「書かれた辻沢 64」
文字数 1,754文字
まひるさんが宮木野に会うのなら暗いうちがいいと言ったので、急遽クロエを起こし調邸に行くことになった。
クロエを起こした後、一騒動あった。
あたしがクロエを起こすとまだ少し、呆然としていたのだった。でも、目の前に立っているまひるさんを見ると、
「まひっ!」
と窒息しそうな顔になった。
クロエはRIBのファンだった。推しは、夜野まひると言っていた。
ゲードルに一切関心が無かったあたしは、それを聞いてもいつもスルーしていたのだったが、今はクロエに何が起こっているのかよく分かる。
「なんでここにいるの?なんで?あの飛行機事故で亡くなったんじゃなかったの?生きてたの?ならなんで出てきてくれなかったの?なんで?」
と言ったかと思ったらしゃっくりをするように泣き出したのだった。
あたしはクロエのなんで責めと感情爆発にまひるさんも困惑しているかと思った。
でも、まひるさんはベッドのクロエの横に腰掛けて肩を抱いてあげると
「ごめんなさいね」
と言って自分のほうにクロエを引き寄せて、ぎゅうっとしたのだった。
クロエは抱かれるまましばらく泣き続けていたけれど、次第に落ち着いてきて、
「ありがとう。もう大丈夫です」
と言うとまひるさんから離れ、涙を拭って顔を上げた。
その顔はさっきまでのボウッとした感じが一切無くなって、もとの無邪気で愛らしいクロエに戻ったようだった。
さすがまひるさんだ。
あんなことされたらあたしだって心ごと持って行かれるに決まってる。
調邸へ向かったのは夜の12時を回っていた。
ユウさんと鞠野先生二人が少しごねたが、結局調邸には5人全員で行くことにした。
まひるさんのフェラーリ・ディーノはツーシーターなので、あたしとクロエは鞠野先生のバスモくんに乗ることになった。
しかし、クロエはどうしてもまひるさんの車に乗りたいといった。それでユウさんに、
「じゃあ、ボクの膝に座りな」
と言って貰って嬉々として乗り込んでいった。
「それでは、先に行って待ってますね」
というまひるさんの声だけ置いてフェラーリは道の彼方に消えた。あたしもあっちがよかったな。
調邸につくと門前に赤いフェラーリが停めてあった。宮木野に会いたくないと言っていたユウさんも中にはいなかった。
「先生はどうされますか?」
と聞くと、
「行くよ。宮木野には会っておきたいからね」
と言った。
呼び鈴をならそうとしたら門が開いた。
月の光に照らされて乳白色の長いスロープを昇って行くと、巨大なソテツの植え込みがあって、その向こうに巨人が出入りするような玄関ドアがある。
ノックをする間もなく玄関が開き、中に由香里さんが立って待っていてくれた。
「ミユキさんいらっしゃい。あら、鞠野さんも一緒でしたか。ご無沙汰していました。どうぞ中へ」
「しばらくぶりです。お邪魔します」
なんだか二人のやりとりが他人すぎる。
初めはわざとなのかとも思ったが、いや、鞠野先生さては、由香里さんヴァーチャル彼女説があたしの中に浮上した瞬間だった。
応接に通されて、これから宮木野に会うのだと緊張して中に入ったが、巨大なソファーに座っていたのは、まひるさん、ユウさん、クロエだけだった。
あたしは小声になって、
「宮木野はまだですか?」
一番入り口に近いところに座ったまひるさんい聞いた。すると、
「先ほど来られて、直ぐに処置して帰られましたよ」
と言った。え? はっや。
聞けば宮木野は、クロエを見るなり、目の前で柏手をし、
「出てお行きなさい!」
と大喝一声したあと、
「これでしばらく大丈夫」
と言ったのだそうだ。
「ずいぶんと簡単なんですね。もっと複雑な儀式が必要なものかと」
と言うと、
「宮木野は単純明快を旨としていますから」
とまひるさんが言ったのだった。
ともあれ、これでパジャマの少女にこちらの内情を覗かれなくなったと思っていいのだろう。
残るはエニシの糸の切り替えだ。
ユウさんはサキは向こうから来ると言っていたが、どうやって説得するつもりなのだろう。
サキのことだから就職での確約でもあれば「うん」と言うかも知れない。
けれど、それにしたところで、けちんぼ池から戻ってこられるという保証があってのことだ。
