「書かれた辻沢 2」
文字数 2,120文字
社殿に入ると紫子さんはあたしを座らせて、鴨居の上に掛かった額絵を棒で挿しながら、一枚一枚の内容を説明しだした。
それはあたしがいつも夢に見たり、街を歩いていてふと思い出す、あの夕霧と伊左衛門の話だった。
「その話知ってる」
というと、紫子さんは何も言わずにうなづいた。
そして、あたしの横に座って、
「本当はあなたともう一人でこの話を聞いて欲しかったけれど、あなたの相手はここにはいないわ」
「ミユウちゃんのこと?」
双子のミユウはこのひと月ぐらい前に突然施設からいなくなってしまっていた。
「違うわ。そうね。あなたとその子で半分ずつの子」
「ふーん。その子はどこにいるの?」
「遠くよ」
「いつか会える?」
「ええ、エニシがきっと引き合わせてくれるわ」
あたしはその子のことを色々想像した。
もしかしたら、あたしの右の薬指についているこの赤い糸の先はその子なのかもしれないと思うと、ワクワクが止まらなくなった。
「あなたたちは特別な子なの」
紫子さんがリュックを探りながら言った。
「あたしとその子が?」
紫子さんはここで生まれた子はみんな特別だと言った。
その特別な子たちは鬼子と呼ばれていて、みんながこの額絵の物語を知っていると言ったのだった。
「お昼にしましょう」
紫子さんが手にしていたのは、お弁当の包みだった。
それを見て、あたしのお腹が鳴った。
山道をずっと歩いてお腹がとても減っていたのだ。
外の手水鉢で手を洗って、紫子さんが用意してくれたおにぎりを食べた。
ピリッとした山椒の実が混ざったおにぎりでとてもおいしかった。
おにぎりを食べ終わるとすぐに鬼子神社をあとにした。
神社の裏手の斜面を登り、来たときとは別の山道を歩いた。
道脇に樹木が迫り、樹液の匂いが鼻を突く狭い道だった。
しばらく歩くと木々の向こうに舗装道路が見えてきた。
そこに白い国産車が止めてあって、手前に老夫婦が立ってこっちを見ていた。
紫子さんはその老夫婦の側に行くとあたしを引き合わせた。
老婦人があたしの目の前にしゃがんで、
「ミユキちゃんね。あたしたちは藤野っていいます。これから一緒に生活するのよ」
やさしそうな笑顔だったが、何故か目に涙を溜めていた。そして、
「藤野早苗と言います。初めまして」
女の人のような名前の老人が笑顔を作って言ったが、それはどう見ても引きつっていた。
あたしはそれがおかしくて少し笑ってしまった。
すると、老夫婦はお互いの顔を見合わせて、
「「よかった」」
と言った。
それが藤野の養父母との最初の出会いだった。
この記憶は、あたしがこの夏に辻沢に入ってすぐ「読んだ」ものだ。
最初に紫子さんに挨拶をして一人で鬼子神社を訪れ、裏手の林道に抜け青墓の杜まで足を延ばした。
その間ずっと、懐かしい色の糸を「読み」ながら歩いたのだった。
場所には様々な記憶が刻まれている。
この場所、なんかいやな感じするとか、来たこともないのに懐かしいとか誰でも感じることがあるだろう。
心スポなども様々な記憶が堆積している場所と言える。
その話柄になっている出来事や人の記憶もそうだが、その場の所有者や訪れた人々の記憶も残っていて、それらが折り重なってその場所の記憶を形作っている。
ただその記憶は誰も語る者がいないので表に出ることはない。
霊感がある人は何かを見たり聞いたりするというが、あたしに霊感はない。
幽霊や生き霊を見たことはないし、オーラや人の前世を透視したこともない。
その代わりに、あたしに見えているのは糸だ。
その場所に編み込まれた沢山の糸なのだ。
赤、黄、青、紫、黒、白といった色の糸、
悲しい、嬉しい、楽しい、恨めしいといった感情の糸、
固い、重い、すべすべ、柔らかといった状態の糸と様々だ。
その一本一本が誰かの記憶で、あたしは糸に触れるといつでもその記憶を読むことができるのだった。
そんなだから、気を抜くと糸たちにがんじがらめになって動けなくなることがある。
重い記憶のときなどは特にそうで、うつうつとした気分でその場に蹲ってしまうことさえある。
だから普段は極力気にしないようにして生活している。
変な噂のある場所で糸に触れるなんてもってのほかなのだ。
とはいえ、すべてが危険な糸ばかりではない。
中には読んで楽しいものもある。
いつぞやなど、大学前の横断歩道で信号待ちしてたら、目の前の糸にたまたま触れてしまった。
触れて見ると、いつの時代か分からなかったが不合格した受験生の父親の、裏金入学を申し出に来た記憶の糸だった。
最初は昭和のドタバタ喜劇のような面白さで引き込まれていた。
しかし、父親が門前払いをくらいながらも息子を想って手を変え品を変えて挑戦し続ける姿にだんだんと絆されて、最後は頑張れお父さん!ってなっていた。
そういう楽しい時もある。
そんな時のあたしは無防備でその場所に佇んでいるわけだが、気付くと必ず鞠野先生がいてくれる。
鞠野先生は、あたしがこの状態になるとどこにいても飛んで来て、側につきっきりであたしが記憶の糸を読み終わるのを気長に待っているのだ。
それで読み終わると、どんな内容だったか根掘り葉掘り聞いてくる。
