「辻沢ノーツ 75」
文字数 2,121文字
ミヤミユに見て貰うため動画を整理してから出掛けた。
外はそろそろ日が傾きかけていた。
大曲交差点行きのバスに乗るため駅前まで出る。
ついでに動画にあった駅裏の公園に寄って格闘のあとがないか調べることにした。
動画には映ってはいたけれど、どうしても実感がわかなかったから物的証拠 がほしかったのだ。
でも公園の中はすでに清掃が入ったのか、誰かが暴れたような感じはなかった。
植え込みの中とかベンチの上とか、痕跡を探したけどそれらしいものは見つけられない。
バスの時間が来たので公園を後にしようとすると、入り口のところに古びた立て看が置いてあるのに気がついた。
立て看は「辻沢駅北口ふれあい公園幼女殺害事件」の情報提供を呼びかけるものだった。
何年も前の事件だ。
写真で被害者が着ていた服とういのが貼ってあった。
その写真の服は、あの少女が着ていたのと同じラリッタクマ柄のパジャマだった。
どういうことだろう。
あたしが出会った少女は幽霊だったの?
ヤオマンホテルに着いたのは、夕方の6時を少し過ぎていた。
フィールドからミヤミユが帰ってきているか分からない。
先にメッセージを入れておこうか迷ったけどやめにした。
今回だけは急に行った方がいいような気がしたから。
外階段を昇って非常口から赤絨毯の廊下を進み905号室のドアの前に立つ。
ドアが少し開いていてる。
ノックする。
応答がない。
やっぱりミヤミユはまだ帰ってない?
ドアを開けて中に入ってみる。
「ミヤミユ。いるの?」
部屋の中は夕日に赤く染まっている。
一歩進むと日中の室温のままの熱気と植物の朽ちたような、黴のような匂いが鼻を突く。
「ミヤミユ」
奥に向かって声を掛けるけど無音の部屋からの返事はなかった。
部屋の端の暗がりの何かが目の端に入った。
でも、それは前に来た時に驚かされた、山椒の鉢植えのはずだと思ってあえて目を向けずにさらに中に進んだ。
部屋の中は何もなく、夕日に照らされたベッドはメーキングを施されたままで、窓辺の机に置かれてあった雑多な調査用具もなくなっている。
まるでずいぶん前に部屋を引き払ったかのようだ。
あれだけあった鉢植えがないのは、別に移すって言ってたから?
なら、さっき目の端に入ったものは何?
「クロエ」
ゾクっと背中に悪寒が走った。
あの時の声。地下道で聞いたあの声が背後からした。
その声に抗えない何かがあって、あたしはゆっくり振り返った。
それは、うつろな目でこっちを見ていた。
前が赤黒く染まったカレー☆パンマンのパーカーを着ていた。
髪は濡れ、肌は透き通り黒い血管が浮き、目は金色に光り、口から赤黒い血泡を吹いて固く結び、4本の銀牙が上下に唇を突き破って不吉に光っている。
「クロエ、あたしたち友だちだよね」
どうやって声を出しるのか分からないけど、その声は間違いなくミヤミユの声だった。
でも、あたしは息が苦しくて返事が出来ない。
そっちに行きたくない。
でも、その変わり果てたミヤミユの方へ足が引き寄せられて行く。
逃げなきゃだけど、足が言うことを聞いてくれない。
「クロエ。返事をしてくれないの?」
その悲痛な願いを叶えればミヤミユを助けられるように思えて、あたしは息を思いっきり吸い込み口を開いた。
その時、
「返事しちゃダメ!」
その声は入り口の扉の方からした。
それもまたミヤミユの声だった。
変わり果てたミヤミユは、その声の主に向けて口を大きく開けて、臓腑を震わすような咆哮を上げた。
と同時に、あたしの呪縛が解けたので逃げようと出口を見ると、そこにも黄色いパーカーのミヤミユが立っていた。
あたしはミヤミユたちに行く手を阻まれてしまった。
どうする?
「クロエ逃げて!」
新しく現れたミヤミユが叫ぶと、ものすごいスピードで変わり果てたミヤミユに総身を叩きつけた。
肉がはじける音が室内に響く。
片方のミヤミユが床に倒れ伏し、もう片方がよろけながら壁に寄り掛かった。
その倒れ伏した方がゆっくりと立ち上がり、鋭利な銀牙を向けてもう一人のミヤミユを威嚇する。
喉を裏返しでもしたような奇声を発しながら壁のミヤミユにじわじわと近づいてゆく。
しかし後から来たミヤミユは一歩も引かずに
「見なさい! あたしがミユウ。あたしがミユウ」
変わり果てたミヤミユに叫んでいる。
変わり果てたミヤミユのほうは、異様に伸びた爪で髪の毛をかきむしり、反対の壁に体をもたせ掛け、もだえ苦しみながら部屋の中を後ずさってゆく。
白い壁には変わり果てたミヤミユが残した赤黒い跡がこびりついて、まるで全身の懊悩をそこにねすくったようになった。
後から来たミヤミユはその間ずっと、
「あたしがミユウ。あたしがミユウ。あなたはシビト!」
と叫んでいる。
その声は変わり果てたミヤミユを苦悶の表情にさせ、その場に蹲らせてしまった。
それを見て自分をミユウと言ったミヤミユが出口の前で突っ立って動けないあたしに駆け寄って来て、
「いくよ」
と腕をつかむと部屋から引っ張り出した。
あたしは引き摺られるようにして、暗い廊下を来たときと反対に駆けてその混乱から逃れた。
そのあたしたちを追いかけるかのように大きな咆哮が廊下を伝って聞こえて来たのだった。
あたしは魂を鷲掴みされたようで心底から震えが止まらなかった。
外はそろそろ日が傾きかけていた。
大曲交差点行きのバスに乗るため駅前まで出る。
ついでに動画にあった駅裏の公園に寄って格闘のあとがないか調べることにした。
動画には映ってはいたけれど、どうしても実感がわかなかったから
でも公園の中はすでに清掃が入ったのか、誰かが暴れたような感じはなかった。
植え込みの中とかベンチの上とか、痕跡を探したけどそれらしいものは見つけられない。
バスの時間が来たので公園を後にしようとすると、入り口のところに古びた立て看が置いてあるのに気がついた。
立て看は「辻沢駅北口ふれあい公園幼女殺害事件」の情報提供を呼びかけるものだった。
何年も前の事件だ。
写真で被害者が着ていた服とういのが貼ってあった。
その写真の服は、あの少女が着ていたのと同じラリッタクマ柄のパジャマだった。
どういうことだろう。
あたしが出会った少女は幽霊だったの?
