第15話 ラブコメ未満
文字数 3,179文字
シュウさんは、時間の許す限りマジックを見せてくれた。そのほとんどは種明かししてもらえなかったけど、いつか教わる機会があると思う。
あと、お土産をもらった。
ペンをお札に突き刺したように見せて、ペンを引き抜いてみると、あら不思議、穴なんてあいてない……という現象のマジック。だいぶ前にテレビで何度か見て、種を想像したっけ。だいたい当たっていたと確認できた!
プレゼントはとっても嬉しくて感謝だけど、両親が知ったら、お金で遊ぶようなのはよくない、とか言われそうだから黙っておこうっと。もちろん、このマジックグッズはお札を使う必要なんてなくて、ノートやカレンダーといったぺらっとした紙ならできるのよ。でも見栄えがするのはお札なのだから仕方がない。
それからお父さんが会社から帰ってきて、シュウさんが挨拶。お父さんのリクエストで、単なる水がビールに変わるマジックをやってくれた。お父さんの好みを先読みして、こんなグッズを持って来るなんて、さすが。
ただ、私はこういうタイプのマジックは、あんまり好きじゃないわ。道具ありきだもの。極端な言い方しちゃえば、水に粉を密かに混ぜるだけ。工夫したくても応用が難しい。でも、プレゼントされたらもらっちゃうかも。
そう言えばあのビールって本物? 本物なら二十歳を過ぎるまで無理かしら。
なんてことを考えていると、少し早めの夕食タイム。シュウさんが食べていくかららしい。
みんなでいただきますをしたあと、テレビのニュースを、音を小さくして付けたまま、食事が始まる。私の家ではこれが伝統スタイル。あ、アニメを見せてもらうこともあったかな。
「秀明君は、高校生活はどんな具合?」
「ようやく慣れてきたところです。オリエンテーションだの部活見学だので、あれよあれよって過ぎてしまって、慣れてきたかなと思ったら休み」
部活と聞いて思い出した。シュウさん、何のクラブに入ったんだろう? マジック関係の部がある学校なのかな。聞こうと思っていたら、お母さんが聞いてくれた。
「そういえば、部活動は何にしたのかしら」
「特に入っていません」
「あら、もったいない」
「実は学校の外で、プロの方からマジックを定期的に教わる機会を得ましたので。六月頃からの予定なんですが」
「それは凄い――と言っていいのかな?」
「いえ、月謝を払えばレッスンを受けられます。ただ、その前に入門テストがあって、合格しないと無理なんです」
「じゃあ、やっぱり凄いじゃないか」
お父さんの言う通り! どうしてさっき、私の部屋にいるときに話してくれなかったんだろ。
「勉強に趣味にと充実してるようで、何よりだね。あとは交友関係の充実かな。友達はできた?」
「多くはないですけれど、五人くらい、男ばっかり」
男ばっかりって、そんな言い方をするからには、女子とも友達になりたいって思ってるのね、シュウさん。年頃だし、当然だけど。
あんまり女子を求めてたら、マジックの練習に身が入らなくなるよ!
――なんて風に、心の中で勝手に想像を広げていると、お父さんの声が耳に引っ掛かった。
「そういや、同じ中学から進んだって子はどうした? 友達じゃなかったけど一緒に受験するから話はするようになったとか何とか。友達にはなってないのか」
「あの子はクラスが違って、女子だし、なかなか話す機会は」
「え?」
思わず叫び声がこぼれた。
両親と従兄弟の注目を浴びて、顔が赤くなるのを意識した。と、とりあえず今は、一番聞きたいことを聞こう。
「シュウさんて、女子の友達いたんだ?」
「……いや、だから、友達にはなってないと」
「でも、一緒に受験したってことは、勉強なんかも一緒にしたんじゃあ」
「した、学校の教室で。何か変な風に捉えてないか?」
「別に変じゃないよ。女と男が二人きりで勉強したら、最低でも友達じゃなきゃ」
「二人きりって決め付けるなよ~。先生がいたし、ランクが同じぐらいの他の高校を受験する生徒がいることもしょっちゅう」
シュウさんの説明だけで終わればよかったんだけど、ここでまたお父さんから余計な一言が。
「萌莉は、秀明君に彼女ができるのを警戒してるんだよな」
「――そんなことないよ!」
お父さんに言ってから、急いでシュウさんに向き直る。
「警戒してるんじゃなくって、早く彼女さんができないか、心配してるのよ」
「え……心配されるくらい、もてないように見えるってこと?」
心外そうにしてる。確かに顔立ちは二枚目っぽいとこもある。そこは認める。
「ううん、そんなことないけど。趣味がマジックだと、話が合う人少ないと思って。違う?」
「当たらずといえど遠からず、かな。マジックを披露したら、一時的に注目されて色々聞いてくるけど、終わればまた元に戻る」
だよね。女子でマジックにずっと興味を持つなんて、シュウさんの周りでは私くらいのもんだよ、うん。
「そこまで達観してるということは、秀明君は女の子にもてたい一心で、マジックを始めた口じゃないんだ?」
今度はお母さん。何故だか興味津々て空気を発散してるような。
「私の学生時代、明らかにそのタイプの人がいたのよねえ。その頃、世の中はちょっとしたマジックブームでね。結構、お金は持ってたのかしら、毎週、色んな奇術商品を買って来ては披露してた。お世辞込みで拍手はしてたけど、いまいちだったわ。一発だけの打ち上げ花火って感じで、やったその瞬間だけ盛り上がる」
「はは。確かにいます、そういうタイプの人」
シュウさんはそう言ったけれども、私にはぴんと来ない。見たことがないというか。きっと、テレビに出るようなマジシャン達はみんな上手だから、当てはまらないんだろう。
というか、ひょっとして私?
