「書かれた辻沢 75」
文字数 1,739文字
クロエがサキのことを偽物と言ったあと、石室内に緊張が走った。
サキの顔が土気色になり眉間に深い皺が刻まれてきたからだった。
「お前、そのままサキで行くのか、本性を現してボクとここでやり合うか」
とユウさんが強い口調で言った。
すると、異形を現しつつあったサキは、
「このまま行く」
と一旦収め、もとの顔に戻って答えたのだった。
「なら、言うことに従え」
とユウさんに言われて、今度は、
「本当にこんなことでエニシを繋げられるのか?」
と疑わしそうに聞いてきた。
まひるさんはエニシの糸の切り替えは夕霧にしかできないと言っていた。
宮木野や志野婦は今も存在していて、宮木野には実際に会いもしたが、夕霧は伊左衛門と共にけちんぼ池に沈んでしまってこの世にはいない。
もし夕霧と接点を持つならば、あの世とこの世の狭間にある母宮木野の墓所以外になかった。
だからこそ、ユウさんはあたしたちをここに連れてきたのだった。
ただそれを言ったとて、このサキは納得しないだろう。
「黙って右手を血の池に突っ込め」
とユウさんはそれを無視して命令した。そして、
「ミユキ、ボクをリストしてくれ」
とあたしを呼んだ。
あたしはユウさんのところに歩み寄ろうとしたが、出口の光が目の端に入ったのが気になって足を止めた。
墓所の外の明るくなった平地に目をやると、あたしにしか見えないミユウがそこに立ってこっちを見ていた。
そしてミユウは胸の前に両手を挙げて右手をさすりながら何か言いたげにしている。
その時になってやっとあたしたちがミユウに対して何をしようとしているかを悟ったのだった。
エニシの糸が繋がっているからこそ、あたしたちは屍人でもミユウの居所を知ることが出来ている。
ここで絆が切れてしまったら有象無象の屍人やヒダルの群れの中でどうやってミユウを見付けるというのか?
「ユウさん。ミユウはどうなるんですか?」
と言うと、ユウさんはそれには答えず、
「ミユキ、リストを頼む」
と繰り返したのだった。
「嫌です。ちゃんと説明してください」
すると、それまで黙っていたまひるさんが、
「ミユキ様」
と呼びかけてきた。
あたしはまひるさんを見た。
その瞳は金色に輝き、あたしの心の底の底に触れてくるようだった。
何かされると思って咄嗟に心を閉ざそうとしたのだったが、まひるさんのあたたかい声が胸の中に響いて来て、あたしはその声を受け入れた。
「ユウ様を信じてください」
まひるさんが伝えてきたのはそれだけだった。
でもそれはあたしに今の今までどうしてユウさんに付いてきたのかを思い出させてくれた。
ミユウを失って一番辛いのはユウさんだ。
ユウさんは誰よりもミユウに会いたいはずだ。
そのユウさんが条件を整えるために、ミユウを襲ったパジャマの少女と絆を繋げてまで、切り替えをしようとしている。
それは並の決意ではないはずだった。
あたしがそれを邪魔するなど問題外。そう思った。
「ごめんなさい」
あたしは謝って、ユウさんのことをクロエと一緒に肩にリストアップした。
ユウさんは真剣な口調で、
「まひる、もしボクに何かあったら、クロエとミユキのことは頼む」
と言うと、左腕を天井の血の池に突き上げた。
そのままユウさんとサキはそのまま動かなかった。
サキは前のように平静を保っていたし、ユウさんもクロエのようにはならなかった。
しばらくして、
「ダメっぽいな」
と言ってユウさんが腕を下ろした。
あたしの目の前のユウさんの腕から血が滴り落ちている。
それを見たサキが、
「お前、やっぱり」
とすごんで見せる。
しかし、ユウさんはそれをスルーして、
「ミユウが強すぎるんだ」
と言うと咄嗟に左手の薬指を口に含み、
ゴリ。
と音をさせた。
「クロエ、手をくれ」
と言うとユウさんはクロエが差し出した掌に血だらけの指を吐き出したのだった。
ユウさんの鮮血に染まった口からクロエの掌に血の糸が引く。
あの時、ミユウはユウさんを守るために薬指を噛み切った。
今、ユウさんはミユウとの絆を断ち切るためにそれをしている。
例えそれがミユウに会うための方便だとしても、あまりに辛すぎる。
何度だろう。
何度指切りを繰り返すのだろう?
