「辻沢日記 10」
文字数 1,321文字
どうやって外に出られたのか。
気が付いたら車はバイパスを直進してた。
するとユウの手があたしの右腕を掴んでハンドルに添えさせた。
ユウがハンドル操作をしてくれたから、壁や縁石やにぶつからずにここまで来れたのだと知った。
「あの女誰? 知り合い?」
助手席のユウは頷いたようだった。
横を向くとユウがすかさず前を指差した。
あの女のことが一瞬頭を過って背筋が冷たくなった。
向き直って前を見たら、フロントガラスにあの女は張り付いてはいなかった。
現実はホラー映画のようではない。
ユウはただ前を向けと言いたかっただけのようだった。
「誰なの?」
と聞くと、ユウが億劫そうに、
「知らない」
と言う。何も話す気がないらしい。
ユウはシートに深く座りなおすとすぐに寝息を立て始めた。
この子は一晩中、地下道で屍人と戦い続けたのだった。
疲れているのは当たり前なのだけど、これまでだったらあたしにこれほど憔悴しきった姿を見せることはなかった。
詳しいことは分からないけど、ユウはあの女のせいでそうとう参っている。そう思った。
そのままバイパスを上って辻沢の街中まで行き、駅で車を止めた。
降りる前にユウにカバンの中の着替えを渡した。
車の中がとんでもなく酷い臭いになっていると言うと、チェッと舌打ちして外も気にせずに上着を脱ごうとした。
あたしはあわてて人目のなさそうな建物の陰に車を寄せた。
ユウは下着も脱いでさっさと着替えだす。
ユウの体には二十歳過ぎの女性とは思えないほどのたくさんの傷がある。
どれもが切り傷で、まだ肉が盛り上がっている新しそうなものや、かなり深手だったんじゃないかというものもある。
潮時の鬼子は尋常でない再生能力があるから傷を受けても一切残らない。
しかし平常時は違う。
身体能力は常人以上でも、リミッターが利いているのか、再生能力に関しては人のレベルを超えない。
だからこの傷の数々は潮時以外についたもので、ユウが日常の中で命をやり取りしている証でもある。
あの女は、そういうことをすべて知った上で、ほぼ不死身の潮時と常人以上の戦闘力の平時とのちょうど境目、ユウの唯一の弱みといえる今朝のような瞬間を狙って待ち伏せをしていた。
いったいあの女は何者なんだろう。オトナに聞けば何か分かるだろうか?
汽車の時間が迫っていた。
あたしが自分用に持ってきたものに着替えて車を降りると、意外だったけどユウがよたよたついてきた。
汽車が来るまで駅舎で一緒に待つという。
駅舎はいつもの山椒の匂いがしていた。
朝早いけれど、沿線の学校に通うJKたちが汽車を待っている。
ユウとあたしは隅のベンチに座ってそれを眺めている。
こうしていると、中学生のころを思い出す。
あのころ、お互いに友達も出来なかったので学校でも通学でもいつも二人ぼっちだった。
あたしは、自分たちにまったく関心を示さずそこにいることさえ気づいてなさそうな他の生徒たちのことを、この人たちは異世界の住人で今たまたま異界の扉を開いてこちらに来たばかりなんだ、だからあたしたちが目に入らないんだと思うことにしていた。
本当のところは真逆だと知りながら。
ユウは駅舎にいる間ずっと無言のままだった。
そして改札での別れ際、今日はありがとうと言った。
気が付いたら車はバイパスを直進してた。
するとユウの手があたしの右腕を掴んでハンドルに添えさせた。
ユウがハンドル操作をしてくれたから、壁や縁石やにぶつからずにここまで来れたのだと知った。
「あの女誰? 知り合い?」
助手席のユウは頷いたようだった。
横を向くとユウがすかさず前を指差した。
あの女のことが一瞬頭を過って背筋が冷たくなった。
向き直って前を見たら、フロントガラスにあの女は張り付いてはいなかった。
現実はホラー映画のようではない。
ユウはただ前を向けと言いたかっただけのようだった。
「誰なの?」
と聞くと、ユウが億劫そうに、
「知らない」
と言う。何も話す気がないらしい。
ユウはシートに深く座りなおすとすぐに寝息を立て始めた。
この子は一晩中、地下道で屍人と戦い続けたのだった。
疲れているのは当たり前なのだけど、これまでだったらあたしにこれほど憔悴しきった姿を見せることはなかった。
詳しいことは分からないけど、ユウはあの女のせいでそうとう参っている。そう思った。
そのままバイパスを上って辻沢の街中まで行き、駅で車を止めた。
降りる前にユウにカバンの中の着替えを渡した。
車の中がとんでもなく酷い臭いになっていると言うと、チェッと舌打ちして外も気にせずに上着を脱ごうとした。
あたしはあわてて人目のなさそうな建物の陰に車を寄せた。
ユウは下着も脱いでさっさと着替えだす。
ユウの体には二十歳過ぎの女性とは思えないほどのたくさんの傷がある。
どれもが切り傷で、まだ肉が盛り上がっている新しそうなものや、かなり深手だったんじゃないかというものもある。
潮時の鬼子は尋常でない再生能力があるから傷を受けても一切残らない。
しかし平常時は違う。
身体能力は常人以上でも、リミッターが利いているのか、再生能力に関しては人のレベルを超えない。
だからこの傷の数々は潮時以外についたもので、ユウが日常の中で命をやり取りしている証でもある。
あの女は、そういうことをすべて知った上で、ほぼ不死身の潮時と常人以上の戦闘力の平時とのちょうど境目、ユウの唯一の弱みといえる今朝のような瞬間を狙って待ち伏せをしていた。
いったいあの女は何者なんだろう。オトナに聞けば何か分かるだろうか?
汽車の時間が迫っていた。
あたしが自分用に持ってきたものに着替えて車を降りると、意外だったけどユウがよたよたついてきた。
汽車が来るまで駅舎で一緒に待つという。
駅舎はいつもの山椒の匂いがしていた。
朝早いけれど、沿線の学校に通うJKたちが汽車を待っている。
ユウとあたしは隅のベンチに座ってそれを眺めている。
こうしていると、中学生のころを思い出す。
あのころ、お互いに友達も出来なかったので学校でも通学でもいつも二人ぼっちだった。
あたしは、自分たちにまったく関心を示さずそこにいることさえ気づいてなさそうな他の生徒たちのことを、この人たちは異世界の住人で今たまたま異界の扉を開いてこちらに来たばかりなんだ、だからあたしたちが目に入らないんだと思うことにしていた。
本当のところは真逆だと知りながら。
ユウは駅舎にいる間ずっと無言のままだった。
そして改札での別れ際、今日はありがとうと言った。