「辻沢日記 38」

文字数 1,623文字

 思案したが、車で送ってもらうことにする。

ユウがそうしろと言うのもあったけど、夜野まひるに聞きたいことがあったからでもある。

 山の中は月の光も届かず真っ暗だった。

こういう時、あたしは夜目が利くので問題ないが、それは夜野まひるも同じようだった。

夜野まひるの後について歩く。

しかし、こんなに後ろ姿が美しい人がいるだろうか。

どこから見ても完璧なんだな。見惚れてしまう。

 きゅぴ!

聞き覚えのある音がした。

森が開けて月明りで少し明るくなった場所まで来ていた。

この間ユウが乗っていた赤いスポーツカーだった。

これってオトナのじゃなかったの? 

品川ナンバーじゃん、夜野まひるの車なの? 

そうと知ってたら降りるとき掃除したのに。

「どうぞ」

 頭を低くして乗り込んですぐに匂いを嗅いでみた。

あの悪臭が残っていないか確かめたが車内はいい香りがした。

それは青墓で抱きかかえられた時の、夜野まひるの蠱惑的な匂いと同じだった。

 エンジンの心地よい振動に、お腹の真ん中を刺激されながら峠道を走る。

ワインディングロードのずっと下方には、闇夜の中にさらに黒々とした空間が広がっている。

あれは青墓の杜だ。

この峠道は青墓から市外に抜ける道で四ツ辻には通じてない。

よって四ツ辻に向かうには、一度青墓の杜をかすめて辻沢の街に出、それから西の山道に回らねばならない。

「なんかすみません」

 夜野まひるとドライブだなんて浮かれてたから忘れていた。

こんなことなら帰るなんて言わなければよかった。

「いいえ、夜はいつも一人で退屈してますから、こうしてどなたかとご一緒できるのは楽しいです」

 社交辞令だよね。

夜野まひるの表情を盗み見ようとしたら目が合った。

「なにかお話したいことがおありでは?」

 すっかり読まれている。

夜野まひるといるいうとはこういうことなのだった。

「ユウのことで」

それしかないけど。

「いつからあの子は鬼子神社にいるんでしょうか?」

あたしのリサーチでは、先月末まではN市のはずれの空き倉庫にいたはずだった。

「たしか、あたくしがミユウ様と出会ってすぐだったかと」

 ユウは狩場に近いところを必ず住処にする。

基本的に辻沢周辺なのだけど、前回初めて辻沢を出てN市に居を移した。

辻沢の狩場を捨ててまで屍人が少ないN市を選んだ理由はユウが『スレイヤー・R』に参戦するようになったからかもしれない。

屍人と蛭人間とはよく似ている。何か関係がありそうだが、それははっきりとはわからない。

 で、今回は鬼子神社に居を定めたわけだけど、この辺りに蛭人間や屍人が溢れかえるということはあまり考えられない。

「なんで鬼子神社なんでしょうか? 何かユウは言ってませんでしたか?」

「言ってましたよ。たしか、役者がそろうのを待ってるって」

「役者? お芝居でもする気、じゃないですよね」

「はい、けちんぼ池です」

役者って夕霧と伊左衛門のこと? あそこにヒダルが集まって来るの? みんな鬼子神社に?

そういえばユウは、けちんぼ池を見付けて埋めたいって言ってたんだっけ。

そんなにあたしとのエニシを断ち切りたいのかな。

あんなにお世話してあげて来たのに。

いや、それはあたしの都合、ユウには関係ないことだな。

ユウはあたしと縁を切ってどうしたいんだろう。

自由になりたいのは分かるけど、その自由な世界にあたしがいてはだめなんだろうか? 

あたしはユウと一緒ならどこまででも行けるのに。

……あたしって重い女なのかな。

 車はいつの間にかくねくねとした道を走っていた。

四ツ辻に向かう山道に入ったのだ。

そのきついカーブを曲がるたびに暗がりにヒダルが蹲ってこちらを伺っているんじゃないかと思った。

「どっちもごめんだよ」

ユウの言葉が耳に残っていた。

屍人にしろヒダルにしろどちらもだ。

でも、もしもなってしまったら。

あたしはユウを忘れてしまうんだろうか?

そうでなく忘れずにユウを追い求めて彷徨い歩くのだとしたら?

それって、今のあたしとそれほど変わらない気がした。
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