第124話 冷たくても器用な手
文字数 1,456文字
強引だが特に不都合が生じるでもなく、むしろ宗平にとっては王女様から話を聞けるチャンスでもある。ソフトな語り口にも乗せられ、承諾の返事をした。メインにも異論はなく、彼は一人で通路を駆けて行った。
「さて……さして長くはない時間でしょうが、通路で立ち話というのは落ち着きません。近くに空き部屋があったと思います。えっと、あれは」
空き部屋を探しに行こうと、廊下を元来た方向へふらっと踏み出す王女。宗平はその左腕をつかんでストップをかけた。
「待った待った。どこかの部屋に入ると、戻って来たメイン探偵師が見付けられなくて困るかも。長くない時間なら、どうか我慢してください」
宗平が引き留めたのには、言葉にした以外にも理由があった。
(王女様と小部屋で二人きりなんて状況になったら、まずいんじゃないか? メイン探偵だけならともかく、あの人が連れてくるメイド頭に見られたら、激怒されそうだ)
宗平の心配を知ってか、王女は割と素直に足を止めた。そして宗平の顔と捕まれて当て首の辺りを交互に、まじまじと見る。
「あっ」
いつまでも掴んでいたことに気付いて手を離した宗平に、マギー王女は「冷たい手の持ち主は、心が温かいと言うけれどもあなたはどうなの?」という、唐突な質問を投げ掛けてきた。
「へ?」
「自分では自分の手が冷たいとは分からない?」
「いや、そんなことないけど。今する話かって」
「捜査の最中にはできないでしょう」
「ま、それはそうかもだけど。でも、自分で自分のこと、『俺は心が温かい人間だ』っていう奴なんて多分いねーぞ。いたら、ちょっと怪しまなきゃ」
「……それもそうだわ。真理ですね」
真顔で応じられ、宗平は調子が狂う。ただ、悪い心地じゃない。殺人現場の近くにいるって言うのに、何となく浮き立つ。
「そうそう。他人が言わなきゃ意味がない。王女様の手もそんなに温かくはないみたいだから、きっと温かい心の持ち主なんだろうな、みたいな具合に」
「私も手は冷たいですけれど、妹のチェリーはもっと冷たい手。なのに、私よりも器用でうらやましいわ」
「器用? ああ、奇術のことか。王女様はできないの、奇術?」
「ええ。指は細いつもりなのに」
自身の両手を開き、手の甲側から見下ろすマギー王女。
「言っておきますけど、私、不器用ではありません。裁縫は一通りこなしますし、ピアノもバイオリンも妹よりずっと上手です。奇術だけ、かないませんの」
「……俺の知っている簡単な奇術でいいなら、教えてやれるけど」
「本当ですか」
目を輝かせる王女を見て、宗平は慌てて首を水平方向に振った。
「簡単なのしか知らないから、チェリーに見せたって感心されないかもしれない」
「それでもいいわ。教えてほしい」
顔を間近に寄せられ、頼まれた。
と、そこへメインがメイド頭のヤーヴェを伴って戻って来る。
「お待たせした。鍵を借りるだけでもよかったのに、ヤーヴェさんが行くと言って聞かないから」
「三十秒と余計に掛かってはいませんよ」
ヤーヴェは大柄な女性で、メインよりも背があるぐらいだ。見事な銀髪を引っ詰めにし、細縁の丸眼鏡を掛けている。一見、六十代以上に思えたが、近づくにつれて肌の張りや血色のよさから、四十絡みに修正する。
「さて。マギー王女がまたお一人で勝手に出歩いていた件は一時棚上げするとして、何が目的でこの部屋を見たいのですか。改めて説明願います」
ヤーヴェは王女をじろっと見てから、宗平に顔を向けた。
つづく
「さて……さして長くはない時間でしょうが、通路で立ち話というのは落ち着きません。近くに空き部屋があったと思います。えっと、あれは」
空き部屋を探しに行こうと、廊下を元来た方向へふらっと踏み出す王女。宗平はその左腕をつかんでストップをかけた。
「待った待った。どこかの部屋に入ると、戻って来たメイン探偵師が見付けられなくて困るかも。長くない時間なら、どうか我慢してください」
宗平が引き留めたのには、言葉にした以外にも理由があった。
(王女様と小部屋で二人きりなんて状況になったら、まずいんじゃないか? メイン探偵だけならともかく、あの人が連れてくるメイド頭に見られたら、激怒されそうだ)
宗平の心配を知ってか、王女は割と素直に足を止めた。そして宗平の顔と捕まれて当て首の辺りを交互に、まじまじと見る。
「あっ」
いつまでも掴んでいたことに気付いて手を離した宗平に、マギー王女は「冷たい手の持ち主は、心が温かいと言うけれどもあなたはどうなの?」という、唐突な質問を投げ掛けてきた。
「へ?」
「自分では自分の手が冷たいとは分からない?」
「いや、そんなことないけど。今する話かって」
「捜査の最中にはできないでしょう」
「ま、それはそうかもだけど。でも、自分で自分のこと、『俺は心が温かい人間だ』っていう奴なんて多分いねーぞ。いたら、ちょっと怪しまなきゃ」
「……それもそうだわ。真理ですね」
真顔で応じられ、宗平は調子が狂う。ただ、悪い心地じゃない。殺人現場の近くにいるって言うのに、何となく浮き立つ。
「そうそう。他人が言わなきゃ意味がない。王女様の手もそんなに温かくはないみたいだから、きっと温かい心の持ち主なんだろうな、みたいな具合に」
「私も手は冷たいですけれど、妹のチェリーはもっと冷たい手。なのに、私よりも器用でうらやましいわ」
「器用? ああ、奇術のことか。王女様はできないの、奇術?」
「ええ。指は細いつもりなのに」
自身の両手を開き、手の甲側から見下ろすマギー王女。
「言っておきますけど、私、不器用ではありません。裁縫は一通りこなしますし、ピアノもバイオリンも妹よりずっと上手です。奇術だけ、かないませんの」
「……俺の知っている簡単な奇術でいいなら、教えてやれるけど」
「本当ですか」
目を輝かせる王女を見て、宗平は慌てて首を水平方向に振った。
「簡単なのしか知らないから、チェリーに見せたって感心されないかもしれない」
「それでもいいわ。教えてほしい」
顔を間近に寄せられ、頼まれた。
と、そこへメインがメイド頭のヤーヴェを伴って戻って来る。
「お待たせした。鍵を借りるだけでもよかったのに、ヤーヴェさんが行くと言って聞かないから」
「三十秒と余計に掛かってはいませんよ」
ヤーヴェは大柄な女性で、メインよりも背があるぐらいだ。見事な銀髪を引っ詰めにし、細縁の丸眼鏡を掛けている。一見、六十代以上に思えたが、近づくにつれて肌の張りや血色のよさから、四十絡みに修正する。
「さて。マギー王女がまたお一人で勝手に出歩いていた件は一時棚上げするとして、何が目的でこの部屋を見たいのですか。改めて説明願います」
ヤーヴェは王女をじろっと見てから、宗平に顔を向けた。
つづく