少しうざいのだが、中学生で鞠野先生に会った時からの、これはお約束。
それはあたしがいつも夢に見たり、街を歩いていてふと思い出す、あの夕霧と伊左衛門の話だった。
「その話知ってる」
というと、紫子さんは何も言わずにうなづいた。
そして、あたしの横に座って、
「本当はあなたともう一人でこの話を聞いて欲しかったけれど、あなたの相手はここにはいないわ」
「ミユウちゃんのこと?」
双子のミユウはこのひと月ぐらい前に突然施設からいなくなってしまっていた。
「違うわ。そうね。あなたとその子で半分ずつの子」
「ふーん。その子はどこにいるの?」
「遠くよ」
「いつか会える?」
「ええ、エニシがきっと引き合わせてくれるわ」
あたしはその子のことを色々想像した。
もしかしたら、あたしの右の薬指についているこの赤い糸の先はその子なのかもしれないと思うと、ワクワクが止まらなくなった。
「あなたたちは特別な子なの」
紫子さんがリュックを探りながら言った。
「あたしとその子が?」
紫子さんはここで生まれた子はみんな特別だと言った。
その特別な子たちは鬼子と呼ばれていて、みんながこの額絵の物語を知っていると言ったのだった。
「お昼にしましょう」
紫子さんが手にしていたのは、お弁当の包みだった。
それを見て、あたしのお腹が鳴った。
山道をずっと歩いてお腹がとても減っていたのだ。
外の手水鉢で手を洗って、紫子さんが用意してくれたおにぎりを食べた。
ピリッとした山椒の実が混ざったおにぎりでとてもおいしかった。
おにぎりを食べ終わるとすぐに鬼子神社をあとにした。
神社の裏手の斜面を登り、来たときとは別の山道を歩いた。
道脇に樹木が迫り、樹液の匂いが鼻を突く狭い道だった。
しばらく歩くと木々の向こうに舗装道路が見えてきた。
そこに白い国産車が止めてあって、手前に老夫婦が立ってこっちを見ていた。
紫子さんはその老夫婦の側に行くとあたしを引き合わせた。
老婦人があたしの目の前にしゃがんで、
「ミユキちゃんね。あたしたちは藤野っていいます。これから一緒に生活するのよ」
やさしそうな笑顔だったが、何故か目に涙を溜めていた。そして、
「藤野早苗と言います。初めまして」
女の人のような名前の老人が笑顔を作って言ったが、それはどう見ても引きつっていた。
あたしはそれがおかしくて少し笑ってしまった。
すると、老夫婦はお互いの顔を見合わせて、
「「よかった」」
と言った。
それが藤野の養父母との最初の出会いだった。
この記憶は、あたしがこの夏に辻沢に入ってすぐ「読んだ」ものだ。
最初に紫子さんに挨拶をして一人で鬼子神社を訪れ、裏手の林道に抜け青墓の杜まで足を延ばした。
その間ずっと、懐かしい色の糸を「読み」ながら歩いたのだった。
場所には様々な記憶が刻まれている。
この場所、なんかいやな感じするとか、来たこともないのに懐かしいとか誰でも感じることがあるだろう。
心スポなども様々な記憶が堆積している場所と言える。
その話柄になっている出来事や人の記憶もそうだが、その場の所有者や訪れた人々の記憶も残っていて、それらが折り重なってその場所の記憶を形作っている。
ただその記憶は誰も語る者がいないので表に出ることはない。
霊感がある人は何かを見たり聞いたりするというが、あたしに霊感はない。
幽霊や生き霊を見たことはないし、オーラや人の前世を透視したこともない。
その代わりに、あたしに見えているのは糸だ。
その場所に編み込まれた沢山の糸なのだ。
赤、黄、青、紫、黒、白といった色の糸、
悲しい、嬉しい、楽しい、恨めしいといった感情の糸、
固い、重い、すべすべ、柔らかといった状態の糸と様々だ。
その一本一本が誰かの記憶で、あたしは糸に触れるといつでもその記憶を読むことができるのだった。
そんなだから、気を抜くと糸たちにがんじがらめになって動けなくなることがある。
重い記憶のときなどは特にそうで、うつうつとした気分でその場に蹲ってしまうことさえある。
だから普段は極力気にしないようにして生活している。
変な噂のある場所で糸に触れるなんてもってのほかなのだ。
とはいえ、すべてが危険な糸ばかりではない。
中には読んで楽しいものもある。
いつぞやなど、大学前の横断歩道で信号待ちしてたら、目の前の糸にたまたま触れてしまった。
触れて見ると、いつの時代か分からなかったが不合格した受験生の父親の、裏金入学を申し出に来た記憶の糸だった。
最初は昭和のドタバタ喜劇のような面白さで引き込まれていた。
しかし、父親が門前払いをくらいながらも息子を想って手を変え品を変えて挑戦し続ける姿にだんだんと絆されて、最後は頑張れお父さん!ってなっていた。
そういう楽しい時もある。
そんな時のあたしは無防備でその場所に佇んでいるわけだが、気付くと必ず鞠野先生がいてくれる。
鞠野先生は、あたしがこの状態になるとどこにいても飛んで来て、側につきっきりであたしが記憶の糸を読み終わるのを気長に待っているのだ。
それで読み終わると、どんな内容だったか根掘り葉掘り聞いてくる。
少しうざいのだが、中学生で鞠野先生に会った時からの、これはお約束。