「書かれた辻沢 44」

文字数 1,901文字

 クロエとの約束は17時。

まだしばらく時間がありそうだったので、あたしとまひるさんは公民館でちゃぶ台を囲んで紫子さんとお話をした。

「サノクミさんってご存じですよね」

 調由香里さんから聞いた四ツ辻の人のことだ。

すると紫子さんは少し引き気味に、

「ミユキちゃんはいつだって単刀直入なんだね」

 と笑顔で言った。そういえばクロエにも同じようなことをよく指摘される。

「フジミユにはタジタジだよ」

 たしかにあたしは時候の挨拶とか内容のない話をしない。

 エレベーターとかで顔見知りの人が天気の話をし出すとびっくりする。

なんでこの人、今朝の気温のことあたしに言ってくるのかって。

逆に学バスで見付けたゼミの子に、

「この間の調査報告さ」

 と切り出したら、

「やめてよ、会っていきなり勉強の話とか」

 って怒られたり。

 別に生き急いでいるわけではないのだけど。

「クミちゃんね。知ってるよ、もちろん」

 紫子さんと言った。

「可哀想なことになってしまったけれど、とても聡明な子だった」

 紫子さんからすると1世代下だそうだ。

 サノクミさんは、鬼子神社について紫子さんたちには伝わっていない大事なことを発見した。

それは夕霧物語に、しかもけちんぼ池に関わることだった。

「クミちゃんは行き方が分かったんだってケサさんが言ってたよ」

 亡くなったケサさんとどんな関係が?

「クミちゃんは娘さんなんだよ」

 そうなんだ。

ケサさん……。過去に娘さんを喪い、最後には自分がヒダルに取り変わられる。

それもエニシのせいなのだろうか? 

ケサさんの気持ちを想像すると胸が痛くなった。

 サノクミさんが発見したというけちんぼ池の行き方について紫子さんに聞いてみたけれど知らなかった。

「でも、記録したノートがあるって」

 ケサさんが大事にしまってあったらしい。

「そのノート、今はどうしたんでしょう?」

 と聞くと、紫子さんは

「ケサさんと一緒にあたしが棺桶に入れた。遺言だったからね」

 と言った。

 埋葬したのは空の棺桶。ケサさんが入った本物はユウさんが持ち去った。

その中にけちんぼ池への行き方を書いたノートがある。

「紫子さんは読んだんですか?」

「読めなかった。全ページ黒インキで塗りつぶされてたからね」

 サノクミさんがしたんだろうか? ケサさんなら何でそんなことを?

「ケサさんだよ。クミちゃんの悲劇を繰り返させないって。でも燃やして捨てることはできない。クミちゃんが命を掛けて作ったノートだからって」

 今の技術ならインキだけを消し去る方法があるかもしれない。

悪いことだけど、ケサさんの棺桶からノートだけ引き上げる価値はありそうだった。

「それで、サノクミさんと調由香里さんとはどんな関係があったのでしょうか?」

「それなんだけど、二人は赤い糸で繋がってたって」

 ヴァンパイアの血筋と鬼子とが赤い糸で繋がるなんて聞いたことがなかったと紫子さんは言った。

たしかに別係累の二人が赤い糸で繋がれるというのは意外かもしれない。

でも、二人はともに青墓に呼ばれたもの同士だ。

それに夕霧とヴァンパイアの始祖の双子が姉妹であることを考えると、あたしには納得できた。

「ただ、それは鬼子にしか見えないものらしいけどね」

 サノクミさんには見えて由香里さんには見えなかった。

 死ぬ前にサノクミさんが由香里さんを訪ねたときの二人の気持ちの温度差を思う。

サノクミさんの必死さは赤い糸が見えていたから。

対して由香里さんが、お母様の命令に逆らってまでクミさんを追いかけなかったのは、エニシが見えていなかったから。

「そうなんですよ。あたしには見えないんです」

 とまひるさんが言った。まさか?

「ユウ様があたしと赤い糸で繋がってるって言って下さるんですけどね」

 どういうこと? 

あたしは自分の耳が信じられなかった。

ユウさんと赤い糸で繋がっているのはミユウなんじゃ。

ミユウがいなくなってユウさんは繋ぎ変えちゃったの? 

てか、そんなこと出来きんのか?

「ミユキ様、ご心配なく。ユウ様とミユウ様とは今でも繋がってるそうですから。空いてるほうの薬指があたしとつながってる。ユウさんは両方の薬指から赤い糸が出てるそうです」

 それが本当なら、ユウさんはどこまで特別な人なんだろう。

そう思うと、まだ半身も見つからないあたしの薬指がむずむずしてきた。

「バスが着いたみたいだね」

 紫子さんがちゃぶ台に肘をついて膝をかばいながら立ち上がった。

見るからに辛そうだ。

「すみません。本当はあたしが」

 と言うと、

「奥宮への道は何度も行き来してる。あそこに連れて行ったのはあなたたちだけじゃないよ」

 と紫子さんは言って、あたしの肩をポンと叩いたのだった。
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