「書かれた辻沢 32」
文字数 2,200文字
あの青年が言った「バケモノ」という言葉が気になった。
先に逃げてきた人たちは真性ヴァンパイアと言っていたがそれが恐怖にかられた予断だとすると「バケモノ」が発現したユウさんの可能もある。
鬼子が潮時で目覚めたときはバケモノと言いたくなるほどの変容をする。
未だにクロエでもあたしは怖い。
唯一の救いは今は潮時でないということだけど、ユウさんはミユウという鬼子使いを失った状態にある。
そういう時、鬼子がどうなるのか。紫子さんでも分からないんじゃないのだろうか。
森の深みに進んで来ていた。
下草をツタ草が覆い尽くしコナラやクヌギの木が繁茂してほの暗い。
あたしからは見えない樹木の向こうから杭打ち機のような衝撃音がしている。
音がする度に地面も振動する。
あたしは不用意に近づきすぎないよう木の陰に隠れながら音のするほうに近づいていった。
やがて樹木の狭間から、瘤がある土気色の背中が見えた。
それは鬼子が発現したときの背中だった。ユウさんは発現していたのだ。
その背中が地獄の底から響くような咆哮を上げた。
すると黒いモノが木々をなぎ倒しながら飛んできて目の前の地面に蹲った。
よく見ると、それはコウモリのような羽根が生えた女だった。
リクルートスーツを着て金色の髪が顔を隠していた。
ただ片方の羽根は根元からちぎれ、そこから赤黒い血がしたたり落ちていた。
リスク女はゆっくりと立ち上がると、服に付いた落ち葉を払い、地面を蹴って再び元の茂みの中に飛び込んでいった。
杭打ちの音と地響き。再びリクス女が飛んできた。
今度は手前のねじ曲がった樹木に叩きつけられて根元にずるずると落ちてきた。
見るとそのリスク女は胴体の下から半分がなくなっていた。
やがてその上半身だけのリスク女から紫の炎があがって焼尽すると、辺りに松脂の匂いが広がった。
あたしはおそるおそる戦いの場に近づいて行った。木々の間に小さなサークルがあった。その真ん中に長い棒を手にしたユウさんが立っていた。
あたしはそれを見てユウさんに駈け寄った。
ユウさんは倒れた男の人を足蹴にしてその胸に杭を突き立てていた。
「ユウさん、やめて!」
あたしは必死になって叫んだ。
ダメ、ミユウがいたらそんなこと絶対させない。
ユウさんがあたしの方に振り向いた。
しかしユウさんは容赦なく男の人の胸に杭を打ち込んでしまった。
その男の人は小さく唸って体をのけぞらし四肢を痙攣させ、動かなくなった。
「おう、ミユキ。どうしてここに?」
あたしは自分の無力を思って涙した。
こうならないためにミユウにユウさんをお願いされたはずだった。
こんなことになるのなら、あたしは怖がらずに出玉の渦中にいるべきだった。
「なんだ? 何泣いてる」
ユウさんが近づいてきてあたし肩に触れた。
ぞわっと寒気がした。思わずその手を振り払って、
「なんで人殺しなんか」
と言って見上げたユウさんは、口の端を横に引いて笑っていた。
ユウさんとあたしはしばらくユウさんが殺した大男と髭の男の二人の遺体の近くに腰掛けていた。
あたしの迷彩服の上を発現のせいで裸になってしまったユウさんにあげた。
「なんで?」
と、ようやくあたしがユウさんに話しかられたのは、その倒れた人が屍人になって立ち上がった時だった。
「どうせ死ぬから、ボクが確死をいれたんだ」
大男のほうは胸に杭が刺さっていて、もう一人の髭の人は腹が割けて内臓が飛び出ていた。
杭は元々ヴァンパイアに刺されたものだったそうだ。
「蛭人間の襲撃が終わって一息ついてたら、ヴァンパイアに急襲されてね」
