「書かれた辻沢 97」

文字数 1,918文字

 上空に現れた鞠野先生のバモスくんは、斜面の縁近くの社殿の舳先の上を飛び過ぎると、そのまま石畳の奥へと消えていった。

 大丈夫? 

 っていうほどの着地音がしてから、しばらくいやな沈黙の時間が過ぎた。

そうしてやっと石畳のとば口に立った時、鞠野先生はもう一人の若い男の人と一緒だった。

 鞠野先生はこんな時でものんきそうに笑顔で手を振って来るから、一旦無視。

もう一人の若い男子に、あたしは見覚えがあった。

スレイヤー・Rの時に青墓でクロエを負ぶっていた人だったのだ。

それで呼びかけようとしたら、横からクロエが、

「サーリフくん!?」

 と先に声を出した。

「イザエモンさん、久しぶりー」

 え? っとクロエに視線を注いだのは事情を知らないらしい鞠野先生とあたしだけだった。

クロエは申し訳なさそうに、

「スレイヤー・Rの時のハンドルネーム。ユウにつけてもらった」

 なんだ、そうか。

「先生どうして?」

 あたしが、突然ファンタジーな現れ方をした鞠野先生に問いかけると、

「君たちのことが心配になって車で辻沢に向かってたらね、急に目の前が暗転して、今ここ」

当たり前のように言うけど非常時でなければ反省会だ、ユウイチ。

「先生は、なんでサーリフくんと一緒なんですか?」

 クロエが聞くと、今度は若いほうの男子が、

「まひるのことを考えながら辻沢のジョギングロードを走っていたら、目の前が暗転して気づいたら、今ここ」

男子とは、幾つでも同じものらしい。

「「あ、初めまして」」

 その男子同士で挨拶し合っているし。ついでに両脇の元同僚にも。

あたしが二人の説明だけでは呑み込めずにいると、まひるさんが、

「辻沢が味方ですから」

と言って、すり鉢の縁のぐるりを指さした。

見ると、そこにたくさんの人影が居並んでいる。

そしてその中に、調由香里さん、町長室秘書のエリさん、そして宮木野までいて、こちらに手を振っていたのだった。

あの人たちが力を貸してくれたのだ。でなきゃ、鞠野先生が空飛ぶわけないものな。

「まひのこと、呼び捨てにした」

 と、その一点が気になるらしいクロエがまひるさんを見つめている。

「ちょっとした知り合いなんです」

 まひるさんはいわくありげな風に答えた。そうなるとクロエは黙っていられない。

「あの人、もしかしてまひの?」

 と食い下がる。その勢いにたじたじとなるまひるさん。

 あたしは、まひるさんが困っている顔を初めて見た気がした。

 それに遠くからサーリフくんが、

「違いますよ! 僕はチブクロNo.41023のキノッピです!」

 あたしが「チブクロ?」という顔をしたからだろう、まひるさんが、

「血の袋。RIBファンの愛称です」

 と説明をしてくれた。

オフクロならぬチブクロなのね。

「まひ担?」

 クロエが詰める。

「そのようです」

 まひるさんをじっと見つめるクロエ。いつの間にかその発現もおちついて頬に血の気が戻ってきていた。

「じゃあ、あの人はまひ担のキノッピくんで、寸劇さんの『砂漠のともだち旅団』のサーリフくん、つまりりすけさんってこと?」

「今はそのようです」

「ならいい」

 とクロエは納得したようだった。

 話を元に戻せば問題はそこではないのだった。

 肝心なのはこの状況を切り抜けること。

エニシの出した問いに回答を突き付けることだ。

 りすけさんは現れたけれどどう見ても普通の人間だった。

ひだるさまとなった、まめぞうさんやさだきちさんの馬力など期待できそうもない。

「まひるさん! そこのロープをこっちへ」

 とりすけさんがまひるさんに呼びかける。

まひるさんは足元にあった荒縄を取って先端を固く結ぶと、りすけさんに向かって投げ縄よろしく頭上で回転させてから放り投げた。

 それはあんなに太い荒縄なのにするすると伸びて行き、石畳のりすけさんの足元にちょうどよい感じで届いた。

 それを手にしたりすけさんは、

「すこし待っててください」

 と言って鞠野先生と一緒に石畳の奥へ消えていった。

 再び斜面の縁に現れたりすけさんは、

「いいですよ。合図してください」

 と言うので、ユウさんが

「曳けー!」

 とまめぞうさんとさだきちさんに号令をかけた。

と同時に杉林の奥から、

 ブロブロブロロ。

 というエンジン音が響いてきた。足元の荒縄がするすると石畳の奥に繰り出されてゆく。

鞠野先生たちはバモスくんの馬力を使うつもりなのだ。

急いでまひるさんが柱を梃にして縄が出過ぎるのを留める。

まめぞうさんの荒縄をユウさんが、さだきちさんのをクロエとあたしで抑える。

3本のエニシの紐がピンと張って、ミユウの見出した社殿の船を再び曳き上げる準備が整った。

「お願い。神様、仏様、ランダ様」

 背中からクロエの奇妙なお祈りが聴こえてきたのだった。

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