「書かれた辻沢 46」
文字数 2,000文字
まひるさんとあたしは、すり鉢の縁まで行ってそこから鬼子神社を見下ろした。
クロエが社殿の中へ入ってしばらくして、まめぞうさんたちが中から出て来たのだったけれど、前庭にいた由香里さんと何事か交わし、すぐに中に引き返してしまった。
由香里さんのほうも元来た斜面の石段を登っていく。
そのあとしばしあってクロエが社殿から出て来た。
クロエは由香里さんを追ったが登り端で見失って、石畳の紫子さんたちと合流したのだった。
まひるさんとあたしは、クロエのことは紫子さんにまかせて、斜面をすり鉢の底に下りて行った。
社殿に入ると誰もいず、奥の暗がりに座棺が転がしてあるだけだった。
なにやら焦げ臭い匂いがしている。
「ユウさん?」
返事がない。
「ユウ様、まひるが参りました」
天井裏で物音がした。そして、
「あいつは?」
天井から声がした。
そちらを見上げると、ユウさんの逆さの顔が天井から下がっていた。
「行ってしまわれましたよ」
ユウさんは天井の穴からストンと落ちて床に立った。
「ユウ様、調様と何かありましたか?」
まひるさんは心配そうにユウさんの顔を伺った。
「あの人、いつもしつこいんだよ。協力するって」
由香里さんは、けちんぼ池へ行く協力をしたいとユウさんに言ってくるのだそうだ。
「こっちはまだ行き方も知らないのに、協力って言われてもねえ」
と言いながらユウさんは暗がりの座棺に近づいて行った。
「それは?」
あたしは気になって聞いてみた。きっとケサさんが入っていたものだろう。
「ヒダルが入ってた」
やはりそうだ。
「ケサさんですよね。どうしました?」
と尋ねると、
「燃やしてやった。クロエにしつこく執着してたからさっき消し去った」
燃やした? じゃあ、中にあったものは?
あたしは座棺に近づいて恐る恐る中を覗いてみた。
焦げ臭い匂いの元はここだった。底に何かの燃えかすが溜まっていた。
「ユウさん、中にノートが入ってませんでしたか?」
と聞いてみた。
「ノート? 見てないよ。中にあったならヒダルに火をつけた時燃えたんじゃないかな」
じゃあ、この燃えカスはノート。
けちんぼ池の行き方が書かれた、サノクミさんのノートが燃えてしまった?
あたしは、座棺の中に向かって合掌をしてから頭を突っ込んで、ノートの残骸を探してみた。
なんの匂いなのか、刺激臭が鼻を突く。
端に溜まった煤の山を払うと中から黒い塊が出て来た。
引っ張り出すと、それは角が焼けて丸まってしまったリングノートだった。
そのリングをつまんで持ちあげると中身が全部崩れてボロボロと落ちてしまった。
これではインクどころの話じゃない。
あたしは厚紙の表紙と裏表紙だけが残ったリングノートを持って座棺から出た。
「どうした?」
ユウさんが聞いて来た。
「これにけちんぼ池の行き方が書かれてあると紫子さんが」
と言うとユウさんは、
「マジ?」
と、あたしの手からノートの残骸を取り上げた。
ユウさんはすすを払った後、ひっくり返しながら見つつ、
「ま、しかたないね。こうなったら」
とあっけらかんとしている。
「見せていただいてもよいでしょうか?」
まひるさんがノートをユウさんから受け取った。
「あたしがもっと早く来てたら」
と愚痴にもならないことを口にすると、ユウさんが
「いいよ。人のノートなんて。ボクなりに条件の揃え方が分かってきたし」
と言ったのだった。分かってきたって?
