「書かれた辻沢 89」
文字数 1,670文字
ユウさんがまひるさんに、
「まひる、得物を持ってきてくれ」
と奥の暗闇を指した。
まひるさんは言われたとおりに奥へ行き、戻ってくると袈裟懸けに二本、両手に二本の竹刀袋を捧げていた。
「クロエとミユキはそれを持って」
と渡された竹刀袋の中には黒木刀が入っていた。
引き出して手に取ると、見た目以上にずっしりとして重いがよく手に馴染んで扱いやすそうだった。
スーパーヤオマンの隠しショップで見たやつだとすると、
「これって、古山椒製の」
と言うと、
「そう、ひだるさまにも効き目があるから」
ひだるさまというのは、クロエとあたしが山の中で見たヒダルとは違う。
それは、ユウさんがミユウとの最後の潮時で戦った地獄の獄卒のことだった。
そして夕霧一行を青墓で攻めたてて、まめぞうたちを丸太のように切り刻んだ赤襦袢と半纏を着た化け物のことでもある。
これを渡されたということは、あたしもひだるさまと対峙し、場合によっては戦わなければならないということだった。
「これで……」
「首を突け」
「蛭人間といっしょだ」
同じく黒木刀を手にしたクロエが言った。
するとユウさんが、
「やつら根は一緒っぽい」
それを受けてまひるさんは、
「屍人も蛭人間もヒダルも、あの世では同じのようです」
潮が引いてこの世寄りの時は別の形をしているが、満ちてあの世よりの時は屍人も蛭人間もヒダルもみなひだるさまということらしい。
「だからあの時、ひだるさまだけになった」
ユウさんが言った。
そうだとすると屍人のミユウはひだるさまになっているということにならないか?
「ならミユウも」
他と見わけもつかない赤襦袢のひだるさまに。
「そう。それを探す」
あたしはもう心配しない。
ユウさんとまひるさんならきっと約束を守ってくれるから。
「時間だ」
とユウさんは言うと億劫そうに立膝をついた。
まひるさんはそれを支えながらユウさんを立たせ、
「お二人も行きましょう」
と言った。
クロエも立つのがよっぽど辛いのだろう、手を貸すあたしの手を握る力がいや増してきている。
それでもまひるさんの声に、
「行く」
と応えて、あたしの肩に掴まって立った。
「クロエ。すごい顔になってるぞ」
同じようにまひるさんの肩を借りているユウさんが言った。
クロエはもう金色の瞳で口から銀牙を生やしてい、発現途中が歴然と見て取れたのだったが、そういうユウさんも変わりなかった。
二人が着ているものが白いパーカーと赤い制服だからいいが、ユウさんとクロエはもともとそっくりな顔をしているのでそうでなかったらまったく見分けがつかなくなっていただろう。
ユウさんとまひるさんが出口に向かうのにクロエとあたしもついて行く。
障子を開けると階の下にアレクサンドラが待っていた。
今日の格好はパジャマではなくタキシードに蝶ネクタイだった。
体が小さいのでおそらくお子様用なのだろうが、妙に正装が似合って憎らしい。
「遅いぞ。大人が遅刻か?」
こいつは言うことも小憎らしい。
境内に降りて空を見上げると、真っ赤な月はすでに天頂にさしかかっていて、それを背景に夜空を信じられない数のコウモリ・ヴァンパイアが飛び交っていた。
「あの人たち何をする気でしょう」
まひるさんとアレクサンドラが右側の斜面に別れた後、ユウさんについて行きながら聞いてみた。
「あの世に行くつもりで結界がなくなるのを待ってるらしい」
ヴァンパイアは鬼子神社の結界の中に入れない。
あたしたちがやろうとしていることは、まさにその結界を破って、あの世とこの世をつなげることだ。
「させるんですか?」
「ああ、やりたいように。ボクらには関係ないことだからね」
ユウさんはあっけらかんとしていた。そういうものかと、これまで彼らに対して身構えていたのが少し気が抜けてしまったのだった。
クロエのことを所定の場所に立たせると、その金色の瞳と銀牙むき出しの顔でもわかるくらい不安そうな表情をした。
「エニシを信じて」
と言うとクロエが、
「うん。フォース がともにあらんことを」
