「書かれた辻沢 14」

文字数 1,725文字

 ベッドで横になったが結局寝られなかった。

窓の外が明るくなってきたから起き出して昨日テキスト化したものをもう一度手を入れた。

仕上がったから鞠野先生にメールで送って確認してもらう。

 少しして、

「拝読。ご自分の立ち位置が明確になっていて、とてもいいと思います」

 と返事があった。

 夜が明けたので紫子さんにも読んでもらえるように、二つ先の停留所にあるコンビニまで行って印刷をした。

ついでに朝ごはんも調達する。

安定の塩にぎりと山椒の実まぶしおにぎり、クルトンましましシーザーサラダ。

それとドカ盛抹茶パフェ。辻沢にしかないドカ盛シリーズゲット。

 バスはちょっと待ったら来た。

「スポーツ公園入口まで」

 (ゴリゴリーン)

 こんな朝早くに若い子たち乗ってた。3人とも海水浴行く恰好してる。

「アイリ、本当にこれで海行けんの」

「は? ミノリはウチの完璧な計画疑うのか?」

「いいや。ただどんどん周り山んなってるから」

「気のせいだしょ」

「そっかな」

 全然気のせいではないな。ここから先は西山地区だ。言ってあげるべきか?

「青墓の杜でサバゲーやってるじゃん」

 話題変わっちゃった。

「あー、駅前にオタク沸くやつな」

「あれってマジヤバなの知ってる?」

 『スレイヤー・R』のことかな。まひるさんはリアル戦闘ゲームって言ってたけど。

「なにがよ?」

「あれって本当は人殺しゲームなんだって」

「んなわけねーしょ。役場主催の監修辻沢警察署だってぞ」

「だしょ。それがさ、参加したら最後生きて帰れないらしいよ」

「はあ? それはツリだわ」

「いや、マジでマジで」

「ツリツリ。そんなでっけー釣り針、ウチ引っかかんねーから」

「ツリじゃねーて」

「てか、ミノリ。アイプチ取れて一重になってっから」

「うっそ、マジで? カエラ、鏡貸して」

「はいよー、鏡。それ、ウチのニーニーがヒンシのジューショーで帰ってきたやつ」

「ありがと、あ? カエラなんて。アイリどっちよ、どっち取れてんの?」

「うっそー。だまされてんのー」

「こんの。テメ、コロス」

「テメーが、クソねたブッ込むからだろ!」

 あーあ、浮き輪ファイト始めちゃった。

 降りる時、一番近くの子にこのバスは海には行かないよと伝えた。すると、

「お姉さん、ありがとうございます。でもいいんです、ウチら辻バス乗んのが楽しいんで」

 余計なおせっかいだったみたいだ。

海水浴客を乗せて、山の中へ向かうバスを見送る。

 ユウさんも『スレイヤー・R』に参加したと言ってた。

殺人ゲームは大袈裟だと思うけれど、危険を伴うもののようだ。

あたしは辻沢で知らないことが多すぎると改めて思う。

なんだかんだ言ってディープな面を避けてきた結果かもしれない。

 ちょっと出かけただけで汗をかいたので、時間もあったしシャワーを浴びた。

シャワーの後に朝ごはん。

デザートのドカ盛抹茶パフェをドスンとお腹に納めてスイーツ摂取完了。

 11時台のバスで鞠野先生と合流するためコテージを後にする。

ショルダーバッグにはパソコンと野帳、念のために調査道具一式を入れてある。

重い。

いつもバッグがパンパンになるのは何とかしたい。

余計なもの持って行くからだよとミユウに言われていたけれど、もしもの時を考えるとどうしても全部持ちが辞められない。

そのせいで肩こりもひどくなる。

 バスがのろのろとやって来た。

「四ツ辻公民館まで」

(ゴリゴリーン)

一番後ろの席に鞠野先生が乗っていた。

「寝られなかったのかい」

 メールを送る時間が早すぎたようだ。

「先生もですか?」

 返信も早かった。

「まあ、読まなきゃならない論文が溜まっててね」

 目が腫れているのは論文のせいではなさそうだった。

 〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉

 (ゴリゴリーン)

 バスを降りると砂利の熱気が下から上がって来ってムッとした。

公民館の廂の下に紫子さんが迎えに来ていた。

近づいて挨拶をしようとしたら、紫子さんがあたしのことを両手でハグをした。

「つらかったね」

 そう言われて涙がこぼれ出た。

昨日から、必死でミユウの記憶の糸を読んでユウさんやまひるさん、鞠野先生にそれを伝えた。

誰にも言えなかったけれど、本当はとってもつらかったのだった。

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