第8話 その人ひきぬきにくい人
文字数 3,180文字
「伝説?」
大げさな言い方に、思わず声も大きくなった。内藤君が説明してくれた。
「全く新しいクラブができるとしたら、もう十何年、下手すると何十年ぶりかの出来事で、誰も実際を知らないらしいよ。それで先生何人かに聞いてみたら、全体は決まってるんだから少なくとも今年度分は減るだろうという話だった」
「ふうん」
当たり前だけど、シビアな話だ。もし部になれたら、お金に強い朱美ちゃんに経理を任せようかな。
「それが私達と関係あるの?」
「だからもしもの話だけど、部になれそうなくらい人数を集めたら、切り崩しがあるかもしれないってこと。これまでに集めた人に逃げられないようにしなよ」
「それは大丈夫。まだ二桁は遠いし」
私が答えると、内藤君はひとまず安心したように微笑んで、マットの方に駆け足で戻っていった。ちょうど名前を呼ばれたみたい。
「切り崩しなんて、想像もしてなかった。本当にあり得るのかな」
「分かんないけど。あるとしたら、つちりんぐらいでしょ。不知火さんがこの前言ってた、占い研究会みたいなのができたとしたら、だけど」
「ふぇえ、勘弁してほしい。せっかく仲間になれた!っていい感じなのに。こうなったら、クラブは目指さずにサークルのままでいるようにがんばろうかしら」
「何か変な言い回しだよ、それ」
私達も名前を呼ばれた。戻ろう。
現実は厳しかった。クラブなんて夢のまた夢。サークルとしての条件である五名まであと一人が、なかなかできない。
「普通さあ、発足者を入れて五人、だと思うんだよねえ」
放課後、五年五組の教室に集まって作戦会議中。朱美ちゃんが詮無きことを言った。
「何で六って、中途半端な数なんだよ~って」
「今さら条件に文句を付けても、何ら役立ちません。もっと建設的な意見を。そもそも六は半ダースですから、決して半端ではないでしょう」
不知火さんが難しい表現を使っている。建設的……あとで辞書を引こうっと。
「私が占いで、可能性ありそうな人を選んでみるぅ、なんて」
つちりんこと土屋さんが人差し指を縦に真っ直ぐのばして、笑顔で提案。
「前に占い当たらないって、ぼやいてなかった?」
陽子ちゃんからの容赦ない突っ込みに、つちりん撃沈。まあ、元々冗談で言ったんだと思う。つちりんのオカルト好きはキャラ付けだから。
「ほらほら、さっきから全然、意見が出ていませんよ」
「そういう不知火さんが、まず何か言ってくれたら話が弾むと思うよ」
陽子ちゃんが焚きつけに掛かる。ここは私も陽子ちゃんを密かに応援する。
「ほとんど喋らない不知火さんが、奇術サークルのことになると意外なくらいに喋るんだし、それだけ熱心てことだよね」
「――分かりました。一つ、あります」
なんだ、あるんだったらすぐ言ってくれていいのに。
私が期待して胸元に両手を引き寄せ、わくわくしていると、すっと立ち上がった不知火さんは何故か片手で額を押さえた。
「はあ……あまり使いたくない奥の手なのですが、いざとなったら気にしていられませんね」
「な、なに。何だか凄く剣呑な感じがするんだけど」
聞くのが怖くなるじゃない。あ、剣呑て言葉は、剣を飲むマジックがあるから知ってるんだよ。
「先程、切り崩しの話を佐倉さんがされましたが、それで思い付きました。ずばり、他のクラブから引っ張ってくる」
「ええっ、それってつまり引き抜き? 掛け持ちはだめなんだから……」
「はい。最終手段として、頭の片隅に置いておくべきです」
「……冗談ではないのね」
「もちろん。これでも一応の配慮はしてるのです。サークルから引き抜けば確実に恨まれますが、クラブからならまだ恨みの度合いは小さいでしょう」
「うーん、そうかなあ?」
一度クラブとして認可されたら、十名未満になってもしばらくは予算が下りるし、部も存続する。十一名以上いるところからなら、一人引き抜いても計算上は全く問題ない……という意味で言ってるんだろうけど、実際に引き抜いたら絶対恨まれるよ、不知火さん!
