「辻沢日記 18」
文字数 1,655文字
ユウに『スレーヤー・R』に固執する理由を聞いてみた。
「どうして参戦し続けるの?」
ユウがあたしから目を逸らした。言いたくないらしい。
「けちんぼ池です」
と夜野まひるが口にするとユウが舌打ちした。
「けちんぼ池って、夕霧物語の最後に出て来る?」
「そうです。それを探してます」
とうれしそうに夜野まひるが言う。
「けちんぼ池をみつけて何をするつもりなの?」
「言わない」
ユウが駄々っ子のようだ。こうなると、あたしはいつもお手上げだ。
「埋めちゃうんです」
夜野まひるがいたずらっぽく言った。
「どうして?」
と聞くとユウが、
「邪魔だろ、あんなもの。あれがあるからエニシなんかが付き纏う」
あたしだってエニシという言葉にいい思い出はないけれど、その当の本人から邪魔だと言われたら、案外寂しい気持ちになるんだと初めて知った。
どうしてそんなことを言うのか知りたくて、あたしはユウの顔をまじまじと見てしまった。
あたしと目が合ったユウが、
「誰にも言うなよ」
ときつめに言った。
この場合はオトナにってことだろうけど、こんなこと言うわけない。
夜野まひるがさらに話を続ける。
「夕霧太夫と伊左衛門とがいて、そこにひだる様が沢山集まればけちんぼ池が現れる。ですよね」
夕霧物語で、一行は青墓の杜でひだる様の猛攻撃を受けて壊滅寸前になるんだった。
そしてその後、窮地を脱した夕霧太夫と伊左衛門がけちんぼ池に沈む。
「ボクの直感ではそれでいけるはずなんだけど」
「でも、だめでした。夕霧役はあたくしには力不足でした。きっとどなたか適役の方がいらっしゃるのでしょう」
夜野まひるがユウの横顔に向かって申し訳なさそうに言う。
それに対してユウが、
「あんたは鬼子でないのによくやったよ」
と優しい口調で夜野まひるを労った。
あたしは他人に気を遣うユウを初めて見た。
どうやら二人にとってこのことは相当デリケートな部分らしい。
あたしが二人のやり取りに興味をそそられているのに気づいたのか、ユウが慌てて話題を変えた。
「あーあ、バグでもないかね。コリジョン抜けみたいな」
ゲームで壁を抜けたり岩に入れちゃう、あれ?
「その向こうに泉が広がってるといいですね」
「そうそれ」
……そんなことあるわけないよ。
夜野まひるがそろそろ寝たいというので部屋を後にした。
ユウとはエレベーターで分かれた。
ホテルを出ると東の山の稜線に朝日が顔を出していた。
まぶしい光の中を駅に向かって歩き出すと、赤いオープンカーが横に停まった。
「駅まで送るよ」
運転席からユウが声をかけてきた。
「すぐそこだから」
と断ると、
「いいよ、乗りなよ」
と助手席側のドアに手を伸ばして開けてくれた。
助手席に腰を下ろしてドアを閉めた途端、車を急発進させるものだからあたしはシートに押し付けられてしまった。
運転するユウの横顔を見た。
朝日に照らされたすべすべの頬がオレンジ色に輝いていた。
それで聞きたかったことを思い出した。
「いつからなの?」
「車のこと?」
「違う。その……」
あの時、ユウの顔面はリクス女に殴打されひどいことになってた。
でも、今はこんなにきれいな肌をしている。
この回復力。
それは潮時でないのにユウが鬼子の本性を顕わにした証拠だ。
「ああ、あれ? 高2の夏ころから」
「そうなんだ。自由自在な感じ?」
「うん。めっちゃ体力消耗するからあんまりしないけどね」
しばし沈黙してる間に駅に着いた。
車を降りしな、
「潮時はやっぱり制御不能?」
と聞くと、
「うん。あれは人を超えた何かだから」
ユウは陰のある表情で片手を挙げると車を急発進させた。
タイヤのきしむ音が駅前広場に響き渡った。
まばらにいた歩行者が足を停め、赤いオープンカーを目で追いかけた。
でも、ロータリーを出て走り去ると、何もなかったかのように、各々の行き先に向かってまた歩き出した。
人を超えた何か。オトナならきっとそれをエニシというのだろう。
何だろうエニシって。
運命とか宿世とか元から道が定められていてそこを否応なしに辿るしかないって。