二人はその時致命傷を受けてしまったらしい。
このまま死なせてしまったら奴らの屍人になるからユウさんがトドメを差したそう。
「一応、確認はしたよ。髭は大男の許可だったけれど」
あたしは、その場にある二人の記憶の糸をたぐって読んでみた。
大男は最後の記憶の中でこう考えていた。
自分は海外派遣の経験のある元自衛官で何度か僚友の死を目の当たりにしてきた。
そのため今自分が助かるかどうかは分かるつもりだ。
あの卑怯なやつらの下僕になるなら一夜の戦友を自分は信じる。
とても冷静にユウさんの申し出を受け入れていた。
かたや髭の人は重傷を負ったことも意識になく、直近の記憶は、夜を生き抜いてほっとして亡くした僚友と同じように過ごした戦場の朝を思い出していた。
一瞬のうちの襲撃だったことが分かる。
「この人たちどうするんです?」
ユウさんの目の前にふらふらと近づいてきた大男と髭の人を見上げながら言うと、
「鬼子神社に連れ帰るよ」
と言った。
「それにしても、どういったものかね」
とユウさん。
「なにがです?」
「この二人、見覚えあるだろ?」
あたしは改めて大男を見上げて気がついた。
その天を突くような背の高さ、巨大な筋肉に覆われた胸板。
「まめぞうさん?」
「そう。で、こっちは」
小柄だが武士のような髭。
「さだきちさん」
夕霧物語で夕霧たちを守って青墓へ連れてきてくれる大食人の二人。
「またエニシのやつにはめられた感じする。けちんぼ池に行かせるために」
そう言うと、ユウさんは、
「ユウのPTに仲間が加わった。タッタカタラタラター」
と勢いよく立ち上がって、二人の屍人に向かい、
「帰るよ」
と先導し歩き出した。
「ミユウを迎えに行かなきゃだから、いいんだけどさ」
その時あたしの目には、ユウさんたち3人の後ろに夕霧と伊左衛門が乗る土車が曳かれているのが見えたのだった。
先に逃げてきた人たちは真性ヴァンパイアと言っていたがそれが恐怖にかられた予断だとすると「バケモノ」が発現したユウさんの可能もある。
鬼子が潮時で目覚めたときはバケモノと言いたくなるほどの変容をする。
未だにクロエでもあたしは怖い。
唯一の救いは今は潮時でないということだけど、ユウさんはミユウという鬼子使いを失った状態にある。
そういう時、鬼子がどうなるのか。紫子さんでも分からないんじゃないのだろうか。
森の深みに進んで来ていた。
下草をツタ草が覆い尽くしコナラやクヌギの木が繁茂してほの暗い。
あたしからは見えない樹木の向こうから杭打ち機のような衝撃音がしている。
音がする度に地面も振動する。
あたしは不用意に近づきすぎないよう木の陰に隠れながら音のするほうに近づいていった。
やがて樹木の狭間から、瘤がある土気色の背中が見えた。
それは鬼子が発現したときの背中だった。ユウさんは発現していたのだ。
その背中が地獄の底から響くような咆哮を上げた。
すると黒いモノが木々をなぎ倒しながら飛んできて目の前の地面に蹲った。
よく見ると、それはコウモリのような羽根が生えた女だった。
リクルートスーツを着て金色の髪が顔を隠していた。
ただ片方の羽根は根元からちぎれ、そこから赤黒い血がしたたり落ちていた。
リスク女はゆっくりと立ち上がると、服に付いた落ち葉を払い、地面を蹴って再び元の茂みの中に飛び込んでいった。
杭打ちの音と地響き。再びリクス女が飛んできた。
今度は手前のねじ曲がった樹木に叩きつけられて根元にずるずると落ちてきた。
見るとそのリスク女は胴体の下から半分がなくなっていた。
やがてその上半身だけのリスク女から紫の炎があがって焼尽すると、辺りに松脂の匂いが広がった。