「そんなに顔色を変えないで、落ち着いてください。あくまでもやるとすれば最後の最後です」
「あの。申請の締め切りが四月末。だからって四月三十日になって、はい最後の手段てわけには行かないでしょう? 不知火さん、本気で言ってるのは間違いないみたいだし、どうするつもりなのか聞いておきたい」
「……狙っている人はいます」
「え、いつの間に。というか、誰?」
「同じクラスの水原さんです」
なぁんだ。水原さんなら私も着目してたわ。って、絶対に無理だよっ。
「狙う――というのは言葉が悪いから、推薦理由は、水原さんが推理小説好きだから?」
「そうです」
「私も同じ理由で考えてた。でも、水原さんは文芸部で小説がんばって書いてるから、難しいどころか無理だと思う」
「はい、私も同感です」
「……それでも勧誘する?」
「最終手段ですから」
「じゃ、じゃあ、具体的にどうするつもりでいるのかな。普通に声を掛けたって、ぜーったいに無理でしょ」
「奇術サークルで、小説を書く場を提供するのはどうでしょうか」
「……何を言っているのか分からない……」
「現代は、書いて人に見てもらうだけなら、インターネット上で自由に展開できる。それなのに文芸部に入ったからには、理由があるはず。それを紙媒体で本を作りたいからではないかと推測したのです」
その推測が当たっているとして、うちで何ができるというのだろう。
「紙の本、最初はコピー誌でもいいから、会誌を出すことを約束するのです。そこに水原さんの小説を載せる」
「反対! お金が掛かる」
朱美ちゃん、反応が早い。
「それに、活動が軌道に乗ったあとならまだ考えてもいいかもしれないけど、最初っからそういうのは難しいって。そっちばかりに気を取られる」
「そうだね。本一冊の内容を考えるだけでも大変な作業だし、マジックのことでそんなにネタがあるのかなあ」
陽子ちゃんも反対のようだ。
「私は~、将来的には面白い試みだと思いますが、入会の代わりに約束するのは無謀ではないかと~」
つちりんも同じ。今は反対という見方が過半数を占めた。
「私も今はちょっと無理かなと思う。不知火さんは読書好きだけど、コピー誌を作ったことがあるの?」
「去年、夏休みの自由研究で一度だけですけど、あります」
「どうだった? 手応えとか苦労とか」
「それは」
珍しく考え込む不知火さん。いや、普段は寡黙なので、静かにしていることが多いのだけれど、考え込むところを見るのは滅多に無いような。
「何ぶん、一人でやったので、大変だったことは確かです。でも、楽しくもあったかな」
そこまで言って、また少し間を取る。私は待った。
「自分でも今気が付きました。私はあのときの楽しさを求めて、自分の希望を押し付けようとしていたみたいです。すみません」
不知火さんはそう言うと、不意に頭を下げてきた。髪がふわっと広がって、何だか優雅で、一瞬見とれてしまう。
「ちょ、ちょい。謝らなくたっていいのに」
びっくりして慌てたのは他の四人一緒だったと思うけど、真っ先に声に出したのは陽子ちゃん。
「不知火さんがサークルのことを考えてくれた結果なんだし、やりたいことがあって当然だし、そもそもサクラが我を通そうとして、このサークルを作るために、みんなを巻き込んでるわけで」
「陽子ちゃん、言いすぎだと思う」
朱美ちゃんの指摘で、陽子ちゃん、私の方を向いて「あ、ごめん」と謝り、舌の先をちょっと覗かせた。
突発的に緊張した場の空気は、見る見る内に元のようになった。ああ、何だか疲れる。部長――サークルだったら代表?――も大変だなぁ。
つづく
大げさな言い方に、思わず声も大きくなった。内藤君が説明してくれた。