夕霧に始まったこの指切りに、あたしは鬼子の宿世を思ったのだった。
サキの顔が土気色になり眉間に深い皺が刻まれてきたからだった。
「お前、そのままサキで行くのか、本性を現してボクとここでやり合うか」
とユウさんが強い口調で言った。
すると、異形を現しつつあったサキは、
「このまま行く」
と一旦収め、もとの顔に戻って答えたのだった。
「なら、言うことに従え」
とユウさんに言われて、今度は、
「本当にこんなことでエニシを繋げられるのか?」
と疑わしそうに聞いてきた。
まひるさんはエニシの糸の切り替えは夕霧にしかできないと言っていた。
宮木野や志野婦は今も存在していて、宮木野には実際に会いもしたが、夕霧は伊左衛門と共にけちんぼ池に沈んでしまってこの世にはいない。
もし夕霧と接点を持つならば、あの世とこの世の狭間にある母宮木野の墓所以外になかった。
だからこそ、ユウさんはあたしたちをここに連れてきたのだった。
ただそれを言ったとて、このサキは納得しないだろう。
「黙って右手を血の池に突っ込め」
とユウさんはそれを無視して命令した。そして、
「ミユキ、ボクをリストしてくれ」
とあたしを呼んだ。
あたしはユウさんのところに歩み寄ろうとしたが、出口の光が目の端に入ったのが気になって足を止めた。
墓所の外の明るくなった平地に目をやると、あたしにしか見えないミユウがそこに立ってこっちを見ていた。
そしてミユウは胸の前に両手を挙げて右手をさすりながら何か言いたげにしている。
その時になってやっとあたしたちがミユウに対して何をしようとしているかを悟ったのだった。
エニシの糸が繋がっているからこそ、あたしたちは屍人でもミユウの居所を知ることが出来ている。
ここで絆が切れてしまったら有象無象の屍人やヒダルの群れの中でどうやってミユウを見付けるというのか?
「ユウさん。ミユウはどうなるんですか?」
と言うと、ユウさんはそれには答えず、
「ミユキ、リストを頼む」
と繰り返したのだった。
「嫌です。ちゃんと説明してください」
すると、それまで黙っていたまひるさんが、
「ミユキ様」
と呼びかけてきた。
あたしはまひるさんを見た。
その瞳は金色に輝き、あたしの心の底の底に触れてくるようだった。
何かされると思って咄嗟に心を閉ざそうとしたのだったが、まひるさんのあたたかい声が胸の中に響いて来て、あたしはその声を受け入れた。
「ユウ様を信じてください」
まひるさんが伝えてきたのはそれだけだった。
でもそれはあたしに今の今までどうしてユウさんに付いてきたのかを思い出させてくれた。
ミユウを失って一番辛いのはユウさんだ。
ユウさんは誰よりもミユウに会いたいはずだ。
そのユウさんが条件を整えるために、ミユウを襲ったパジャマの少女と絆を繋げてまで、切り替えをしようとしている。
それは並の決意ではないはずだった。
あたしがそれを邪魔するなど問題外。そう思った。
「ごめんなさい」
あたしは謝って、ユウさんのことをクロエと一緒に肩にリストアップした。
ユウさんは真剣な口調で、
「まひる、もしボクに何かあったら、クロエとミユキのことは頼む」
と言うと、左腕を天井の血の池に突き上げた。
そのままユウさんとサキはそのまま動かなかった。
サキは前のように平静を保っていたし、ユウさんもクロエのようにはならなかった。
しばらくして、
「ダメっぽいな」
と言ってユウさんが腕を下ろした。
あたしの目の前のユウさんの腕から血が滴り落ちている。
それを見たサキが、
「お前、やっぱり」
とすごんで見せる。
しかし、ユウさんはそれをスルーして、
「ミユウが強すぎるんだ」
と言うと咄嗟に左手の薬指を口に含み、
ゴリ。
と音をさせた。
「クロエ、手をくれ」
と言うとユウさんはクロエが差し出した掌に血だらけの指を吐き出したのだった。
ユウさんの鮮血に染まった口からクロエの掌に血の糸が引く。
あの時、ミユウはユウさんを守るために薬指を噛み切った。
今、ユウさんはミユウとの絆を断ち切るためにそれをしている。
例えそれがミユウに会うための方便だとしても、あまりに辛すぎる。
何度だろう。
何度指切りを繰り返すのだろう?
夕霧に始まったこの指切りに、あたしは鬼子の宿世を思ったのだった。