「辻沢日記 2」
文字数 1,369文字
ユウが自分が鬼子であることをを自覚したのは、中学生になってすぐの新月だった。
あたしはユウと一緒に隣のN市から辻沢中学校に越境入学したばかりで、辻沢の町はまだ不慣れだった。
あたしはいつもの潮時のように彷徨い歩くユウを追いかけて辻沢の地下道に入った。
薄暗くじめついた地下道は怖かったけど、ユウを見失う不安の方が勝った。
しばらくの間はユウの新品のローハーの靴音を頼りに、なんとか見失わずについて行けた。
でも地下道の中は思った以上に複雑で、分岐路や行き止まりに来る度に、どこからユウの足音が響いて来るのか分からなくなって、終いには電灯もない床が水浸し空間を壁を伝って進んでた。
すると暗闇のどこかからあたしを呼ぶ声がする。
それはユウの声ではなかった。
聞き覚えがあるけどあまりに昔のことで忘れてしまっていた声。
「ミユウちゃん。あたしたちおともだちでしょ」
幼い声だった。遠い記憶が蘇ってきた。
小学校1年生の夏の日に一緒に遊んで別れた後、会えなくなったお友達がいた。
夏休み明けの教室で、
「ミギワサツキさんは学校に来られなくなりました」
と先生が泣きながら言った。
サツキちゃんは行方不明になったと知った。
この地域でそれが何意味するか、誰も口にしないけれどみんなが知っていた。
「サツキちゃん。なの?」
返事をした途端あたしは突き飛ばされ、その拍子にその場にあおむけに倒れ、この世のものとは思えない力で首を押さえつけられた。
喉を押しつぶされて声をあげようにも息すら出来ない。
すがる何かを探そうにも周囲は漆黒が支配する世界。
二つの金色の瞬きがこちらをギュッと見降ろしてるばかり。
やがてゆっくりとその光が近付いて来て、
喉元で、
「かはっ」
と気味の悪い音をたてたかと思うと、あたしの首に熱い何かを押し当てた。
あたしはその時思い出した。辻沢の地下道には屍人が徘徊しているという噂を。
屍人とはヴァンパイアに襲われた人の末路だ。
自分が誰かも分からなくなり、未来永劫彷血を求めて徨う存在。
それが胸の上に蹲りあたしの体から精気を絞りつくそうと玉の緒を捩じり上げる。
それなのにあたしは妙に落ち着いていた。
こうやって誰も知らない場所で死ぬことをずっと前から決められていた気がしたから。
だんだんと気が遠くなりつつ自分の来し方を思う。
それは、血みどろの日々だった。
ユウと出会った時に浴びた血潮、潮時の度に目の前で繰り返される屍人狩り。
その残虐にして陰惨な殺戮を前に自分の宿世を呪った。
ただただ逃げ出したい、この場からいなくなりたい。
そう思うことが何度もあったけど、結局鬼子使いの血がそうさせなかった。
「かはっ」
と再びあの音がした。
あたしにのしかかった屍人が何かを警戒して辺りを見回したのだった。
時が止まった。何の動きもなかった。
あたしの死期をささやくように床にたまった水が耳にひたひたと当たっている。
そして、バシャと何かがあたしの横に落ちた音がした。
それからあたしの顔に生暖かい、鉄臭いものが降り注いで来て、あたしを押さえつけていた力が緩くなって、あたしはやっと息が出来るようになった。
ひどい悪臭が鼻を突いた。
音がしたほうを見ると金色の光がそこにあって、やがて霞んで消えた。
暗闇の中で、
「そういうことか」
と声がした。
声がしたほうに先ほどとは違う金色の光が2つ浮いていた。
ユウの瞳だった。
あたしはユウと一緒に隣のN市から辻沢中学校に越境入学したばかりで、辻沢の町はまだ不慣れだった。
あたしはいつもの潮時のように彷徨い歩くユウを追いかけて辻沢の地下道に入った。
薄暗くじめついた地下道は怖かったけど、ユウを見失う不安の方が勝った。
しばらくの間はユウの新品のローハーの靴音を頼りに、なんとか見失わずについて行けた。
でも地下道の中は思った以上に複雑で、分岐路や行き止まりに来る度に、どこからユウの足音が響いて来るのか分からなくなって、終いには電灯もない床が水浸し空間を壁を伝って進んでた。
すると暗闇のどこかからあたしを呼ぶ声がする。
それはユウの声ではなかった。
聞き覚えがあるけどあまりに昔のことで忘れてしまっていた声。
「ミユウちゃん。あたしたちおともだちでしょ」
幼い声だった。遠い記憶が蘇ってきた。
小学校1年生の夏の日に一緒に遊んで別れた後、会えなくなったお友達がいた。
夏休み明けの教室で、
「ミギワサツキさんは学校に来られなくなりました」
と先生が泣きながら言った。
サツキちゃんは行方不明になったと知った。
この地域でそれが何意味するか、誰も口にしないけれどみんなが知っていた。
「サツキちゃん。なの?」
返事をした途端あたしは突き飛ばされ、その拍子にその場にあおむけに倒れ、この世のものとは思えない力で首を押さえつけられた。
喉を押しつぶされて声をあげようにも息すら出来ない。
すがる何かを探そうにも周囲は漆黒が支配する世界。
二つの金色の瞬きがこちらをギュッと見降ろしてるばかり。
やがてゆっくりとその光が近付いて来て、
喉元で、
「かはっ」
と気味の悪い音をたてたかと思うと、あたしの首に熱い何かを押し当てた。
あたしはその時思い出した。辻沢の地下道には屍人が徘徊しているという噂を。
屍人とはヴァンパイアに襲われた人の末路だ。
自分が誰かも分からなくなり、未来永劫彷血を求めて徨う存在。
それが胸の上に蹲りあたしの体から精気を絞りつくそうと玉の緒を捩じり上げる。
それなのにあたしは妙に落ち着いていた。
こうやって誰も知らない場所で死ぬことをずっと前から決められていた気がしたから。
だんだんと気が遠くなりつつ自分の来し方を思う。
それは、血みどろの日々だった。
ユウと出会った時に浴びた血潮、潮時の度に目の前で繰り返される屍人狩り。
その残虐にして陰惨な殺戮を前に自分の宿世を呪った。
ただただ逃げ出したい、この場からいなくなりたい。
そう思うことが何度もあったけど、結局鬼子使いの血がそうさせなかった。
「かはっ」
と再びあの音がした。
あたしにのしかかった屍人が何かを警戒して辺りを見回したのだった。
時が止まった。何の動きもなかった。
あたしの死期をささやくように床にたまった水が耳にひたひたと当たっている。
そして、バシャと何かがあたしの横に落ちた音がした。
それからあたしの顔に生暖かい、鉄臭いものが降り注いで来て、あたしを押さえつけていた力が緩くなって、あたしはやっと息が出来るようになった。
ひどい悪臭が鼻を突いた。
音がしたほうを見ると金色の光がそこにあって、やがて霞んで消えた。
暗闇の中で、
「そういうことか」
と声がした。
声がしたほうに先ほどとは違う金色の光が2つ浮いていた。
ユウの瞳だった。