「辻沢日記 52」

文字数 1,017文字

 あたしのほうに気を取られなくなったせいか、それからのユウの動きはすさまじかった。

とって返した黒木刀で正面の屍人の首をひと薙ぎでふっとばし、次いでかぎ爪を突き上げてきた残りの一体を蹴り倒し顔面を踏み潰した。

「ミユウ走れ!」

 路面で痙攣を続ける屍人には目もくれないで道をまっすぐに駆けだした。

目の前に立ち塞がるのは青墓の黒い杜。

あそこに行けば、今以上に敵があふれかえっているに違いない。

それを承知でユウはまっすぐ突き進んでいく。

その横顔に愉悦の表情が見て取れた。

それは月の光に輝いて神々しくさえある。

あたしは中学生のころユウに感じた畏怖を思い出した。

そしてこの神性こそがユウたる所以なのだと今さらながら思い知った。

 神ならざるあたしは朝までユウと一緒に生き延びていられるのだろうか。



 夢中で走って青墓の駐車場まで来た。

ヒダルの群れは追って来ないようだった。

「少し休もう」

 ユウが言ったので、側にあった縁石に腰掛けた。

 あたしは初戦で大けがを負ってしまった。

恐る恐る左肩の傷を見る。

Tシャツの肩の部分が引き裂かれ、周囲に赤いシミが広がっていた。

左手で肩の傷を確かめてみる。

 なかった。

傷がないのだ。

そう言えば屍人の攻撃をかわしきれずにくらった前腕の傷もなかった。

「やられたのに傷がないの」

 ユウに前腕を見せながら言うと、

「当たり前だろ。ミユウだって鬼子なんだから」

 と怪訝な顔をされた。

 鬼子だとて潮時で発現しなければ再生能力は人並みだ。

深手を負えば普通にダメージが残る。

ユウはそういったことを超越しているかも知れないけれど、あたしは違う。

「ユウは怪我しなかった?」

「したよ。ほら」

 右腕の外側の肉がぱっくり割れて骨が露出していた。

「いつもの調子で素手で受けちゃった」

 と気にとめる様子もなく言った。

見せられたあたしは卒倒しそうなのに。

 あたしの傷は癒えて、ユウの傷が癒えずに残っている。

これまでと真逆の状況だった。

あたしはユウと繋いだ右手を見た。

もしかしたら、この手のせいでおかしな事が起こっているのじゃないか。

 あたしはリュックからタオルを出してユウの怪我をした右腕に堅く巻き付けた。

片手なので少し手間取ったが口を使ったりしてなんとか処置が出来た。

 ユウは相当の深手なのに痛がりもせず黙っていた。

「できたよ」

 と振り向くとユウとバッチリ目があった。

ユウはあたしが処置してる間ずっとそうして見つめていたらしかった。

なんだかドキドキした。
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