「ねえねえ、シュウさん。私のことじゃないよね」
「もちろん。今の萌莉は凄く上達してる。技術だけじゃなく、魅せ方もね」
「よかった」
仕種でほんとに胸を撫で下ろすほど、安心した。
「――そうだ。もし小学校のOKが出たら、早い内に生のマジックショーを観に行こう」
「ええ?」
「何だ、嫌かな」
「嫌なんじゃなくって、色々とハードルが高そうで……お金とか」
「大丈夫、無料観覧できるのがあるんだ。アマチュアの団体だけど。日頃の練習の成果を見せる披露会、発表会だね」
「あ、そういう」
「もちろん団体ごとでレベルはピンからキリまであるけど、たいていは勉強になる。悪いなら悪いなりに」
そこまで話したところで、お母さんからストップが掛かる。
「あなた達、楽しくお喋りもいいけれど、そろそろ食事を本格的に食べてくれなきゃ」
話の方向をマジックに持って行ったのは、お母さんが一番の原因だと思うんだけどな。でも、ここは素直に食べることに集中、集中。十分ほどで終わった。
晩ご飯を食べたあと、シュウさんと話の続きをと期待してみたけれども、やっぱりもう時間がなかった。
「それじゃ、失礼します。連休中にもう一度ぐらい、今度は食事の時間帯を避けて、来ると思います」
「どうぞどうぞ。いつでも大歓迎。秀明君が来たら、娘が夢中になってうるさくなくなるから助かるわ」
そんなに普段うるさくしてるつもりはないのに。そういう意味の抗議の目線を送ると、お母さんが勘付いた。
「今言ったうるさいというのは、奇術道具をあれ買ってこれ買ってとおねだりすることよ」
「そういう意味なら」
そうと言ってくれてもいいのに。
「まあまあ、親子仲よくしなよ、萌莉。次は前もって連絡するから」
「分かった。またよろしくお願いしまぁす」
シュウさんは夜道を自転車で帰っていった。
マジシャンだから暗闇が似合う、なんて理屈はないか。
つづく
あと、お土産をもらった。
ペンをお札に突き刺したように見せて、ペンを引き抜いてみると、あら不思議、穴なんてあいてない……という現象のマジック。だいぶ前にテレビで何度か見て、種を想像したっけ。だいたい当たっていたと確認できた!
プレゼントはとっても嬉しくて感謝だけど、両親が知ったら、お金で遊ぶようなのはよくない、とか言われそうだから黙っておこうっと。もちろん、このマジックグッズはお札を使う必要なんてなくて、ノートやカレンダーといったぺらっとした紙ならできるのよ。でも見栄えがするのはお札なのだから仕方がない。
それからお父さんが会社から帰ってきて、シュウさんが挨拶。お父さんのリクエストで、単なる水がビールに変わるマジックをやってくれた。お父さんの好みを先読みして、こんなグッズを持って来るなんて、さすが。
ただ、私はこういうタイプのマジックは、あんまり好きじゃないわ。道具ありきだもの。極端な言い方しちゃえば、水に粉を密かに混ぜるだけ。工夫したくても応用が難しい。でも、プレゼントされたらもらっちゃうかも。
そう言えばあのビールって本物? 本物なら二十歳を過ぎるまで無理かしら。
なんてことを考えていると、少し早めの夕食タイム。シュウさんが食べていくかららしい。
みんなでいただきますをしたあと、テレビのニュースを、音を小さくして付けたまま、食事が始まる。私の家ではこれが伝統スタイル。あ、アニメを見せてもらうこともあったかな。
「秀明君は、高校生活はどんな具合?」
「ようやく慣れてきたところです。オリエンテーションだの部活見学だので、あれよあれよって過ぎてしまって、慣れてきたかなと思ったら休み」
部活と聞いて思い出した。シュウさん、何のクラブに入ったんだろう? マジック関係の部がある学校なのかな。聞こうと思っていたら、お母さんが聞いてくれた。
「そういえば、部活動は何にしたのかしら」
「特に入っていません」
「あら、もったいない」
「実は学校の外で、プロの方からマジックを定期的に教わる機会を得ましたので。六月頃からの予定なんですが」
「それは凄い――と言っていいのかな?」
「いえ、月謝を払えばレッスンを受けられます。ただ、その前に入門テストがあって、合格しないと無理なんです」
「じゃあ、やっぱり凄いじゃないか」
お父さんの言う通り! どうしてさっき、私の部屋にいるときに話してくれなかったんだろ。
「勉強に趣味にと充実してるようで、何よりだね。あとは交友関係の充実かな。友達はできた?」
「多くはないですけれど、五人くらい、男ばっかり」
男ばっかりって、そんな言い方をするからには、女子とも友達になりたいって思ってるのね、シュウさん。年頃だし、当然だけど。
あんまり女子を求めてたら、マジックの練習に身が入らなくなるよ!
