「書かれた辻沢 4」

文字数 1,723文字

 涙が止まらなかった。

「まだ死んだと決まったわけでないよ」

 とユウさんは言うけれど、双子のあたしにはそれが痛いほど分かっていた。

帰って来てからの悪寒、突然の意識喪失。

それらがミユウが別次元に行ってしまったことを物語っていた。

 あたしが悲しいのはそればかりではなかった。

それは鬼子の宿世だ。

 鬼子は遊行の宿命を負うという。

生まれた子が鬼子だと分かれば、辻に捨てられそのまま死ぬか他人に拾われ親の顔も知らずに成長し、ところ定まらぬ生を過ごす。

そして最後は、ヒダルに取り憑かれ消え去るしかない。

鬼子が生きたことなど誰も覚えていてはくれない。

ミユウもまた、この世に存在したことすら忘れられる運命なのだった。

それが悲しかった。

「この薬指が落ちていた付近の記憶を読んで欲しい」

 ユウさんにお願いされたけれど、あたしはそんなつらい記憶など読んだ経験はなく、おそらく行っても読めないと断った。

「そうか、なら仕方がない」

 とユウさんが立ち上がって戸口に向かおうとするので、

「どうするんですか?」

 と聞くと、

「探すだけだよ。青墓や地下道を」

 と言った。

 そんなことさせてユウさんが屍人や蛭人間に襲われたらどうしよう。

ユウさんは強いとミユウが言っていたけれど、あれは女子の力でなんとかできる存在ではないはずだ。

あたしが場所の記憶を読んで、ミユウの行方がはっきりしたらユウさんは無理をしないですむかもしれない。

あたしはままよという気持ちでそれを承諾したのだった。

「用意して。車で待ってるから」

 ユウさんはそう言うと、ドアの立て付けをイジって外に出て行った。

ドアはゆがみが真っ直ぐになったが、外れたのが直ったわけではなさそうだった。

 ベッドから出ようとしたら夜野まひるさんが手を貸してくれた。

フラフラかと思ったが意外にしっかり立ち上がれた。

先ほどの体調からすれば信じられないほどの回復力で、自分で仮病を疑いたくなるほどだった。

あるとすれば、机の上のコップに残った奇妙な味の飲み物のせいか。

そうだとしたらとんでもないエナジードリンク。

どこに売ってるんだろう。

「これは辻沢オリジナルで非売品です」

 と夜野まひるさんが言った。

「そうですか。これのおかげであたしは……」

 と言うと、

「いいえ、きっとミユキ様自身の治癒力のせいです」

 と言ったのだった。

これも普段からの鍛錬とボルダリングのおかげ……。

いいえ、それは違う。

あたしもミユウと同じ宿世に生きる、鬼子だからだ。

 ドアが壊れてしまったのは、後で管理人さんにお願いして直して貰うとして、無くなって困るものだけショルダーバッグに放り込んだ。

 出掛ける前に連絡を入れる。

 [ミユキ コミヤミユウに何かあったようです]

 [ユウイチ 了解しました]

 [ミユキ これから読みに行きます]

 [ユウイチ すぐそちらに向かいます]

 来るって、今どこ? 鞠野先生。

鞠野先生が一緒にいてくれたら心強いけど、間に合うだろうか。

 表に出ると駐車場に血の色みたいなオープンカーが停まっていた。

巨大なウイングとぶっといタイヤをしている。

品川ナンバーだ。夜野まひるさんの車だろうか。

「乗りな」

 助手席のユウさんが手招きしてくれた。

 どうやって乗ればいいんだろうと思ったら、ユウさんが自分のモモをピシャピシャ叩いて、

「後ろ狭いから、お膝」
 
と言った。
 
え? でもあたし結構重いから。
 
ドアが開いて手を引かれ、有無を言わさぬ勢いでユウさんの膝の上へ。

「じゃあ、出発しますね」

 と運転席の夜野まひるさんが言った。

途端に猛烈な勢いで砂利を蹴立てて車がスタートした。

ダッシュボードに掴まろうとしたが、間に合わず体全体がユウさんに押しつけられる。

「むぎゅ~」

 背中でユウさんの苦しそうな声がした。

「すみません」

 申し訳ないより恥ずかしさのほうが上回った。

 車は辻沢の街を目指していた。

棚田の広がる山間部の道を猛スピードで走り抜けてゆく。

稲穂の波が車を追いかけてくるのが見える。

夜野まひるさんは前を向いて一言も発しない。

ユウさんもあたしのお腹に腕を回して押し黙ったままだ。

みんな同じ場所に想いを馳せている。

そしてみんな、その場所が幸せを語らないことを知っているようだった。
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