「辻沢日記 56」

文字数 1,227文字

ユウの期待の目に気圧されながら先を続けた。

「きっとそう。あの参道は船を曳くために作られたもの」

 けれど、どこかで造った船をすり鉢の底に設置するためのスロープだとしたら、鳥居からすり鉢の縁まで上り坂になっているのが変だ。

だから鬼子神社の船型の社殿はすり鉢で造られ、それが埋まったものと考えた方がしっくりくる。

 そこであたしが導き出した仮説はこうだ。

「鬼子神社で何かが起こるんじゃなくて、あそこが起点なんじゃないかって思うの」

 夕霧一行が鬼子神社から青墓に向かったように。

「鬼子神社から船型の社殿を曳いて青墓へ移動する。それは何度も繰り返されてきた神事のようなもので、今埋まっている船型の社殿は次の神事の為に用意されたものなんじゃないか。夕霧物語はそれを伝えているのかも」

 神事という学術用語に、またユウが気を悪くしないか心配になった。

でも、ユウは気にする風でもなく、

「じゃあ、あそこからこの青墓まで船を曳けば、けちんぼ池に出くわすってことだ」

 それを言うのは時期尚早な気がした。それためには青墓にけちんぼ池の痕跡が必要だ。

「そこまでは言えないかも」

「そう」

 反発されるかと思ったが、意外に納得したようだった。

 ユウを見た。あたしのことをまだ凝視していた。

「でもね、分からない事があるの」

 そう言うとユウが間髪入れずに手を打って、

「方角だろ。参道へ船を曳いて行ってしまったら青墓には抜けられない。あそこから青墓に行く道はないし、山中を抜けるにも尾根を2つは超えなければならない。くっそ」

 と言った。

 鬼子神社の裏手の斜面を登れば青墓に行く峠道に抜ける林道はあるが、そこは船を曳いて通れるほどの道幅はない。

そこでさえ尾根を1つ超える。

「何か方法があるのかも」

 あたしにはそれしか言えなかった。

この先は別のファクターに頼る必要があるのかもしれなかった。

別のファクター。

それこそが、ユウが渇望している事だとしたら。

そしてクロエもそれに関わる形で潮時を過ごしているのだとしたら。

鬼子の存在は? 潮時の意味は? 

やっぱり夕霧物語に収斂されてしまうのだろうか。

「それで終わり?」

 ユウの声がぶっきらぼうに聞こえた。

「そうだけど……」

 中途半端な報告でユウをがっかりさせてしまった?

恐る恐るユウの顔を見る。

 すると、ユウがいきなり体ごと浴びせかかってきた。

「何、何、何」

 勢いでユウとあたしは地面に横倒しになる。

 そんなこと構わず、ユウはあたしの顔をまじまじと見ると、

「すごいなミユウは。こんなことが分かるなんて!」

 右手をあたしの頭に回してなぜなぜしだした。

「変態も役に立つときあるでしょう?」

「ミユウ大好きだよ」

 ユウはあたしを強く抱きしめてくれた。

 ユウはいつだって真っ直ぐだ。

その気持ちが本物であるのはユウの表情から痛いほど伝わってくる。

あたしもユウが大好きだ。

ずっと前から。これからもずっと。

あたしはユウをギュッと抱き返した。

その時ユウは……。

荒い息をしていた。
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