――なんて風に、心の中で勝手に想像を広げていると、お父さんの声が耳に引っ掛かった。
「そういや、同じ中学から進んだって子はどうした? 友達じゃなかったけど一緒に受験するから話はするようになったとか何とか。友達にはなってないのか」
「あの子はクラスが違って、女子だし、なかなか話す機会は」
「え?」
思わず叫び声がこぼれた。
両親と従兄弟の注目を浴びて、顔が赤くなるのを意識した。と、とりあえず今は、一番聞きたいことを聞こう。
「シュウさんて、女子の友達いたんだ?」
「……いや、だから、友達にはなってないと」
「でも、一緒に受験したってことは、勉強なんかも一緒にしたんじゃあ」
「した、学校の教室で。何か変な風に捉えてないか?」
「別に変じゃないよ。女と男が二人きりで勉強したら、最低でも友達じゃなきゃ」
「二人きりって決め付けるなよ~。先生がいたし、ランクが同じぐらいの他の高校を受験する生徒がいることもしょっちゅう」
シュウさんの説明だけで終わればよかったんだけど、ここでまたお父さんから余計な一言が。
「萌莉は、秀明君に彼女ができるのを警戒してるんだよな」
「――そんなことないよ!」
お父さんに言ってから、急いでシュウさんに向き直る。
「警戒してるんじゃなくって、早く彼女さんができないか、心配してるのよ」
「え……心配されるくらい、もてないように見えるってこと?」
心外そうにしてる。確かに顔立ちは二枚目っぽいとこもある。そこは認める。
「ううん、そんなことないけど。趣味がマジックだと、話が合う人少ないと思って。違う?」
「当たらずといえど遠からず、かな。マジックを披露したら、一時的に注目されて色々聞いてくるけど、終わればまた元に戻る」
だよね。女子でマジックにずっと興味を持つなんて、シュウさんの周りでは私くらいのもんだよ、うん。
「そこまで達観してるということは、秀明君は女の子にもてたい一心で、マジックを始めた口じゃないんだ?」
今度はお母さん。何故だか興味津々て空気を発散してるような。
「私の学生時代、明らかにそのタイプの人がいたのよねえ。その頃、世の中はちょっとしたマジックブームでね。結構、お金は持ってたのかしら、毎週、色んな奇術商品を買って来ては披露してた。お世辞込みで拍手はしてたけど、いまいちだったわ。一発だけの打ち上げ花火って感じで、やったその瞬間だけ盛り上がる」
「はは。確かにいます、そういうタイプの人」
シュウさんはそう言ったけれども、私にはぴんと来ない。見たことがないというか。きっと、テレビに出るようなマジシャン達はみんな上手だから、当てはまらないんだろう。
というか、ひょっとして私?
「ねえねえ、シュウさん。私のことじゃないよね」
「もちろん。今の萌莉は凄く上達してる。技術だけじゃなく、魅せ方もね」
「よかった」
仕種でほんとに胸を撫で下ろすほど、安心した。
「――そうだ。もし小学校のOKが出たら、早い内に生のマジックショーを観に行こう」
「ええ?」
「何だ、嫌かな」
「嫌なんじゃなくって、色々とハードルが高そうで……お金とか」
「大丈夫、無料観覧できるのがあるんだ。アマチュアの団体だけど。日頃の練習の成果を見せる披露会、発表会だね」
「あ、そういう」
「もちろん団体ごとでレベルはピンからキリまであるけど、たいていは勉強になる。悪いなら悪いなりに」
そこまで話したところで、お母さんからストップが掛かる。
「あなた達、楽しくお喋りもいいけれど、そろそろ食事を本格的に食べてくれなきゃ」
話の方向をマジックに持って行ったのは、お母さんが一番の原因だと思うんだけどな。でも、ここは素直に食べることに集中、集中。十分ほどで終わった。
晩ご飯を食べたあと、シュウさんと話の続きをと期待してみたけれども、やっぱりもう時間がなかった。
「それじゃ、失礼します。連休中にもう一度ぐらい、今度は食事の時間帯を避けて、来ると思います」
「どうぞどうぞ。いつでも大歓迎。秀明君が来たら、娘が夢中になってうるさくなくなるから助かるわ」
そんなに普段うるさくしてるつもりはないのに。そういう意味の抗議の目線を送ると、お母さんが勘付いた。
「今言ったうるさいというのは、奇術道具をあれ買ってこれ買ってとおねだりすることよ」
「そういう意味なら」
そうと言ってくれてもいいのに。
「まあまあ、親子仲よくしなよ、萌莉。次は前もって連絡するから」
「分かった。またよろしくお願いしまぁす」
シュウさんは夜道を自転車で帰っていった。
マジシャンだから暗闇が似合う、なんて理屈はないか。
つづく