あたしは一抹の不安を感じながら、ユウさんにそのことを聞き出したいと思ったのだった。
クロエを起こした後、一騒動あった。
あたしがクロエを起こすとまだ少し、呆然としていたのだった。でも、目の前に立っているまひるさんを見ると、
「まひっ!」
と窒息しそうな顔になった。
クロエはRIBのファンだった。推しは、夜野まひると言っていた。
ゲードルに一切関心が無かったあたしは、それを聞いてもいつもスルーしていたのだったが、今はクロエに何が起こっているのかよく分かる。
「なんでここにいるの?なんで?あの飛行機事故で亡くなったんじゃなかったの?生きてたの?ならなんで出てきてくれなかったの?なんで?」
と言ったかと思ったらしゃっくりをするように泣き出したのだった。
あたしはクロエのなんで責めと感情爆発にまひるさんも困惑しているかと思った。
でも、まひるさんはベッドのクロエの横に腰掛けて肩を抱いてあげると
「ごめんなさいね」
と言って自分のほうにクロエを引き寄せて、ぎゅうっとしたのだった。
クロエは抱かれるまましばらく泣き続けていたけれど、次第に落ち着いてきて、
「ありがとう。もう大丈夫です」
と言うとまひるさんから離れ、涙を拭って顔を上げた。
その顔はさっきまでのボウッとした感じが一切無くなって、もとの無邪気で愛らしいクロエに戻ったようだった。
さすがまひるさんだ。
あんなことされたらあたしだって心ごと持って行かれるに決まってる。
調邸へ向かったのは夜の12時を回っていた。
ユウさんと鞠野先生二人が少しごねたが、結局調邸には5人全員で行くことにした。
まひるさんのフェラーリ・ディーノはツーシーターなので、あたしとクロエは鞠野先生のバスモくんに乗ることになった。
しかし、クロエはどうしてもまひるさんの車に乗りたいといった。それでユウさんに、
「じゃあ、ボクの膝に座りな」
と言って貰って嬉々として乗り込んでいった。
「それでは、先に行って待ってますね」
というまひるさんの声だけ置いてフェラーリは道の彼方に消えた。あたしもあっちがよかったな。
調邸につくと門前に赤いフェラーリが停めてあった。宮木野に会いたくないと言っていたユウさんも中にはいなかった。
「先生はどうされますか?」
と聞くと、
「行くよ。宮木野には会っておきたいからね」
と言った。
呼び鈴をならそうとしたら門が開いた。
月の光に照らされて乳白色の長いスロープを昇って行くと、巨大なソテツの植え込みがあって、その向こうに巨人が出入りするような玄関ドアがある。
ノックをする間もなく玄関が開き、中に由香里さんが立って待っていてくれた。
「ミユキさんいらっしゃい。あら、鞠野さんも一緒でしたか。ご無沙汰していました。どうぞ中へ」
「しばらくぶりです。お邪魔します」
なんだか二人のやりとりが他人すぎる。
初めはわざとなのかとも思ったが、いや、鞠野先生さては、由香里さんヴァーチャル彼女説があたしの中に浮上した瞬間だった。
応接に通されて、これから宮木野に会うのだと緊張して中に入ったが、巨大なソファーに座っていたのは、まひるさん、ユウさん、クロエだけだった。
あたしは小声になって、
「宮木野はまだですか?」
一番入り口に近いところに座ったまひるさんい聞いた。すると、
「先ほど来られて、直ぐに処置して帰られましたよ」
と言った。え? はっや。
聞けば宮木野は、クロエを見るなり、目の前で柏手をし、
「出てお行きなさい!」
と大喝一声したあと、
「これでしばらく大丈夫」
と言ったのだそうだ。
「ずいぶんと簡単なんですね。もっと複雑な儀式が必要なものかと」
と言うと、
「宮木野は単純明快を旨としていますから」
とまひるさんが言ったのだった。
ともあれ、これでパジャマの少女にこちらの内情を覗かれなくなったと思っていいのだろう。
残るはエニシの糸の切り替えだ。
ユウさんはサキは向こうから来ると言っていたが、どうやって説得するつもりなのだろう。
サキのことだから就職での確約でもあれば「うん」と言うかも知れない。
けれど、それにしたところで、けちんぼ池から戻ってこられるという保証があってのことだ。
あたしは一抹の不安を感じながら、ユウさんにそのことを聞き出したいと思ったのだった。