「書かれた辻沢 31」

文字数 1,374文字

 あたしとサキは、青墓の杜の中へ人の流れに逆らって再び踏み込んだ。

大量の負傷者に目を奪われながらも、クロエの位置情報をたよりに、いまや出玉のなくなった激戦地の渦中へと向かう。

「今回のは本当にひどかったんだな」

 向かってくる人たちに目を運びながらサキが言った。

「人死にも相当あったんじゃないか?」

 ゲームでそんな恐ろしいことがとは思ったが、それを完全に否定できない人々の様相だった。

 しばらくして人の群れの向こうから叫び声が近づいてきた。

「出玉が復活したぞ!」

 と言っている。

サキがすぐさまスマフォのアプリを確認して

「プロットされてないけど」

 と言った。

 そこに人を掻き分けながら走ってきた男の人が、

「死にたくなかったら走れ!」

 と言って通り過ぎていった。

「可哀想に、頭変になっちゃったんだ」

 サキが言った。

 その時だった。

森の奥で樹木がなぎ倒されるような音がした。

周囲の人たちに緊張が走る。

今度は森の奥から沢山の人がまろびながら走ってきた。

「逃げろ!」

 あたしが、その中の一人に

「何があった?」

 と聞くと、

「真性ヴァンパイアだ! 死に……」

 と答えも途中で走り去っていった。

「真性ヴァンパイアだって」

 とサキに言うと、

「ステージラスボスのさらに上位エネミー」

「みんななんで逃げるの?」

「誰ひとりラスボスすら狩れてないから。逃げるよ、ウチは」

 というなり背を向けた。

あたしがどうしようか迷って立ち止まっていると、誰かがぶつかって来てその場に倒れてしまった。

「あ、すみません」

 振り返ると、同じ年くらいの男の人が仲間を背負って立っていた。

手を差し伸べられて、

「大丈夫です」

 と立ち上がって見ると背負われているのは女の子のようだった。

こんな場所に女の子がと自分のことを忘れて驚いていると、

「早く逃げた方がいいよ」

 と喰い気味に忠告された。

しかし、あたしはなおさらクロエのことが心配になっていたので、

「そうしたいけど」

 とクロエの位置情報を確認した。

するとクロエを示す点が既にマップの中心にあった。

まさか、

「ちょっとごめん」

 と背負われている女の子の顔を覗く。

「クロエ!」

 と言ったが反応はなかった。気を失ってるらしかった。

「知り合い? この子怪我してるの?」

と聞くと、その若い男の人は、

「怪我はない。今、僕のパーティーがバケモノと戦ってて、この子も一緒にいたんだけど気絶してたから連れて逃げろって言われて」

と一気に状況を説明し出した。

「もしか、もうひとり女の子が?」

 ユウさんがいるはずだった。

「そうです。めっさ強かったけどその子がバケモノ……」

 とまで言ったところでサキが聞いていることに気付き、

「分かりました」

 と遮った。そして、

「サキ、この人とクロエを連れて逃げて。ヤオマン・インにいて」

 と言った。

「フジノジョシは?」

「中にまだ知り合いがいるみたいだから」

 と言ったが、サキは直ぐにでも逃げ出したいらしくそれ以上何も言わなかった。

 そして、サキに拝み手で、

「クロエにはあたしがいたこと内緒で」

 と頼んで、

「おk」

 と返ったのを確認して、人の波の中に送り出したのだった。

 さて、本当の渦中はここからか。

 怖いけどあたしはミユウにユウさんのことを頼まれているから行かなくちゃ。

 あの男の人が言わんとしたことがあたしが思う最悪の状況でありませんように。
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