「書かれた辻沢 105」

文字数 1,660文字

 広場に腰を下ろして休みながら、近くにある記憶の糸を探ってみたけど、どれも今のあたしの気分と変わりなかった。

 ただただ焦っていた。

せっかく青墓までたどり着けたのに、肝心のけちんぼ池が見つからない。

ずいぶんと歩き回ったけれど、一向にひだるさまの大群は現れないし、まだ不足した条件でもあるのか。

戸惑う気持ちが見受けられた。

 あたしたちの場合はミユウの存在が影響していると思う。

しかし、みんながエニシの切り替えをしたわけでもないだろう。

彷徨っているのには別の理由があるのかもしれない。

 ここまであたしは記憶の糸を頼って道を探すようにしていた。

それで先に進めないのなら、あたしには立ち返らなければならないものがある。

それは伊左衛門の夕霧物語だ。

 夕霧一行が青墓に入ってからひだるさまの大群に出くわすまでは結構すぐのことだ。

しかしこの状況からすると、夕霧たちもあたしたちのように青墓を彷徨ったが、そのことは伊左衛門によって端折られたと考えたほうよさそうだ。

「夕霧物語で見落としてないことないかな」

 とみんなに聞いてみた。

 物語を共有するのは鬼子であるユウさんとクロエとあたしの3人だが、まひるさんも内容は知っているのでここで話題にしてみた。

 するとクロエが、

「坂道の途中だよね」

 と言った。

 クロエが言っているのはだらだらと続く長い下り坂のことだった。

一行が、ひたすら続く長い坂を下っていると前方からひだるさまの大群が現れたのだ。

 つまりその長い坂を探さなければいけないということのようだった。

「行きましょう」

 あたしが立ち上がると、ユウさんがまひるさんに何か話してから、あたしに向かって、

「ミユキ、ボクと手を繋いでいてほしい」

 と言って手を差し出してきた。

 ということは、クロエはまひるさんにとなるかと思ったら、意外にも、

「あたしもフジミユがいい」

 と言ったのだった。

 断る理由もないから了解したのだったが、

「どうしてですか?」

 と一応聞いてみると、ユウさんは、

「ミユウと繋いでるときみたいに落ち着く」

 と言った。クロエも頷いている。

 ミユウの代わりなんて滅相もないと思いつつも、悪い気はしなかった。

「両手に花ですね。ちょっと焼けますわ」

 とまひるさんが拗ねて見せた。

 右手にユウさん。左手にクロエ。いつまた感情を大爆発させるかわからない二人なのだ。

これを両手に花と言っていいのか、迷う。

 ユウさん、クロエ、あたしの3人が前列、アレクセイとまひるさんが後列と隊形を変えて出発する。

 記憶の糸を読むときは手が塞がっているので口で咥えることにした。

というのも、二人が一旦手を握ると力が強すぎて放すのに苦労するほどだったからだ。

 三又の道で久しぶりに口に含んだ記憶の糸はやはり血の味がした。

その鉄の味から呼び覚まされるのは、あたしと同じように戸惑い焦る人たちの姿だった。

 青墓全体は平坦な土地だ。そして深部へ行けば行くほど小山に向かって上り傾斜になっている。

下り坂を探そうにも、さらに彷徨うしかないのだった。
 
どこかにヒントがあるはずだった。

伊左衛門の話は簡潔ながらこれまで必ず意味があった。

見落としがないかあたしは何度も思い返しながら、青墓の杜の暗い朽葉の道を歩き続けたのだった。

 道を進んで行くと、ひだるさまが下草の中から道に出てきて横切るときがあった。

そのたびにユウさんとクロエが力んだ。

歯を食いしばり、あたしの掌がひしゃげるんじゃないかというぐらいに握ってくる。

手はどうなってもいいけれど、二人が再発現するのだけは何とか食い止めたいと、あたしも精一杯の力でそれを押し返し続けた。

 そういうのを何度か繰り返すうち、ユウさんとクロエが苦しむ間隔が短くなってきた。

あたしにも二人を制御できるような気がした。

 四ツ辻を鬼子神社に出発するときクロエは発現しかけていた。

それを紫子さんがエニシの赤い糸を操って落ち着かせた。

その時はこんなことあたしには無理と思った。

でも、今なら出来るのかもしれない。

あたしだって鬼子使いの端くれなのだから。
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