と返すので、この子はまだ大丈夫と思ったのだった。
「まひる、得物を持ってきてくれ」
と奥の暗闇を指した。
まひるさんは言われたとおりに奥へ行き、戻ってくると袈裟懸けに二本、両手に二本の竹刀袋を捧げていた。
「クロエとミユキはそれを持って」
と渡された竹刀袋の中には黒木刀が入っていた。
引き出して手に取ると、見た目以上にずっしりとして重いがよく手に馴染んで扱いやすそうだった。
スーパーヤオマンの隠しショップで見たやつだとすると、
「これって、古山椒製の」
と言うと、
「そう、ひだるさまにも効き目があるから」
ひだるさまというのは、クロエとあたしが山の中で見たヒダルとは違う。
それは、ユウさんがミユウとの最後の潮時で戦った地獄の獄卒のことだった。
そして夕霧一行を青墓で攻めたてて、まめぞうたちを丸太のように切り刻んだ赤襦袢と半纏を着た化け物のことでもある。
これを渡されたということは、あたしもひだるさまと対峙し、場合によっては戦わなければならないということだった。
「これで……」
「首を突け」
「蛭人間といっしょだ」
同じく黒木刀を手にしたクロエが言った。
するとユウさんが、
「やつら根は一緒っぽい」
それを受けてまひるさんは、
「屍人も蛭人間もヒダルも、あの世では同じのようです」
潮が引いてこの世寄りの時は別の形をしているが、満ちてあの世よりの時は屍人も蛭人間もヒダルもみなひだるさまということらしい。
「だからあの時、ひだるさまだけになった」
ユウさんが言った。
そうだとすると屍人のミユウはひだるさまになっているということにならないか?
「ならミユウも」
他と見わけもつかない赤襦袢のひだるさまに。
「そう。それを探す」
あたしはもう心配しない。
ユウさんとまひるさんならきっと約束を守ってくれるから。
「時間だ」
とユウさんは言うと億劫そうに立膝をついた。
まひるさんはそれを支えながらユウさんを立たせ、
「お二人も行きましょう」
と言った。
クロエも立つのがよっぽど辛いのだろう、手を貸すあたしの手を握る力がいや増してきている。
それでもまひるさんの声に、
「行く」
と応えて、あたしの肩に掴まって立った。
「クロエ。すごい顔になってるぞ」
同じようにまひるさんの肩を借りているユウさんが言った。
クロエはもう金色の瞳で口から銀牙を生やしてい、発現途中が歴然と見て取れたのだったが、そういうユウさんも変わりなかった。
二人が着ているものが白いパーカーと赤い制服だからいいが、ユウさんとクロエはもともとそっくりな顔をしているのでそうでなかったらまったく見分けがつかなくなっていただろう。
ユウさんとまひるさんが出口に向かうのにクロエとあたしもついて行く。
障子を開けると階の下にアレクサンドラが待っていた。
今日の格好はパジャマではなくタキシードに蝶ネクタイだった。
体が小さいのでおそらくお子様用なのだろうが、妙に正装が似合って憎らしい。
「遅いぞ。大人が遅刻か?」
こいつは言うことも小憎らしい。
境内に降りて空を見上げると、真っ赤な月はすでに天頂にさしかかっていて、それを背景に夜空を信じられない数のコウモリ・ヴァンパイアが飛び交っていた。
「あの人たち何をする気でしょう」
まひるさんとアレクサンドラが右側の斜面に別れた後、ユウさんについて行きながら聞いてみた。
「あの世に行くつもりで結界がなくなるのを待ってるらしい」
ヴァンパイアは鬼子神社の結界の中に入れない。
あたしたちがやろうとしていることは、まさにその結界を破って、あの世とこの世をつなげることだ。
「させるんですか?」
「ああ、やりたいように。ボクらには関係ないことだからね」
ユウさんはあっけらかんとしていた。そういうものかと、これまで彼らに対して身構えていたのが少し気が抜けてしまったのだった。
クロエのことを所定の場所に立たせると、その金色の瞳と銀牙むき出しの顔でもわかるくらい不安そうな表情をした。
「エニシを信じて」
と言うとクロエが、
「うん。
と返すので、この子はまだ大丈夫と思ったのだった。