「辻沢日記 53」
文字数 1,523文字
「行こうか。また奴らが集まってくると厄介」
とユウが立ち上がって言った。
「ちょっと待って」
あたしは歩き出そうとするユウの手を引いた。
「何?」
「わざわざ敵を探しに行かなくてよくない?」
ユウが潮時に発現して屍人や蛭人間を殺戮して回るのは仕方ないと思う。
でも、今のユウは意識の閾にいて人としての理性を失ってはいない。
つまり屍人狩りをしなくてもすむはずだった。
「どこかに潜んで朝を待つとか」
するとユウは、
「あーね。でも無理」
と言った。
「青墓は屍人や蛭人間が多くて無理ってこと? なら駐車場に戻って車の中とか、ヤオマンホテルも空いてる部屋ぐらいあるし。なんならラブホに二人で泊まってもいいよ」
あたしの案にユウはまったく興味を示そうとしない。
「このままで朝まで保つかどうか」
あたしが言っている間、ユウは何故だか悲しそうな顔であたしを見つめていた。
「どうしたの?」
「ミユウは何も分かってないってね」
「分かってない?」
「そうだよ。ミユウはボクが好きで奴らと戦ってると思ってたんだろ」
ユウはうつむいてあたしから目をそらした。
そして続けて言ったのだった。
「違うんだ。例え潮時に自分を見失ってたとしても、好きで奴らと戦ってたわけじゃないんだ」
ユウの呼吸が目に見えて荒くなった。何かに耐える様が前面に押し出されてきた感じだった。
「来るんだ。奴ら。ボクがいるところに」
追っているわけでなく、集まってくると。
あたしはユウが屍人や蛭人間を相手にするのは衝動のせいだと思っていた。
殲滅する。
その激情に突き動かされて地下道に向かったのかと思っていた。
だからユウの発現した顔に、あたしは狂喜を見て取っていたのだった。
「違うよ。集まってくるから先手を打って出掛けたんだ」
そうだったんだ。でもその答えには疑問が残った。
ならばどうしてわざわざ出掛けたんだろう。
家にいて身を潜めていればいい。
やはり戦いたかったのでは?
「どうしてそんなことしたの? あの家でなら簡単に防御できたろうに」
ユウとあたしが保護されたオトナの屋敷は高い塀に囲われていた。
侵入するには高い塀を乗り越えなければならない。
たとえ中に入ってもコンクリの建屋で、玄関からして堅牢な作りだった。
言えば守るに適した城のような建築物だったのだ。
少々の屍人や蛭人間なら門前払いもできたはずだ。
「一カ所にとどまってたら際限なく集まって来るし」
それでも一人で戦って出るより、いくらか楽なんじゃないか。
それを犠牲にしてまで潮時毎に徘徊したのは何故なんだろう。
「どうしてそんなことを?」
「わからない?」
「わからない」
ユウはため息をついて言った。
「ミユウが危ないじゃんか」
はっとした。
ユウはいつも勝手に外に出て暴虐の限りを尽くしていたと思っていた。
そのユウの行動にあたしへの思いやりが隠されていたなんて。
「でも」
「そう。ミユウは後から付いてきた。だから、なるべく地下道の狭い道で敵が前から来るようにした」
そうだったんだ。
あたしは付いて行くのに必死だったから、変化したユウが後ろを気遣っていたなんて分からなかった。
ユウに襲われるかもしれない、その心配ばかりしていた。
だから、ユウの存在が感じられてしかもいつでも逃げられる距離を取っているつもりだった。
でも違った。
二人の距離を保っていたのはユウだったんだ。
あたしがちゃんと付いてこられるように。
屍人のミサキちゃんに襲われた時みたいに、後ろから屍人や蛭人間が現れたときでも対応できるよう適度な間隔で。
「ごめんね。何にも知らなかった」
どっちがお世話係なんだか。
「当たり前だろ。言わなかったんだから」
ユウが再び歩き出した。
