「書かれた辻沢 126」

文字数 1,650文字

 みんな岸に並んで腰を下ろし、来し方を語り合った。

「ミヤミユって屍人の時何を考えていたの?」

 クロエが聞いた。

ミユウはユウさんの横顔をじっと見つめてから、

「ずっとユウのこと考えてた。今までのこと、これからのこと。ユウのことで頭がいっぱいだった」

 と言った。

 いわば「辻沢日記」はミユウが紡いだユウさんとの記憶の糸。

屍人のミユウはそれを再読し続けていたのだ。

「あたしユウにお願いがあるんだった」

 ミユウが今思いついたように言った。

「何?」

「元の世界に帰ったらユウと一緒に生活したい。ダメかな?」

 ユウさんは、キラキラと輝く元けちんぼ池の水面を眺めながら、

「いいよ。どこで?」

 ミユウの頬に赤みが増していく。ミユウの命が本当に回復するのが手に取るように分かる。

「そうだな。辻沢からなるだけ遠く。オトナがいない場所」

「勉強はどうする? 建築士になるんだろ?」

「それは行った先で考える」

 二人のことがうらやましかった。そして寂しかった。

あたしには一緒に生活してほしいと言ってくれる人がいないから。寮に帰っても独りぼっちだからだ。

肩をたたかれた。振り向くとクロエがニコニコとあたしを見て、

「ならフジミユのところに転がり込んじゃおうかな」

 と言った。

それはクロエのためにとてもいい提案だと思った。

今住んでいるマンションを引き払えば、嫌がっていたガルバのバイトも辞められるだろう。

それにあたしといれば潮時の不安が少しは軽減されるかもだ。

……。

いや違う。クロエのためなんかじゃない。

これはクロエがあたしのことを思ってのことなんだ。

「楽しそう。クロエ、ありがとう」

 クロエの優しさにまた救われた気がした。

「あの門はミユウ様が作ったのですか?」

 まひるさんがミユウに聞いた。

あの門と言うのは、小山の外にあった石垣組みの漆喰扉のことだ。

ミユウは記憶の引き出しを探すように、

「気分が晴れた時に作った気がします」

 それに加えて、

「沖縄の亀甲墓の真似をしました」
 ミユウらしいこだわりがあったことが知れた。
 
あの場所にはもともと自然に出来た洞窟への入り口があったけれど、あたしたちが来た時の目印になるように作ったのだそうだ。

「最初にそこに入ったきっかけは?」

 さらにまひるさんが質問する。何かの糸口を探ろうとしているように。

「どうしてだったか。青墓を彷徨っていて、たしか誰かに呼ばれたんだと思います」

「どなたにでしょうか?」

 その問いに対してミユウは、

「誰かは分からないのですけど……」

 と言うと元けちんぼ池に向かい耳に掌をあてた。

「この声です。聞こえませんか? 微かですけど」

 あたしも耳を澄ましてその声を聴こうとした。

けれど、水際の心地よい波の音がするばかりで人の声は聞こえてこなかった。

それはミユウだけに聞こえるようで、

「ほら、この声です」

 と何度も言うのだった。ついに聞き取るのをあきらめたまひるさんが、

「あたしには聞こえません。なんと言ってますでしょう?」

 と尋ねると、

「えっと、わが、ちを、ふふめ、おにこら、や、です」

 ―――わがちをふふめおにこらや。

 四ツ辻のバスのアナウンス。

母宮木野の墓所まで案内してくれた声。

ミユウを誘ったのは母宮木野だったのだ。

こんなところであの声がしているとは。いったい母宮木野とは何者なんだろう。

 まひるさんがおもむろに立ち上がると、みんなの前に歩み出て言った。

「攻略法がわかりました」

 あたしたちはまひるさんが何のことを言っているのか分からなかった。

みんなもきっと呆然とした顔をしていたのだろう、

「さあ、みんなで元の世界に帰りましょう」

まひるさんは楽しそうにそう言ったのだった。

帰るって?

空には満天の星、見渡すばかりの湖と針葉樹の森だ。地図なんてない。

来た時は何かに引き上げられて一瞬だったけれど、ここは次元が異なる世界のようだ。

逆戻りできるとも思えなかった。

まひるさんはいったいどうやって帰るつもりなのか? 

その攻略法とは?

あたしたちはまひるさんの説明を固唾を飲んで待ったのだった。
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