第205話 妖精と魔術師と

文字数 2,039文字

「それならオードリー・ヘップバーンは?」
 映画つながりで昔の女優の名前を出してみた。秀明自身が大ファンというわけではない。彼の父親や祖父が銀幕のスターと言えばという話題のときによく名前を挙げるので、気になって映画を観てみたら、結構はまった。親しみを覚える一方で遠い存在にも感じる、まさしく映画の中の愛らしい人だった。
「無理、難しすぎるわ」
 頭に超が付く即答で拒否された。
 古い映画からの連想続きで、銀幕の妖精の名を出してみたのだが、梧桐が珍しく尻込みしている。
「あれこそ天性の才能よ。努力だけではどうにもならない、持って生まれたものというのはある。何て言えばいいのかしら。カテゴリが“妖精”の人よね」
「……憧れているみたいだ」
 相手の言葉や仕種、態度から、そう判断した秀明。梧桐は「そうねえ、アマチュアの分際でおこがましいけれども、演技力のみを取り出せば突出はしてないと思うのよね」と、声をやや小さくして言った。先輩のどちらかあるいは両方ともが、オードリー・ヘップバーンの大ファンなのだろうか。
「でも全部をひっくるめたオードリーは唯一無二の映画女優で、シンプルに憧れるわ」
「何となく分かる」
 秀明が同意し、どういった女優さんなら似せられるのかという風に話を持って行こうとしたのだが。
「私のところは、父が熱狂的なオードリー・ヘップバーンファンでねえ」
 最後に一枚残っていたトランプを拾い上げた小見倉が、そのカード、いみじくもジョーカーを秀明に渡しながら、話に加わった。
「うるさいくらいなんだわ。私は元々好きな女優だったのだけれど、『いや、おまえはまだ魅力を全部は理解していない』『引退したあとの活動も知ってこそだぞ』などと父があんまりうるさく言うものだから、辟易しちゃったよ」
「そういえば」
 長束副部長まで参戦。器用にも、ノートの切れ端に何やらさらさらと絵や長文を書き付けながら話を続ける。
「私の伯父もうるさかった。まだ私が小学生低学年で、俳優なんてよく知らなかった頃に日本の女優さんで例えると誰になるの?って何の気なしに聞いてみたんですよね。すると『いやいや、いないだろうな』と、これだけならまだよかったんですが、父も加わって話し合った結果、二人の大人が出した結論が『吉永小百合と夏目雅子を足して二で割らない』だったんです。色々とひどい話です」
 二で割らないのくだりに、秀明は思わず笑ってしまった。部長は笑うだけでなく、「割れよ!」とつっこむ。
「名前の挙がった日本人女優にも熱烈で根強いファンが大勢いるはず。そういうファンの前でそんな意見を出したら大げんかでは済まないかもねえ」
「そもそも当時の私は吉永小百合も夏目雅子も知りませんでした。だから、何のたとえにもなっていないという」
「まさしく昔話だな」
「演劇をやるからには、知っておいた方がいいかもしれません」
 小見倉と梧桐がやり取りを始める中、帰り支度を整えた秀明の肩口を、長束がちょんちょんとつついて振り向かせる。
「何でしょう?」
「今さっき思い出したの。以前、テレビで観たイリュージョンマジックで、こんな感じの長机みたいな寝台みたいな台で、枕の位置には鏡が立ててあって、台の上には棺桶と言ったらおかしいけれども、いくつかのパネルに分かれた箱めいたスペースに、女の人が入って、箱を少しずつ折り畳んでいくと、最終的に女の人の姿が消えているという演目があったんだけれど」
 簡単な絵を見せながら語る長束。最前の書き物は、この図のためだったんだなと合点が行く。
「ああ、そのマジック番組なら僕も観ました」
「ちょうどいいわ。あのマジック、うちの学校の体育館でも行うことができる? 現時点で私が思い付いている劇中にマジックを取り入れるアイディアは、これくらいなのよ。だから先に聞いておきたいと思ったわけ」
「それはまあ、本職の人達であれば、難なくできると思いますよ。でも、自分達でやるとなったらどうかなぁ。まず道具が必要です。さすがに手作りは厳しい気がします。あと、身体の柔らかい小柄な人も」
「身体的な条件はクリアできる人材が、我が演劇部には豊富にいるわ。奇術用具の方は……佐倉君の方で手配することは無理?」
「伝はありますけど、絶対確実ではないですし、たとえ借りられても無料では難しいかもしれません。あと、デリケートな物ですから、持ち運びやセッティングには十二分な注意を払わねばなりません」
「でしょうね。車で運ぶとして、車両や運転手もこちらで用意する必要があるのかしら?」
「今はまだ何とも言えません。――あの、長束さん。どのような形で今言ったマジックは物語に関わってくるのですか」
「あくまでも構想段階だけれども、マジックで消えてしまった女性が別の場所に現れて、怪盗紳士よろしく華麗に盗みを働くか、もしくは逆に何らかの犯罪に巻き込まれるような展開を思い描いているわ」

 つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み