「辻沢ノーツ 25」
文字数 1,193文字
「四ツ辻公民館まで」
(ゴリゴリーン)
四ツ辻というのは古いお宅が集まる地区で、そこの公民館にインタビュイーに来ていただいているということだった。
時間は10時だそうだから余裕で着きそう。
バスは辻沢の街を抜けて田んぼの広がる郊外を走る。
風が稲穂の香りを乗せてくる。
遠くの山並みの更にその向こうの青空に、真っ白い入道雲がそそり立っていて、このままどこまでも行けるような気がしてくる。
山がだんだん近づいて来て、風景は棚田の斜面に変わった。
陽の光が水田に反射して眩しい。
上の方は山椒が植わっていると同車のおばさんが教えてくれた。
車窓が棚田から山林に変わるとバスは狭い山道に入っていた。
右へ左へとゆられながら窓の下を見ると深い谷になっていて、木々の暗がりの底にキラキラと光るものが見える。
渓流があるっぽい。
さらに山が迫り谷が深く道が車幅いっぱいになって、いよいよ行き止まりかと思ったら、急に窓の外が明るくなった。
集落に入ったのだった。
家屋が点在する中に、山椒の木があちこちに植えられている。
初めて山椒の里に来た感じがした。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉
(ゴリゴリーン)
公民館は探すまでもなかった。
バス停横の小高くなった所に建つ木造平屋の建物がそれだった。
ところどころ壁板のペンキがハゲかけていて錆色の地がむき出しになっている。
スロープを昇り玄関を覗くと、土間に数組の履物が揃えてあって、中から人の話し声が聞こえていた。
インタビューするのは一人じゃなかったのかな。
「すみませーん」
空欄ばかりの予約表が掛かった壁の向こうに声をかけると、室内の話し声が消えてしばらくして、
「はい」
と短い返事が戻ってきた。
「ノタクロエという者ですが、辻女の教頭先生のご紹介で参りました」
壁の向こうからガラス戸を開ける音がして、床を軋ませて応対に出て来たのは40代ぐらいの細身の女性だった。
その方は最初ちょっと表情を変えたけれど、すぐに、
「あの、教頭先生は?」
「急用だそうで、一人で参りました」
「さ、おあがりになって」
通された部屋には女性ばかり4名の方がいらっしゃった。
あたしが戸口に立つと、みなさんこちらに顔を向け、応答に出た方とおんなじような表情をしたがすぐにそれまでしていた話の続きに戻った。
部屋は床に藤畳が敷かれた和室で、開け放たれた窓から吹き込む風のせいで涼しかった。
まず、折りたたみ式の座卓に固まって座る方たちの脇に膝をついて挨拶をする。
「遠いところを、ひだるかったねえ」
「ほんとに、なあ」
「なあ」
という反応が返ってくる。
一人でよく来たということのようだ。
たしかにここまでの道のりは遠かったが、バスで来たのだからそれにあたらないというと、みなさんが手を叩いて笑った。
何で笑うんだろ。
ともかく、打ち解けていただいているようなので、そこは掘り下げないことにする。
(ゴリゴリーン)
四ツ辻というのは古いお宅が集まる地区で、そこの公民館にインタビュイーに来ていただいているということだった。
時間は10時だそうだから余裕で着きそう。
バスは辻沢の街を抜けて田んぼの広がる郊外を走る。
風が稲穂の香りを乗せてくる。
遠くの山並みの更にその向こうの青空に、真っ白い入道雲がそそり立っていて、このままどこまでも行けるような気がしてくる。
山がだんだん近づいて来て、風景は棚田の斜面に変わった。
陽の光が水田に反射して眩しい。
上の方は山椒が植わっていると同車のおばさんが教えてくれた。
車窓が棚田から山林に変わるとバスは狭い山道に入っていた。
右へ左へとゆられながら窓の下を見ると深い谷になっていて、木々の暗がりの底にキラキラと光るものが見える。
渓流があるっぽい。
さらに山が迫り谷が深く道が車幅いっぱいになって、いよいよ行き止まりかと思ったら、急に窓の外が明るくなった。
集落に入ったのだった。
家屋が点在する中に、山椒の木があちこちに植えられている。
初めて山椒の里に来た感じがした。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉
(ゴリゴリーン)
公民館は探すまでもなかった。
バス停横の小高くなった所に建つ木造平屋の建物がそれだった。
ところどころ壁板のペンキがハゲかけていて錆色の地がむき出しになっている。
スロープを昇り玄関を覗くと、土間に数組の履物が揃えてあって、中から人の話し声が聞こえていた。
インタビューするのは一人じゃなかったのかな。
「すみませーん」
空欄ばかりの予約表が掛かった壁の向こうに声をかけると、室内の話し声が消えてしばらくして、
「はい」
と短い返事が戻ってきた。
「ノタクロエという者ですが、辻女の教頭先生のご紹介で参りました」
壁の向こうからガラス戸を開ける音がして、床を軋ませて応対に出て来たのは40代ぐらいの細身の女性だった。
その方は最初ちょっと表情を変えたけれど、すぐに、
「あの、教頭先生は?」
「急用だそうで、一人で参りました」
「さ、おあがりになって」
通された部屋には女性ばかり4名の方がいらっしゃった。
あたしが戸口に立つと、みなさんこちらに顔を向け、応答に出た方とおんなじような表情をしたがすぐにそれまでしていた話の続きに戻った。
部屋は床に藤畳が敷かれた和室で、開け放たれた窓から吹き込む風のせいで涼しかった。
まず、折りたたみ式の座卓に固まって座る方たちの脇に膝をついて挨拶をする。
「遠いところを、ひだるかったねえ」
「ほんとに、なあ」
「なあ」
という反応が返ってくる。
一人でよく来たということのようだ。
たしかにここまでの道のりは遠かったが、バスで来たのだからそれにあたらないというと、みなさんが手を叩いて笑った。
何で笑うんだろ。
ともかく、打ち解けていただいているようなので、そこは掘り下げないことにする。