「全く新しいクラブができるとしたら、もう十何年、下手すると何十年ぶりかの出来事で、誰も実際を知らないらしいよ。それで先生何人かに聞いてみたら、全体は決まってるんだから少なくとも今年度分は減るだろうという話だった」
「ふうん」
当たり前だけど、シビアな話だ。もし部になれたら、お金に強い朱美ちゃんに経理を任せようかな。
「それが私達と関係あるの?」
「だからもしもの話だけど、部になれそうなくらい人数を集めたら、切り崩しがあるかもしれないってこと。これまでに集めた人に逃げられないようにしなよ」
「それは大丈夫。まだ二桁は遠いし」
私が答えると、内藤君はひとまず安心したように微笑んで、マットの方に駆け足で戻っていった。ちょうど名前を呼ばれたみたい。
「切り崩しなんて、想像もしてなかった。本当にあり得るのかな」
「分かんないけど。あるとしたら、つちりんぐらいでしょ。不知火さんがこの前言ってた、占い研究会みたいなのができたとしたら、だけど」
「ふぇえ、勘弁してほしい。せっかく仲間になれた!っていい感じなのに。こうなったら、クラブは目指さずにサークルのままでいるようにがんばろうかしら」
「何か変な言い回しだよ、それ」
私達も名前を呼ばれた。戻ろう。
現実は厳しかった。クラブなんて夢のまた夢。サークルとしての条件である五名まであと一人が、なかなかできない。
「普通さあ、発足者を入れて五人、だと思うんだよねえ」
放課後、五年五組の教室に集まって作戦会議中。朱美ちゃんが詮無きことを言った。
「何で六って、中途半端な数なんだよ~って」
「今さら条件に文句を付けても、何ら役立ちません。もっと建設的な意見を。そもそも六は半ダースですから、決して半端ではないでしょう」
不知火さんが難しい表現を使っている。建設的……あとで辞書を引こうっと。
「私が占いで、可能性ありそうな人を選んでみるぅ、なんて」
つちりんこと土屋さんが人差し指を縦に真っ直ぐのばして、笑顔で提案。
「前に占い当たらないって、ぼやいてなかった?」
陽子ちゃんからの容赦ない突っ込みに、つちりん撃沈。まあ、元々冗談で言ったんだと思う。つちりんのオカルト好きはキャラ付けだから。
「ほらほら、さっきから全然、意見が出ていませんよ」
「そういう不知火さんが、まず何か言ってくれたら話が弾むと思うよ」
陽子ちゃんが焚きつけに掛かる。ここは私も陽子ちゃんを密かに応援する。
「ほとんど喋らない不知火さんが、奇術サークルのことになると意外なくらいに喋るんだし、それだけ熱心てことだよね」
「――分かりました。一つ、あります」
なんだ、あるんだったらすぐ言ってくれていいのに。
私が期待して胸元に両手を引き寄せ、わくわくしていると、すっと立ち上がった不知火さんは何故か片手で額を押さえた。
「はあ……あまり使いたくない奥の手なのですが、いざとなったら気にしていられませんね」
「な、なに。何だか凄く剣呑な感じがするんだけど」
聞くのが怖くなるじゃない。あ、剣呑て言葉は、剣を飲むマジックがあるから知ってるんだよ。
「先程、切り崩しの話を佐倉さんがされましたが、それで思い付きました。ずばり、他のクラブから引っ張ってくる」
「ええっ、それってつまり引き抜き? 掛け持ちはだめなんだから……」
「はい。最終手段として、頭の片隅に置いておくべきです」
「……冗談ではないのね」
「もちろん。これでも一応の配慮はしてるのです。サークルから引き抜けば確実に恨まれますが、クラブからならまだ恨みの度合いは小さいでしょう」
「うーん、そうかなあ?」
一度クラブとして認可されたら、十名未満になってもしばらくは予算が下りるし、部も存続する。十一名以上いるところからなら、一人引き抜いても計算上は全く問題ない……という意味で言ってるんだろうけど、実際に引き抜いたら絶対恨まれるよ、不知火さん!
