかで少し迷って、結局、教室に戻るしかなかった。鍵を閉めてこなかったしね。
 不知火さんに奇術サークルの予定している活動を説明するに当たって、私は陽子ちゃんのアドバイスを取り入れた。もちろん、嘘は苦手なので、少し変えたけれど。
 つまり、「私の従兄弟で高校一年になる秀明さんて人がいるの。マジックが凄く上手で、時間があればその人に教えてもらえることもあるかも」という言い回しにした。奥歯に物が挟まったフレーズだけれども、これが精一杯。う、嘘にはなってなくても、限りなく詐欺に近いような気がするよ~。
「学校の規則では確か、サークルであっても顧問の先生が必要ではありませんでしたか」
 不知火さんは、私が心配していたところには深く突っ込んでこなくて、別のことを気にした。
「そこは大丈夫。相田(あいだ)先生に了承もらってる」
 私達のクラス五年五組の担任で、相田克行(かつゆき)先生。しゃきっとすれば多分ハンサムなのに、ぼさーっとしてることの多い、やる気があるのかないのかよく分かんないキャラの先生だ。
「相田先生ですか。先生はマジックとは縁がなさそうですが」
「うん、頼みに行ったときに言われた。マジックそのものに関してはまともなサポートをしてやれないぞって。それでもいいからお願いしますって頼み込んで、OKしてもらったんだぁ」
 私ったらよほど嬉しそうな顔をして話していたのかな。不知火さんから「それはよかったですね」という反応をもらっちゃった。
「えーっと、他に聞きたいことはある?」
「そうですね。私達は何を目標に活動をするのか? 気になります」
「うーん、学校単位の大会があるわけじゃないし、アマチュアコンテストの十二歳以下のクラスに出場を目指すというのも一応考えたんだけど、一年目で勝手が分からないこともあるし、とりあえず、始めてみてから各自で目標を決める方がいいかなって。このマジックを人前でうまくやれるようになる、とかさ」
「そうですね。そのくらいから始めるのがよい気がします。前に読んだマジックの本によれば、私達と同じくらいの年齢でも、凄い上級テクニックを使いこなす子はいくらでもいるようなニュアンスで書いてありましたし」
「そうなんだよね。私もまだそんなにできないから、無難なところから……」
 話している途中で、陽子ちゃんと目が合った。珍しく静かだ。
「サクラの腕前、見せてよ。かなり昔に見せてもらった記憶がおぼろにあるけど、あれは今思うと道具のおかげって感じだったわ」
 うう、一言もございません。
 でも当時に比べたら、手先の技術、多少は上達したんだよ。
「見せたいけど、準備が。せめてトランプがほしい」
「だったら、確かレクリエーション用のが先生の机に」
 陽子ちゃんがさっと動いて、取ってきてくれた。
「ありがとう」
 ケースごと受け取って中から出し、感触を確かめる。
 できたら自分の手に馴染んだのがいいんだけど、そこまで贅沢は言えない。
「種、知っていたらごめんね」
 そう断りを入れながら、何通りかのシャッフルをやってみる。あーん、これはやっぱり、テクニックを使うにはふさわしくない。失敗してしまう。
 でも今さら引き返せないので、あまり技術のいらない、前もって準備する必要もない演目を思い出す――ちょうどいいのがあった。

つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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