行く先はどうやら青墓の杜のさらに奥らしかった。
とユウが立ち上がって言った。
「ちょっと待って」
あたしは歩き出そうとするユウの手を引いた。
「何?」
「わざわざ敵を探しに行かなくてよくない?」
ユウが潮時に発現して屍人や蛭人間を殺戮して回るのは仕方ないと思う。
でも、今のユウは意識の閾にいて人としての理性を失ってはいない。
つまり屍人狩りをしなくてもすむはずだった。
「どこかに潜んで朝を待つとか」
するとユウは、
「あーね。でも無理」
と言った。
「青墓は屍人や蛭人間が多くて無理ってこと? なら駐車場に戻って車の中とか、ヤオマンホテルも空いてる部屋ぐらいあるし。なんならラブホに二人で泊まってもいいよ」
あたしの案にユウはまったく興味を示そうとしない。
「このままで朝まで保つかどうか」
あたしが言っている間、ユウは何故だか悲しそうな顔であたしを見つめていた。
「どうしたの?」
「ミユウは何も分かってないってね」
「分かってない?」
「そうだよ。ミユウはボクが好きで奴らと戦ってると思ってたんだろ」
ユウはうつむいてあたしから目をそらした。
そして続けて言ったのだった。
「違うんだ。例え潮時に自分を見失ってたとしても、好きで奴らと戦ってたわけじゃないんだ」
ユウの呼吸が目に見えて荒くなった。何かに耐える様が前面に押し出されてきた感じだった。
「来るんだ。奴ら。ボクがいるところに」
追っているわけでなく、集まってくると。
あたしはユウが屍人や蛭人間を相手にするのは衝動のせいだと思っていた。
殲滅する。
その激情に突き動かされて地下道に向かったのかと思っていた。
だからユウの発現した顔に、あたしは狂喜を見て取っていたのだった。
「違うよ。集まってくるから先手を打って出掛けたんだ」
そうだったんだ。でもその答えには疑問が残った。
ならばどうしてわざわざ出掛けたんだろう。
家にいて身を潜めていればいい。
やはり戦いたかったのでは?
「どうしてそんなことしたの? あの家でなら簡単に防御できたろうに」
ユウとあたしが保護されたオトナの屋敷は高い塀に囲われていた。
侵入するには高い塀を乗り越えなければならない。
たとえ中に入ってもコンクリの建屋で、玄関からして堅牢な作りだった。
言えば守るに適した城のような建築物だったのだ。
少々の屍人や蛭人間なら門前払いもできたはずだ。
「一カ所にとどまってたら際限なく集まって来るし」
それでも一人で戦って出るより、いくらか楽なんじゃないか。
それを犠牲にしてまで潮時毎に徘徊したのは何故なんだろう。
「どうしてそんなことを?」
「わからない?」
「わからない」
ユウはため息をついて言った。
「ミユウが危ないじゃんか」
はっとした。
ユウはいつも勝手に外に出て暴虐の限りを尽くしていたと思っていた。
そのユウの行動にあたしへの思いやりが隠されていたなんて。
「でも」
「そう。ミユウは後から付いてきた。だから、なるべく地下道の狭い道で敵が前から来るようにした」
そうだったんだ。
あたしは付いて行くのに必死だったから、変化したユウが後ろを気遣っていたなんて分からなかった。
ユウに襲われるかもしれない、その心配ばかりしていた。
だから、ユウの存在が感じられてしかもいつでも逃げられる距離を取っているつもりだった。
でも違った。
二人の距離を保っていたのはユウだったんだ。
あたしがちゃんと付いてこられるように。
屍人のミサキちゃんに襲われた時みたいに、後ろから屍人や蛭人間が現れたときでも対応できるよう適度な間隔で。
「ごめんね。何にも知らなかった」
どっちがお世話係なんだか。
「当たり前だろ。言わなかったんだから」
ユウが再び歩き出した。
行く先はどうやら青墓の杜のさらに奥らしかった。