「書かれた辻沢 24」

文字数 2,065文字

 夕方の5時前のバスで駅に向かう。

クロエと鉢合わせしないようスマフォで位置情報を確認してから出掛けた。

でもそれは杞憂だったようで、クロエはすでに青墓にいたのだった。

「終点辻沢駅です。ご乗車ありがとうございました。ゴマすりで町おこし、辻沢にまた起こし」

(ゴリゴリーン)

 駅に着いた。

駅前はサバゲースタイルの人であふれかえってるかと思ったら、それらしい人は疎らにしかいなかった。

 サキに連絡を入れてみる。また時間が変更になったのかと思ったからだ。

「無課金勢の出玉祭りが直前に開催されてて、それに定例の人が引っ張られたんだろう」

 ということは、ユウさんはクロエを連れて無課金に出ると言うことか。

「それって、今からじゃだめなの?」

 クロエがいなければ参戦の意味が半減する。

「無課金のほうって事? 定例前には終わってる気がするけど、急げば1時間くらいなら」

「じゃあ、すぐ行くから参加できるようにしてくれる?」

「いいけど……」

 サキは釈然としない様子で電話を切った。

 駅前のタクシー溜りに急いで行って黒塗りの一台に乗り込んだ。

「青墓へ」

 と言うと年配の運転手さんがバックミラーであたしの迷彩姿をジロっと見てから、

「サバイバルゲームかい? 女の子が好んですることかね。嫁入り前の顔に傷でも付けたら大変だよ」

 いるいる。男子には絶対しないのに女子だと自分の価値観押しつけてくる人。

婿入り前の男子もやってますけど。

 こういう人に口答えしても時間の無駄なので、

「はい。わかってます。急いでもらえますか?」

 と、着くまで窓の外だけを見て何言われてもスルー。

 20分で青墓の駐車場に着いた。

精算のときにまで運転手さんが、

「お嬢ちゃんね……」

 となんか言い出すので、

「はい、はーい、はい、はい、はーい」(棒読み)

 と一言も耳に入らないようにして降りる。

 これはクロエから教わった、細かくて伝わらないモノマネ芸人さんの

「会社に上機嫌で直帰(※)しまーすと電話したのに、明日対応でいいことをねちねち言われたときの営業マンのリアクション」

 の真似。魚の目をしてやるのがコツだそう。

 駐車場の出口でサキが待ってた。

「早かったね。でも、なんで無課金がいいの?」

 理由考えてなかった。

「えっと、なんか出玉が多そうだから」

 と適当に言うと、サキがスマフォを見ながら興奮気味に、

「いや、ほんとにそうなんだよ。ウチも知らなかったけど結構出てるんだよね。ほら」

 といってマップアプリをあたしに見せてきた。

 そこには青墓の地図が表示されていて、至る所に赤い点がプロットされていた。

「この密度やばいって。急ごう」

 そう言うとサキは青墓の杜の中に駆け出して行ったのだった。

 青墓の中は空気がジメついていてひんやりとしている。まだ陽は落ちていないのにすでに暗い。

早速ヘッドライトを付けると前を走るサキがそれに合わせて自分のライトを灯した。

 すこし行くと木々の狭間に小さな広場が現れた。

誰も座らなさそうな青いベンチが街灯に照らされている。

「エントリーし直しするから、ちょっと待ってて」

 とサキはそこに停めてあった黒塗りのワンボックスカーに近づいて行きドアをノックした。

するとドアが開いて中からハリボテのカーミュラ・亜種が顔を出して、正確には上半身全部をはみ出させて、それに応対にした。

 サキが財布からカードを出し、

「定例の……」

 と言いかけると、

「定例は中止になりましたが」

 と言われてしまった。

「マジか。でも、いいや。無課金にエントリーし直したいんだけど」

「今回そのようなお客様が大勢いらしてですね、既に満員状態で」

 サキがしばし思案してから、もう一度財布のカードを取り出して見せた。

「知り合いなんだけど」

 すると、それを見たハリボテのカーミラ・亜種の顔色が変わって、実際には中の人はそんなだろうと想像されて、

「失礼しました。無課金出玉祭りにエントリーし直しで。何名様? 二名様で。申し受けました。こちらはチケットです。後日ポイント精算の対象になりますので、なくさないように……」

 それからこまごまとした説明があって、チケットを手にサキが戻って来た。

「すごい威力。ただの名刺なのに」

 とあたしに渡して見せたのには、

「ヤオマン・ホールディングス バイスプレジデント ヤオマンシステム・ソフトウエア COO 伊礼 魁(Kai Irei)」

 とあった。

「誰?」

「このゲーム作った人。ヤオマン一の切れ者って噂」

 なんでサキはそんな人知ってるのだろう。

サキに名刺を返すと、辻沢産山椒製の木刀を取り出し、既に戦闘態勢を整えつつあった。

「今日の祭り、定例中止してオールなんだって。その上この出玉密度。ポイント稼ぎ時だよ。マジ神」

 サキの興奮が止まらない。

たしかおばさんを探しに来てるんじゃなかったか? 

サキはもうポイントしか眼中にない感じなのだった。



※直帰とは、会社員が外出して要件を済ませ会社に戻らず帰途につくこと。定時より早いと、いつもは早めに閉まっちゃう雑貨屋さんとか画材屋さんに寄れて歓喜。

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