「辻沢ノーツ 37」

文字数 1,111文字

 ユウが先に立って、青墓の杜のなかを歩いてゆく。

ぬかるんだ地面と下草のせいで歩きにくい。

何これって言うようなのが木の枝からぶら下がっていて、いちいちそれに驚かされてなかなか前に進まない。

気味が悪い湿った風も吹いてる。

それでもしばらく行くと奥のほうから人の声が聞こえてきた。

そっちに向かうと森の中の拓けた場所であのバスにいたような人たちが沢山集まっていた。

よく見ると先頭のほうに寸劇の巨人もいる。

ユウとあたしはざわついてる集団の一番後ろにしれっと並んだ。

目の前の人が資料のようなものを手に話している。

「誓約書の内容、守秘義務とか、秘匿事項とか多すぎだろ」

「たしかに」

「こんなものにまでサインさせられて」

「スーサイド・ノートか。しないと参加できないってから、しかたないけどな」

「ひどすぎだろ」

「ま、特別料金だから、文句は言えないよ」

拡声器のキーンという耳障りな音がした。

前の壇の上にスーツ姿の人が立っていた。

〈皆さん本日は、お金もないのに『無課金ユーザー絶賛出玉祭』にご参加いただき誠にありがとうございます〉

「お金もないのには余計だぞー」

「パチンコかよ」

「金かかりすぎだ、このゲームは」

「ユーザーにもっと優しくしろー」

〈本来ならば課金していただいたユーザー様にだけ優しくいたしますが、今回は我が社の慈悲の精神を見せつけるべくド貧乏な皆様に特別に青墓フィールドを開放してやりました。どうぞ、餓鬼のようにポイントを貪っていただき、ステージアップの仏が垂らす蜘蛛の糸にすがりついてください〉

「仏様、このカンダタに救いの手を!」

「崖上から銀貨を投げるなー」

「ありがとー」

「希望の光が」

「金返せー」

「金払ってねーだろが、お前ら」

「これからも課金は絶対しないぞー」

〈それでは、本日の『無課金ユーザー絶賛出玉祭』を企画しましたヤオマンシステム・ソフトウエアCOO兼ヤオマン・ホールディングスバイスプレジデント、伊礼魁様、お願いします〉

「『スレイヤー』シリーズの立役者だー」

「よ、セレブ!」

「辻沢搾取企業は引っ込めー」

「肩書一つくださーい」

拡声器のキーという音ばかりして、何言ってるのかわからないうちに副社長と呼ばれた人は壇上から降りて行った。

副社長さんと話してるの町長さんだ。

このゲーム、町ぐるみなんだね。

〈それでは、開会宣言を辻沢町長、辻川雄一郎様にお願いします〉

「いーぞーマダラハゲ!」

「それ言っちゃいやー」

〈えー、では『無課金ユーザー絶賛出玉祭』を開催します。おきばりや〉

「どこの人だよ!」

「マダラハゲ! マダラハゲ! マダラハゲ!」

大合唱になっちゃった。地響きしてる。

〈次はプレーに付いての注意点を辻沢警察署地域犯罪課長の・・・・〉
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