「辻沢日記 51」

文字数 1,653文字

 最初の屍人はユウとあたしに気付いていなかったのか、こっちに背を向けて青墓のほうに歩き出した。

これは素人のあたしにも背後をとった有利な状況だと理解できた。

 ユウが黒木刀を振り上げる。

そのまま間合いを詰めて屍人の後頭部を狙うつもりだ。

あたしもユウに合わせて全速力で駆ける。

屍人の直後に迫って、ユウが足を踏み込んで急停止、脳天に黒木刀を叩き込む。

あたしはこれまで何度も見た、屍人がユウの攻撃を食らって真っ二つになる姿を想像する。

しかしそうはならなかた。

その屍人の動きは一瞬速く、振り向きざまに鎌のような爪を振り回して来たのだ。

ユウはそれをかわすと同時に左腕を後方に引っ張った。

あたしを屍人の攻撃の軌道から待避させようとしたのだった。

しかしあたしは止まりきれずに一歩足を間に出してしまっていた。

巨大な爪の先があたしの前腕をえぐる。

痛い。熱したコテを押し当てられたようだった。

ユウが黒木刀を切り返し屍人の顎を打つ。

屍人がのけぞっている間に、

「背中について!」

 背後に隠れろと言っている。

 あたしはユウと背中合わせになって身構えた。

あたしは後ろの光景を見て目を疑った。

後ろには田んぼが広がり、その真ん中に今来た道が延びているはずだった。

たしかに道はあった。

でも田んぼの中に立っているのは稲穂ではなかった。

それは、無数のヒダル。

畦を覆い田の面を埋め尽くす黒い人影。

「ユウ、後ろに」

「知ってる」

 ユウは既に気付いていたのだ。

ユウとあたしは屍人とヒダルに挟み撃ちにされていたのだった。

「後ろは気にするな」

 そんなこと言われても、

「こっちが斃れなければ何もできない」

 確かに。

鬼子神社への山道で何度もあたしを付けてきたヒダル。

あの人はあたしの末路を無駄に望んでいただけで何もしなかった。

 いつもなら屍人を屠るのに数分とかからないユウがあたしを背にしているせいで苦戦を強いられていた。

それなのにあたしは何もしてあげられない。

「大丈夫?」

言ってみて間抜けなセリフだと後悔する。

「ミユウは自分の心配してろ。左、一体そっちに寄せてる」

 右を見ると、田んぼの中を屍人が近づいて来ていた。

あたしはユウの背中を離れ、そちらに正対すると水平リーベ棒を構えた。

あたしの動きに反応するようにその屍人は田んぼの泥の上を移動して来る。

怖気が走る。

「こいや!」

 虚勢を張らなければ気を失いそうだった。

 ユウは前の二体の屍人に対して防御につぐ防御。

黒木刀で巨大な爪を避けるので精一杯だ。

「こいつらいつもと違う」

 ユウが吐き捨てるように言った。

 手先にするどい枝切り鋏のような爪。

蛭人間や夕霧一行を襲ったひだるさまの特徴だ。

その鋭い爪でまめぞうたちは青墓に散ったのだ。

 蛭人間もひだるさまもその容姿はよく似ている。

斑ハゲにメタボ腹。

ずんぐりとした体型に細い手足の先は枝切りばさみのような爪。

 今、目の前に迫る屍人は容姿は異なるが、大きな爪を持っていた。

そしてこの凶暴性と好戦性。

「ひだるさまが融合したような」

「ヒダルなら後ろにいるだろ」

「ちがう。夕霧たちを襲った奴ら」

「それが?」

「この屍人はひだるさまになるんじゃ」

 って、痛いっての。
 
戦いの最中に色々考えてちゃだめだった。

屍人があたしの左肩に巨大な爪を突き立てていた。

骨狙うよね、君たち。

最初にスレイヤー・Vに参戦した時も肩甲骨をやられたのだった。

全身から力が抜けて膝を突く。

そこに屍人が追い打ちをかける。

もう一方のかぎ爪がスローモーションのように頭上に振り下ろされてくる。

終わった。あたしの人生終了宣言。

しびれる左手で水平リーベ棒を掲げそれを受け止めるのがやっと。

屍人の爪が水平リーベ棒をなぞって落ち、目の前の路面を緩慢に突いた。

屍人の頭があたしの目の前にある。

それを貫いていたのが、ユウが後ろ手に突き刺した黒木刀だった。

「ボケっとするな」

 鬼子神社の鳥居でいたずらっぽく笑った、子供の頃のユウを思い出した。

ユウはあたしの不安を取り除く天才だ。

もう大丈夫。

だって、あたしは今、ユウと一つなんだから。
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