そんなのユウがユウで、あたしがあたしでいる意味ないじゃない。
「どうして参戦し続けるの?」
ユウがあたしから目を逸らした。言いたくないらしい。
「けちんぼ池です」
と夜野まひるが口にするとユウが舌打ちした。
「けちんぼ池って、夕霧物語の最後に出て来る?」
「そうです。それを探してます」
とうれしそうに夜野まひるが言う。
「けちんぼ池をみつけて何をするつもりなの?」
「言わない」
ユウが駄々っ子のようだ。こうなると、あたしはいつもお手上げだ。
「埋めちゃうんです」
夜野まひるがいたずらっぽく言った。
「どうして?」
と聞くとユウが、
「邪魔だろ、あんなもの。あれがあるからエニシなんかが付き纏う」
あたしだってエニシという言葉にいい思い出はないけれど、その当の本人から邪魔だと言われたら、案外寂しい気持ちになるんだと初めて知った。
どうしてそんなことを言うのか知りたくて、あたしはユウの顔をまじまじと見てしまった。
あたしと目が合ったユウが、
「誰にも言うなよ」
ときつめに言った。
この場合はオトナにってことだろうけど、こんなこと言うわけない。
夜野まひるがさらに話を続ける。
「夕霧太夫と伊左衛門とがいて、そこにひだる様が沢山集まればけちんぼ池が現れる。ですよね」
夕霧物語で、一行は青墓の杜でひだる様の猛攻撃を受けて壊滅寸前になるんだった。
そしてその後、窮地を脱した夕霧太夫と伊左衛門がけちんぼ池に沈む。
「ボクの直感ではそれでいけるはずなんだけど」
「でも、だめでした。夕霧役はあたくしには力不足でした。きっとどなたか適役の方がいらっしゃるのでしょう」
夜野まひるがユウの横顔に向かって申し訳なさそうに言う。
それに対してユウが、
「あんたは鬼子でないのによくやったよ」
と優しい口調で夜野まひるを労った。
あたしは他人に気を遣うユウを初めて見た。
どうやら二人にとってこのことは相当デリケートな部分らしい。
あたしが二人のやり取りに興味をそそられているのに気づいたのか、ユウが慌てて話題を変えた。
「あーあ、バグでもないかね。コリジョン抜けみたいな」
ゲームで壁を抜けたり岩に入れちゃう、あれ?
「その向こうに泉が広がってるといいですね」
「そうそれ」
……そんなことあるわけないよ。
夜野まひるがそろそろ寝たいというので部屋を後にした。
ユウとはエレベーターで分かれた。
ホテルを出ると東の山の稜線に朝日が顔を出していた。
まぶしい光の中を駅に向かって歩き出すと、赤いオープンカーが横に停まった。
「駅まで送るよ」
運転席からユウが声をかけてきた。
「すぐそこだから」
と断ると、
「いいよ、乗りなよ」
と助手席側のドアに手を伸ばして開けてくれた。
助手席に腰を下ろしてドアを閉めた途端、車を急発進させるものだからあたしはシートに押し付けられてしまった。
運転するユウの横顔を見た。
朝日に照らされたすべすべの頬がオレンジ色に輝いていた。
それで聞きたかったことを思い出した。
「いつからなの?」
「車のこと?」
「違う。その……」
あの時、ユウの顔面はリクス女に殴打されひどいことになってた。
でも、今はこんなにきれいな肌をしている。
この回復力。
それは潮時でないのにユウが鬼子の本性を顕わにした証拠だ。
「ああ、あれ? 高2の夏ころから」
「そうなんだ。自由自在な感じ?」
「うん。めっちゃ体力消耗するからあんまりしないけどね」
しばし沈黙してる間に駅に着いた。
車を降りしな、
「潮時はやっぱり制御不能?」
と聞くと、
「うん。あれは人を超えた何かだから」
ユウは陰のある表情で片手を挙げると車を急発進させた。
タイヤのきしむ音が駅前広場に響き渡った。
まばらにいた歩行者が足を停め、赤いオープンカーを目で追いかけた。
でも、ロータリーを出て走り去ると、何もなかったかのように、各々の行き先に向かってまた歩き出した。
人を超えた何か。オトナならきっとそれをエニシというのだろう。
何だろうエニシって。
運命とか宿世とか元から道が定められていてそこを否応なしに辿るしかないって。
そんなのユウがユウで、あたしがあたしでいる意味ないじゃない。