「辻沢日記 7」

文字数 1,684文字

 辻沢着いた。寮出てから3時間か。

ギリギリ間に合ったけど、もう少しで終電逃すとこだった。

駅舎に入るとさっそく山椒の香りがする。帰ってきた感ある。

えっと、バイパス線は3番乗り場か。

「バイパス大曲交差点まで」

(ゴリゴリーン)

 ゴリゴリカード少なくなっちゃった。

買い足しておかなきゃだな。

どうせなら青州女学院の激レアカード当たんないかな。

あそこ10年くらい前に学校名と制服が変わってて、前の青州女学校だった時のバージョンがあるらしいんだよね。

どうやったら手に入れられるんだろ。

もともと町長の趣味で作ったカードだから、町長に直訴か?

 西廓あたりまではお客さんもけっこう乗ってたけど、バイパス入るころにはあたしと最後尾の席でいびき搔いてるサラリーマンさんだけになった。

大丈夫かな、あの人。

あーあ、シートにうつぶせで寝てる。

このままいくとN駅まで連れて行かれちゃうね。

〈次はバイパス大曲交差点です。ヤオマンホテル・バイパス店へお越しの方はこちらでお降りください〉

(ゴリゴリーン)

「運転手さん、後ろの席、まだ人乗ってますから」

「あー、本当だ。お客さんで最後かと思ってました。お知らせありがとうございます。夜道、気を付けてくださいね」

ゴリゴリポーズしてくれた。

気休めだけど、ありがたいな。

辻沢で昔からあるヴァンパイア除けのゴマすりポーズ。

スギコギの歌と一緒にやるとより効果的。

 シャトー大曲に行くにはこの地下道を通らねばならぬっと。

なんでここ横断歩道ないかな。

で、中は安定の気味の悪さ。

明滅するうすぼんやりの灯。

奥の暗闇から吹いて来るしめった風。

緑のヌメヌメしたやつのせいで滑りやすい床。

全部が嫌い。

ここはユウを追いかけて何度か通ったけど、さすがに一人の時は怖い。

特にこの先の雄蛇ヶ池近辺は屍人の寄合い所でもあるの? 

ユウが好んで狩場にするくらいだから、いるんだよな、絶対。

急いで外に出よう。

結局あとでユウを追いかけて戻ってくることになるんだろうけど。

 そろそろ23時になるな。

シャトー大曲に着いたけども。

夏の調査拠点の隣のラブホ。

ついついユウの便宜を考えるのが習い性になってる。

 地下駐車場ってここか。

カーテン廂がついてる入口から「駐車場こちら」の看板を右に見ながらスロープ降りて来たんだけど。

ユウはこれから来るんだろうか。

駐車場を見た限りでは軽自動車かワゴン車ばかりで赤いオープンカーはなかった。

一台だけ赤い車あったけど、それはプリウスだったし。

来たかも。

なんか普通の車とちがう音してる。

あれだ、乗ってるのユウだ。

赤いオープンカーって外車じない。

なんでユウがあんな車乗ってんの? 

でもあの車、どっかで見たことあるな。

そういうことか。

オトナはユウを懐柔することにしたのか。

でも、ユウは無免許のはず。

捕まったらどうすんだろ。またあたしが頭下げて回るの?
 
 ユウのやつ、高2の夏に盗んだバイクで走りだしちゃって、スピード違反して警察車両とチェイスして、結局街道沿いの壁に激突して捕まってさ。

追いかけてたお巡りさんに、

「あの子、よく生きてたよ」

とかって逆に感心されて。

その後、あたしがオトナにどんだけ頼んでもみ消してもらったか。

大変だったんだから、まったく。

親の心、鬼子知らずとはこのことだよ。

 タイヤ軋ませながらパーキングエリアに停めて、乱暴だな。

傷つけたらどうするんだ。高級車だぞ。

あたしに弁償なんてできっこないから。

ユウが降りてきた。

幌がウイーンって勝手にあがってる。

ちょっとしたアビリティー感ある車だ。

キッキュッ。

映画でよくある自動ロックの音。

ユウは今入ってきたスロープを軽快な足取りで戻ってゆく。

あたしは気づかれないように少し離れて付いて行くのがいつものやり方だ。

ユウはシャトー大曲を出ると、バイパスに向かって歩く。

そっちは地下道がある。

あたしとしてはありがたくない方向だ。

でも、ユウがここに来た理由なんて地下道の屍人たち以外にない。

それを狩りにやってきたのだ。

あと30分で月が南中する。

そろそろ潮時だ。

ユウの理性が野生にとって代わり、夜明けまでひたすら続く陰惨な時間が始まる。
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