「そんなに顔色を変えないで、落ち着いてください。あくまでもやるとすれば最後の最後です」
「あの。申請の締め切りが四月末。だからって四月三十日になって、はい最後の手段てわけには行かないでしょう? 不知火さん、本気で言ってるのは間違いないみたいだし、どうするつもりなのか聞いておきたい」
「……狙っている人はいます」
「え、いつの間に。というか、誰?」
「同じクラスの水原さんです」
なぁんだ。水原さんなら私も着目してたわ。って、絶対に無理だよっ。
「狙う――というのは言葉が悪いから、推薦理由は、水原さんが推理小説好きだから?」
「そうです」
「私も同じ理由で考えてた。でも、水原さんは文芸部で小説がんばって書いてるから、難しいどころか無理だと思う」
「はい、私も同感です」
「……それでも勧誘する?」
「最終手段ですから」
「じゃ、じゃあ、具体的にどうするつもりでいるのかな。普通に声を掛けたって、ぜーったいに無理でしょ」
「奇術サークルで、小説を書く場を提供するのはどうでしょうか」
「……何を言っているのか分からない……」
「現代は、書いて人に見てもらうだけなら、インターネット上で自由に展開できる。それなのに文芸部に入ったからには、理由があるはず。それを紙媒体で本を作りたいからではないかと推測したのです」
その推測が当たっているとして、うちで何ができるというのだろう。
「紙の本、最初はコピー誌でもいいから、会誌を出すことを約束するのです。そこに水原さんの小説を載せる」
「反対! お金が掛かる」
朱美ちゃん、反応が早い。
「それに、活動が軌道に乗ったあとならまだ考えてもいいかもしれないけど、最初っからそういうのは難しいって。そっちばかりに気を取られる」
「そうだね。本一冊の内容を考えるだけでも大変な作業だし、マジックのことでそんなにネタがあるのかなあ」
陽子ちゃんも反対のようだ。
「私は~、将来的には面白い試みだと思いますが、入会の代わりに約束するのは無謀ではないかと~」
つちりんも同じ。今は反対という見方が過半数を占めた。
「私も今はちょっと無理かなと思う。不知火さんは読書好きだけど、コピー誌を作ったことがあるの?」
「去年、夏休みの自由研究で一度だけですけど、あります」
「どうだった? 手応えとか苦労とか」
「それは」
珍しく考え込む不知火さん。いや、普段は寡黙なので、静かにしていることが多いのだけれど、考え込むところを見るのは滅多に無いような。
「何ぶん、一人でやったので、大変だったことは確かです。でも、楽しくもあったかな」
そこまで言って、また少し間を取る。私は待った。
「自分でも今気が付きました。私はあのときの楽しさを求めて、自分の希望を押し付けようとしていたみたいです。すみません」
不知火さんはそう言うと、不意に頭を下げてきた。髪がふわっと広がって、何だか優雅で、一瞬見とれてしまう。
「ちょ、ちょい。謝らなくたっていいのに」
びっくりして慌てたのは他の四人一緒だったと思うけど、真っ先に声に出したのは陽子ちゃん。
「不知火さんがサークルのことを考えてくれた結果なんだし、やりたいことがあって当然だし、そもそもサクラが我を通そうとして、このサークルを作るために、みんなを巻き込んでるわけで」
「陽子ちゃん、言いすぎだと思う」
朱美ちゃんの指摘で、陽子ちゃん、私の方を向いて「あ、ごめん」と謝り、舌の先をちょっと覗かせた。
突発的に緊張した場の空気は、見る見る内に元のようになった。ああ、何だか疲れる。部長――サークルだったら代表?――も大変だなぁ。
つづく