ヤオマンホテルに着いたのは、夕方の6時を少し過ぎていた。
フィールドからミヤミユが帰ってきているか分からない。
先にメッセージを入れておこうか迷ったけどやめにした。
今回だけは急に行った方がいいような気がしたから。
外階段を昇って非常口から赤絨毯の廊下を進み905号室のドアの前に立つ。
ドアが少し開いていてる。
ノックする。
応答がない。
やっぱりミヤミユはまだ帰ってない?
ドアを開けて中に入ってみる。
「ミヤミユ。いるの?」
部屋の中は夕日に赤く染まっている。
一歩進むと日中の室温のままの熱気と植物の朽ちたような、黴のような匂いが鼻を突く。
「ミヤミユ」
奥に向かって声を掛けるけど無音の部屋からの返事はなかった。
部屋の端の暗がりの何かが目の端に入った。
でも、それは前に来た時に驚かされた、山椒の鉢植えのはずだと思ってあえて目を向けずにさらに中に進んだ。
部屋の中は何もなく、夕日に照らされたベッドはメーキングを施されたままで、窓辺の机に置かれてあった雑多な調査用具もなくなっている。
まるでずいぶん前に部屋を引き払ったかのようだ。
あれだけあった鉢植えがないのは、別に移すって言ってたから?
なら、さっき目の端に入ったものは何?
「クロエ」
ゾクっと背中に悪寒が走った。
あの時の声。地下道で聞いたあの声が背後からした。
その声に抗えない何かがあって、あたしはゆっくり振り返った。
それは、うつろな目でこっちを見ていた。
前が赤黒く染まったカレー☆パンマンのパーカーを着ていた。
髪は濡れ、肌は透き通り黒い血管が浮き、目は金色に光り、口から赤黒い血泡を吹いて固く結び、4本の銀牙が上下に唇を突き破って不吉に光っている。
「クロエ、あたしたち友だちだよね」
どうやって声を出しるのか分からないけど、その声は間違いなくミヤミユの声だった。
でも、あたしは息が苦しくて返事が出来ない。
そっちに行きたくない。
でも、その変わり果てたミヤミユの方へ足が引き寄せられて行く。
逃げなきゃだけど、足が言うことを聞いてくれない。
「クロエ。返事をしてくれないの?」
その悲痛な願いを叶えればミヤミユを助けられるように思えて、あたしは息を思いっきり吸い込み口を開いた。
その時、
「返事しちゃダメ!」
その声は入り口の扉の方からした。
それもまたミヤミユの声だった。
変わり果てたミヤミユは、その声の主に向けて口を大きく開けて、臓腑を震わすような咆哮を上げた。
と同時に、あたしの呪縛が解けたので逃げようと出口を見ると、そこにも黄色いパーカーのミヤミユが立っていた。
あたしはミヤミユたちに行く手を阻まれてしまった。
どうする?
「クロエ逃げて!」
新しく現れたミヤミユが叫ぶと、ものすごいスピードで変わり果てたミヤミユに総身を叩きつけた。
肉がはじける音が室内に響く。
片方のミヤミユが床に倒れ伏し、もう片方がよろけながら壁に寄り掛かった。
その倒れ伏した方がゆっくりと立ち上がり、鋭利な銀牙を向けてもう一人のミヤミユを威嚇する。
喉を裏返しでもしたような奇声を発しながら壁のミヤミユにじわじわと近づいてゆく。
しかし後から来たミヤミユは一歩も引かずに
「見なさい! あたしがミユウ。あたしがミユウ」
変わり果てたミヤミユに叫んでいる。
変わり果てたミヤミユのほうは、異様に伸びた爪で髪の毛をかきむしり、反対の壁に体をもたせ掛け、もだえ苦しみながら部屋の中を後ずさってゆく。
白い壁には変わり果てたミヤミユが残した赤黒い跡がこびりついて、まるで全身の懊悩をそこにねすくったようになった。
後から来たミヤミユはその間ずっと、
「あたしがミユウ。あたしがミユウ。あなたはシビト!」
と叫んでいる。
その声は変わり果てたミヤミユを苦悶の表情にさせ、その場に蹲らせてしまった。
それを見て自分をミユウと言ったミヤミユが出口の前で突っ立って動けないあたしに駆け寄って来て、
「いくよ」
と腕をつかむと部屋から引っ張り出した。
あたしは引き摺られるようにして、暗い廊下を来たときと反対に駆けてその混乱から逃れた。
そのあたしたちを追いかけるかのように大きな咆哮が廊下を伝って聞こえて来たのだった。
あたしは魂を鷲掴みされたようで心底から震えが止まらなかった。