「辻沢日記 16」

文字数 1,523文字

 黒制服女の足音が近づいてくる。

体がだるい。起き上がろうとしたけど金縛りにあったようで動けなかった。

こんなんじゃユウを連れて逃げられないや。

ほんとにしつこい人たちだ。

いいかげん二人のことは放っておいてほしかった。

「さあ手を」

その女が両手を差し伸べた。

最初にそれに答えたのは、隣に寝転がっていたユウだった。

その女に礼を言って起き上がったユウの背中には泥や枯葉がついていて、立ち上がった拍子にその中の一枚がひらひらと舞い落ちた。

落ちた先にはリクス女の頭が転がっていて、見開かれた瞳は、赤から緑色のビー玉に変わり、すでになにも見ていないようだった。

「あそこにもう一匹飛んでた」

ユウの声だ。

「逃げたようですわ」

二人が会話を交わしている。敵じゃなかったの?

するとユウが体についた枯葉を払いながらこちらに振りむき、

「大丈夫か?」

と言ってあたしの顔を覗き込んだ。

ユウのその顔は赤黒い血で汚れていたけれど、その間から見える地肌はいつもの透き通るような色をして傷らしい傷はどこにも見当たらなかった。

よかった。でもなんで? 

女もこちらを向いてユウの横にしゃがむとあたしの喉に手を当てた。

その手はとても冷たくて火照った喉元に心地よかった。

そしてあたしの顔の前で手をひらひらさせて、

「起きられますか?」

と聞いてきた。

声を出すのも億劫だったので目で答えると、女は両腕をあたしの体の下に差し入れてそのまま一気にあたしのことを抱き上げた。

びっくりしたのとリクス女の怪力を思わせたから、あたしは怖くなって体を固くした。

でもとにかく全身がだるいのでそれも長続きしない。女に身を任せるほかなかった。

「車までお連れしてさしあげましょう」

そう言った時、傍らで炎が立ち上がった。

目線を向けるとリクス女の体が発火していた。その炎があたりを明るくして、あたしを抱えた女の顔がはっきりと見えた。

そしてやっと気が付いた。

見たことがあるはずだ。

REIGN♡IN♡BLOODSの闇センターにして死の大天使、夜野まひるだったから。

握手会でさえ絶対不可触の氷壁ゲードルにあたしは抱っこされてる。

こんな時なのにすごくドキドキした。

でも、RIBってあの飛行機事故で全員亡くなったはずだけど。

よく見ようと顔を向けると目が合った。

「搾りつくされなくてよかったですね」

と言って笑った夜野まひるの口元が銀色に光った。

紫の炎に包まれたリクス女は燃え尽くし、最後は青墓の土に吸い込まれるかのように消え失せたのだった。

辺りには静寂と共に松脂の匂いが漂っていた。



 駅前通りのヤオマングランドホテルまでユウが運転する赤いオープンカーに乗せられて行った。

夜野まひるのここ数週間の滞在先だという。

最上階のスイートルームにお姫様抱っこで連れていかれソファーの上に横たえられた。

汚れた体を温いオシボリで拭いてくれたあと、夜野まひるが

「これをお飲みなさい」

と牛乳瓶のストローを差し出した。

一口飲むと、それはドロドロのすっごく濃い牛乳のようなチーズのような、いただいたのに申し訳ないが、はっきり言ってクソまずい飲み物で、一口で吐きそうになった。

それでもあの夜野まひるがもっと飲めと言ってくれるので頑張って半分まで飲んだけど、そこでごめんなさいした。

するとユウが、

「よく飲むよ。ボクは二度と飲みたくないね、そんなもの」

と本当に嫌そうに言った。

けれど、それを飲んだせいなのか、だんだん体に力が入るようになって、30分もしないうちに起き上がれるようになった。

一息ついてようやく我に返り、ここがセレブの部屋だと気づいて急に落ち着かなくなってしまった。

それでも夜野まひるがシャワーを勧めてくれた時は速攻で頂いた。

とにかく自分の匂いがいやだったから。

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