「それにも
あたしにはノートの切れ端にしか見えなかったので、ユウさんの言葉は意外だった。
「これのことですね」
まひるさんがこちらに裏表紙を広げて言った。
見ると、火が届かなかった箇所に何かが書かれていた。
裏表紙の中まではケサさんも塗り潰さなかったようだ。
「この星の形に意味があるんですね」
まひるさんが言った。
「多分ね」
そこに描かれてあったのは赤い線画の五芒星だった。
そして両手にあたる二つの頂点に、イニシャルらしき文字が書かれていて、一つにはY・S、一つにはK・Sとある。
YUKARI・SHIRABE、KUMI・SANO。
由香里さんととサノクミさんのことだろう。
「頂点に人がハマると何かが起こる」
とユウさんは言った。
「それとこれ」
ユウさんはまひるさんからノートを受け取ると、表紙に返してその下のあたりの文言を指した。
それはサノクミさんの直筆なのか、右肩下がりの丸っこい文字で書かれていた。
ユウさんはそれを、
「星の導きにより」
と読み上げ、
「ボクにはエニシの要求と感じることが、この人は星の頂点だったんだろう」
と言ったのだった。
それを聞いて、あたしはこのノートがもたらした意味を想った。
これまでと一歩前進したとしたら、それは条件をどういう形で揃えればいいか分かったこと。
そしてその人数は星の頂点の5つだ。
ありがとう。サノクミさん。
あなたのノートは絶対に無駄にしません。
クロエが社殿の中へ入ってしばらくして、まめぞうさんたちが中から出て来たのだったけれど、前庭にいた由香里さんと何事か交わし、すぐに中に引き返してしまった。
由香里さんのほうも元来た斜面の石段を登っていく。
そのあとしばしあってクロエが社殿から出て来た。
クロエは由香里さんを追ったが登り端で見失って、石畳の紫子さんたちと合流したのだった。
まひるさんとあたしは、クロエのことは紫子さんにまかせて、斜面をすり鉢の底に下りて行った。
社殿に入ると誰もいず、奥の暗がりに座棺が転がしてあるだけだった。
なにやら焦げ臭い匂いがしている。
「ユウさん?」
返事がない。
「ユウ様、まひるが参りました」
天井裏で物音がした。そして、
「あいつは?」
天井から声がした。
そちらを見上げると、ユウさんの逆さの顔が天井から下がっていた。
「行ってしまわれましたよ」
ユウさんは天井の穴からストンと落ちて床に立った。
「ユウ様、調様と何かありましたか?」
まひるさんは心配そうにユウさんの顔を伺った。
「あの人、いつもしつこいんだよ。協力するって」
由香里さんは、けちんぼ池へ行く協力をしたいとユウさんに言ってくるのだそうだ。
「こっちはまだ行き方も知らないのに、協力って言われてもねえ」
と言いながらユウさんは暗がりの座棺に近づいて行った。
「それは?」
あたしは気になって聞いてみた。きっとケサさんが入っていたものだろう。
「ヒダルが入ってた」
やはりそうだ。
「ケサさんですよね。どうしました?」
と尋ねると、
「燃やしてやった。クロエにしつこく執着してたからさっき消し去った」
燃やした? じゃあ、中にあったものは?
あたしは座棺に近づいて恐る恐る中を覗いてみた。
焦げ臭い匂いの元はここだった。底に何かの燃えかすが溜まっていた。
「ユウさん、中にノートが入ってませんでしたか?」
と聞いてみた。
「ノート? 見てないよ。中にあったならヒダルに火をつけた時燃えたんじゃないかな」
じゃあ、この燃えカスはノート。
けちんぼ池の行き方が書かれた、サノクミさんのノートが燃えてしまった?
あたしは、座棺の中に向かって合掌をしてから頭を突っ込んで、ノートの残骸を探してみた。
なんの匂いなのか、刺激臭が鼻を突く。
端に溜まった煤の山を払うと中から黒い塊が出て来た。
引っ張り出すと、それは角が焼けて丸まってしまったリングノートだった。
そのリングをつまんで持ちあげると中身が全部崩れてボロボロと落ちてしまった。
これではインクどころの話じゃない。
あたしは厚紙の表紙と裏表紙だけが残ったリングノートを持って座棺から出た。
「どうした?」
ユウさんが聞いて来た。
「これにけちんぼ池の行き方が書かれてあると紫子さんが」
と言うとユウさんは、
「マジ?」
と、あたしの手からノートの残骸を取り上げた。
ユウさんはすすを払った後、ひっくり返しながら見つつ、
「ま、しかたないね。こうなったら」
とあっけらかんとしている。
「見せていただいてもよいでしょうか?」
まひるさんがノートをユウさんから受け取った。
「あたしがもっと早く来てたら」
と愚痴にもならないことを口にすると、ユウさんが
「いいよ。人のノートなんて。ボクなりに条件の揃え方が分かってきたし」
と言ったのだった。分かってきたって?
「それにも
ぽい
こと書いてあるけど、多分間違ってない」あたしにはノートの切れ端にしか見えなかったので、ユウさんの言葉は意外だった。
「これのことですね」
まひるさんがこちらに裏表紙を広げて言った。
見ると、火が届かなかった箇所に何かが書かれていた。
裏表紙の中まではケサさんも塗り潰さなかったようだ。
「この星の形に意味があるんですね」
まひるさんが言った。
「多分ね」
そこに描かれてあったのは赤い線画の五芒星だった。
そして両手にあたる二つの頂点に、イニシャルらしき文字が書かれていて、一つにはY・S、一つにはK・Sとある。
YUKARI・SHIRABE、KUMI・SANO。
由香里さんととサノクミさんのことだろう。
「頂点に人がハマると何かが起こる」
とユウさんは言った。
「それとこれ」
ユウさんはまひるさんからノートを受け取ると、表紙に返してその下のあたりの文言を指した。
それはサノクミさんの直筆なのか、右肩下がりの丸っこい文字で書かれていた。
ユウさんはそれを、
「星の導きにより」
と読み上げ、
「ボクにはエニシの要求と感じることが、この人は星の頂点だったんだろう」
と言ったのだった。
それを聞いて、あたしはこのノートがもたらした意味を想った。
これまでと一歩前進したとしたら、それは条件をどういう形で揃えればいいか分かったこと。
そしてその人数は星の頂点の5つだ。
ありがとう。サノクミさん。
あなたのノートは絶対に無駄にしません。