あたしはおそるおそる戦いの場に近づいて行った。木々の間に小さなサークルがあった。その真ん中に長い棒を手にしたユウさんが立っていた。
あたしはそれを見てユウさんに駈け寄った。
ユウさんは倒れた男の人を足蹴にしてその胸に杭を突き立てていた。
「ユウさん、やめて!」
あたしは必死になって叫んだ。
ダメ、ミユウがいたらそんなこと絶対させない。
ユウさんがあたしの方に振り向いた。
しかしユウさんは容赦なく男の人の胸に杭を打ち込んでしまった。
その男の人は小さく唸って体をのけぞらし四肢を痙攣させ、動かなくなった。
「おう、ミユキ。どうしてここに?」
あたしは自分の無力を思って涙した。
こうならないためにミユウにユウさんをお願いされたはずだった。
こんなことになるのなら、あたしは怖がらずに出玉の渦中にいるべきだった。
「なんだ? 何泣いてる」
ユウさんが近づいてきてあたし肩に触れた。
ぞわっと寒気がした。思わずその手を振り払って、
「なんで人殺しなんか」
と言って見上げたユウさんは、口の端を横に引いて笑っていた。
ユウさんとあたしはしばらくユウさんが殺した大男と髭の男の二人の遺体の近くに腰掛けていた。
あたしの迷彩服の上を発現のせいで裸になってしまったユウさんにあげた。
「なんで?」
と、ようやくあたしがユウさんに話しかられたのは、その倒れた人が屍人になって立ち上がった時だった。
「どうせ死ぬから、ボクが確死をいれたんだ」
大男のほうは胸に杭が刺さっていて、もう一人の髭の人は腹が割けて内臓が飛び出ていた。
杭は元々ヴァンパイアに刺されたものだったそうだ。
「蛭人間の襲撃が終わって一息ついてたら、ヴァンパイアに急襲されてね」
二人はその時致命傷を受けてしまったらしい。
このまま死なせてしまったら奴らの屍人になるからユウさんがトドメを差したそう。
「一応、確認はしたよ。髭は大男の許可だったけれど」
あたしは、その場にある二人の記憶の糸をたぐって読んでみた。
大男は最後の記憶の中でこう考えていた。
自分は海外派遣の経験のある元自衛官で何度か僚友の死を目の当たりにしてきた。
そのため今自分が助かるかどうかは分かるつもりだ。
あの卑怯なやつらの下僕になるなら一夜の戦友を自分は信じる。
とても冷静にユウさんの申し出を受け入れていた。
かたや髭の人は重傷を負ったことも意識になく、直近の記憶は、夜を生き抜いてほっとして亡くした僚友と同じように過ごした戦場の朝を思い出していた。
一瞬のうちの襲撃だったことが分かる。
「この人たちどうするんです?」
ユウさんの目の前にふらふらと近づいてきた大男と髭の人を見上げながら言うと、
「鬼子神社に連れ帰るよ」
と言った。
「それにしても、どういったものかね」
とユウさん。
「なにがです?」
「この二人、見覚えあるだろ?」
あたしは改めて大男を見上げて気がついた。
その天を突くような背の高さ、巨大な筋肉に覆われた胸板。
「まめぞうさん?」
「そう。で、こっちは」
小柄だが武士のような髭。
「さだきちさん」
夕霧物語で夕霧たちを守って青墓へ連れてきてくれる大食人の二人。
「またエニシのやつにはめられた感じする。けちんぼ池に行かせるために」
そう言うと、ユウさんは、
「ユウのPTに仲間が加わった。タッタカタラタラター」
と勢いよく立ち上がって、二人の屍人に向かい、
「帰るよ」
と先導し歩き出した。
「ミユウを迎えに行かなきゃだから、いいんだけどさ」
その時あたしの目には、ユウさんたち3人の後ろに夕霧と伊左衛門が乗る土車が曳かれているのが見えたのだった。