「辻沢ノーツ 27」

文字数 1,098文字

 この山道も慣れて来た。最初はカーブごとに、うぇってしてたけど。

それに今日はもう薄暗くなっていて谷の深さがわからない分、窓の外が怖くない。

〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉

(ゴリゴリーン)

今日は5時半から。

やっぱり30分じゃ喋りきれないと皆さんのほうから要望があって、農作業が終わる5時過ぎにすることになった。

公民館の玄関を入ると、すでに明るい笑い声が聞こえていて、インフォーマーの方たちが集まってくれていた。

今日はNさんという最年長の方も来ていただいている。

「お仕事でお疲れの所、調査にご協力いただきましてありがとうございます」

とお礼を言うと、

「あたしら、の、からだは、いくら、もゆうづ、き、く」

とNさんが、たどたどとしい言葉で言った。

「そうだ、あたしらだって農作業ばっかりやってるわけじゃないよ。疲れてても楽しいことは楽しい。よく言いうでしょ、ケーキは・・・・、何だっけ?」

Kさんが言うと、

「別腹」

Gさんが補填した。

 今日からGさんの番。

とても大きな声ではっきりと物を言うタイプの方だ。

何にでも物怖じすることなくこのグループのリーダー的存在だ。

Kさんは二日目から、昨日までのLさんは全ておひとりでのインタビューだったけれど、Gさんはみなさんと一緒がいいと言われて、Kさん、Jさん、Lさん、Nさんも同席という形になった。

「これまでどのような人生でしたか?」

Gさんはニコっと笑って皆さんの顔をぐるっと見回すと、コホンと大げさに咳払いをしてから話を始めた。

 Gさんのお話は3時間よどみなく続き、結婚まで話して一旦止んだ。

細かな日付や地名や人名まですべてはっきりと覚えていらして、まるで伝記を朗読するようなお話だった。

時々、他のインフォーマーを話に登場させて、その方を話に引き込もうとしているのには驚いた。

だから皆さん、泣いたり怒ったり笑ったりとGさんのお話を一緒になって楽しんでいた。

きっと昔は、こういう人が語り部となって村の由来や歴史を人々に話して聞かせたのじゃなかったろうか。

そういうGさんのお話だった。

これまで、3名の話を聞いてきたけど(Gさんは途中まで)、あたしのテーマの遊女の家系に関することはまったく触れられていない。

このまま行くと、四ツ辻の場合は、ライフ・ヒストリーの報告書を作成することになるかもしれない。

でも、皆さんのお話を聞いて、あたしもすごく勇気付けられたし、大いに心を揺さぶられた。

精一杯生きるって大切なことだと改めて気付かされもした。

だから、たとえ目的にそぐわなかったとしても、いい出会いをしたと鞠野先生なら言ってくれると思う。
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