「辻沢ノーツ 36」

文字数 1,319文字

 本当に気味の悪い森だ。

奥の方は暗くて見えないけど、その暗闇の中で何かが蠢いてるような感じがする。

禍々しい何かが。

こんなところ頼まれても入りたくないな。

〈次は雄蛇ヶ池公園南門です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉

(ゴリゴリーン)

 アナウンス、同じだった。てか、青墓の杜って、すぐそこじゃん。

「クーロエ」

ビックしたー。振り返って、もっ回、ビックしたー。

あたしが立ってた。

「ユウ、驚かさないでくれる?」

「ごめん。ぼーっと立ってるから、つい驚ろかしたくなった」

ユウはこの間と同じ白いパーカーにデニムのショートパンツ姿で、あたしとほぼ同じ格好だった。

昼の光の元で見ると、その顔の白さが際立っている。

あたしのお肌も本当は白い方だと思うけど、肌の質が全然違う感じ。

化粧水何使ってんのかな?

「ここで待ってたら会えるの?」

「そうね。遊女に会わせるって言ったんだったね。それがさ」

やっぱりツリ?

「会わせる準備がまだできてないからさ」

「準備? 遊女さんの?」

「いや。クロエの」

持って来たリュックをユウに示して、

「あたしは準備して来たよ。ノートもデジカメもICレコーダーも、許してもらえれば動画だって撮れる。筆記用具もほら」

ラリッタクマのシャープペン。大学の生協で買ったやつ。

「クロエ。そういうんじゃないんだ」

「じゃあ、どういう?」

「ゲームに参加してもらう」

「ゲームって、何の? 野球とかルール知らないよ、あたし」

「『スレイヤー・R』っていうゲーム。知ってる?」

ユウの口元が横に薄く引かれた。笑ったのだ。

自分の笑い方もそうだから分かる。

 その遊女が言うには、どこの血筋とも知れない女になど腹を明かすつもりなどない、もし話を聞きたいのならば何らかの代償が欲しいという。

それがゲームに参加することとどう関係があるのか。

「いま、この青墓の杜の中で開催されてるゲームなんだけど」

ここにきてボードゲーム大会ってことはないよね、やっぱり。

「サバゲーをするの?」

「サバゲー? サバイバルゲームのことか。ううん。ちがう。『スレイヤー・R』は、リアル戦闘ゲームでかなり危険な目に遭うんだよね。多分、それで覚悟を見たいんだと」

バスの人たちの陰気な顔や寸劇の巨人の腕の傷を思い出した。

 インタビュイーはこっちの理解を超えた欲求を持っていると考えたほうがいい。

鞠野先生がインタビュー演習の時に言った言葉だ。

それは単純な顕示欲であったり、達成願望であったり、恋愛感情であったり、時として傷害欲求ですらある。

それは必ずインタビュアーに精神的圧迫を強いる。

あまりにひどい時には、それから逃散することも方法としてありだが、場合によってはその欲求に正面から向き合わなければならないことがある。

そうなった時はどうやって調査を続行すればよいか。

「こちらの腹を明かして見せる。つまり、まな板の上の鯉になりなさい」

今回の場合は己の体を張って誠意を見せろということなのかもしれない。

「わかった。で、どうやって参加するの?」

「忍び込むんだよ。参加料だの、会員証だのって面倒だから。ズルしちゃう」

「だから、青墓の入り口でなく、こっちで待ち合わせしたんだ」
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