「書かれた辻沢 103」

文字数 1,915文字

「ミユキ、この土地の記憶を読める?」

 ユウさんが聞いた。

「はい。でも」

 あたしは降り立った瞬間からたくさんの記憶の糸を感じていたけれど、どれもがかすんでいて記憶の主の顔が全く見えなくて戸惑っていた。

そして行先もみな同じだった。

「ここに立った人はみんな青墓の深部に向かうようです」

「辿れそう?」

「かろうじて」

 見失うほどではなかったのだ。

 ユウさんの指示で歩く順番を決めた。

 あたしは記憶の糸をたどるためクロエと先頭に立つ。アレクセイを挟んで、その後にユウさんとまひるさんがついた。

「ミユキ、クロエの手を離さないでやってくれ」

 と言われて手を取ると、びっくりするくらい冷たくなっていた。

そういえばクロエは青墓に着いてから一言もしゃべらなくなっていた。

顔を見ると社殿の船にいた時とは打って変わって苦しそうな表情をしている。

まるで青墓の毒に中てられたようだった。

「大丈夫?」

「ちょっと、苦しい」

 まだ再発現するほどではないようだけど、手はしっかりと握っていたほうがよさそうだった。

「出発だ。武器は手に持って。ここのひだるさまは手ごわいから」

 ユウさんが恐れ、夕霧一行を窮地に陥れたのは青墓で遭遇したひだるさまだった。

用心しながら記憶の糸が通る落ち葉が積もった小道をたどる。

落ち葉を踏むたび地面からかび臭いような湿気たような腐葉土の匂いが上がってくる。

道の両側はツタがからまるコナラやクヌギが生えている。その下草にまでツタが覆いかぶさっていた。

 坂になった道を上っていると行く先に黒い影が見えた。

赤襦袢のひだるさまがこちらに近づいてきていた。

「鉢合わせるのはやめよう」

 ユウさんが小声で言ったので、あたしたちはひとまずツタに覆われた下草に紛れてやり過ごすことにした。

 目の前を通り過ぎて行くひだるさまは一目見て桁が違うことが知れた。

まず、これまでのとは一回りも二回りも大きかった。

そして全身から暴力的なオーラが滲み出ている。

触れれば即、その凶暴さを爆発させそうだった。

ユウさんが地獄の獄卒と言った意味がわかる気がした。

 気づかれずに通り過ぎたと思ったらひだるさまが突然振り向いた。

そして何かを探しているようにあたりを見回しながら肩を大きく上下させて深呼吸のような動作をし出した。

あたしは見つからないようにさらに姿勢を低くする。

「いたた」

 声には出さなかったけれど、クロエが握った掌にとんでもない圧を感じた。

見るとクロエが金色の目になりかけていて歯を食いしばって何かに耐えていた。

「クロエ?」

 それに答えたクロエは、ひだるさまを指さしながら、

「呼びかけられてる」

 と言ったのだった。

ひだるさまはクロエを発現させようとしるらしかった。

 あたしは祈る気持ちでユウさんを振り返った。

ところがユウさんもまた苦悶の表情でまひるさんの手を握りしめていた。

 ユウさんの手を引いたまひるさんがあたしに近づいて来て、

「黒木刀をください」

 と言った。

あたしが黒木刀をまひるさんに手渡すと、まひるさんは交換にユウさんの掌をあたしに預けた。

そしてアレクセイに、

「これを持って一緒に来てください」

 と言うとあたしの黒木刀を渡した。
 
 アレクセイは渋った顔をしたが、 

「鬼子は弱いな、まったく」

 と言うと下草の中に立ち上がった。そしてあたしの黒木刀を構えると、まひるさんと一緒にひだるさまに打ちかかって行った。

 ひだるさまは最初、突然現れた二人の敵をその鎌のような巨大な爪であしらっていた。

しかしすぐに手ごわいと分かったらしく、青墓の地面を揺るがすような咆哮をあげ、正面から攻撃を仕掛けだした。

 ひだるさまの鎌の爪の勢いは当たったコナラがなぎ倒されるほどだ。

それをよけながらデコ長どすで応戦するまひるさん。

一振りが無駄なく急所にあたりひだるさまの体力を奪ってゆく。

 かたやアレクセイの動きはすばしっこく、攻撃をかいくぐりながら一撃一撃とひだるさまにダメージを与えてゆく。

 ついに、まひるさんの横薙ぎの一閃でひだるさまが膝をついた。

そこにアレクセイが飛び上がって脳天をかち割ると、ひだるさまが真っ赤な血飛沫を上げて、落ち葉の地面にドウと倒れ伏したのだった。

 倒れたひだるさまはすぐさま血汚泥に復したのだったが、その血汚泥はいつものように青墓の地面には染み込まなかった。

しばらく血だまりを作っていたが、やがてひだるさまが今来た道を流れながら戻って行く。

その方向は、すべての記憶の糸が目指す青墓の深部なのだった。

 あたしたちが見守っていた下草の中にまひるさんが戻って来た。

「他のひだるさまが集まってきます」

 まひるさんがあたしからユウさんの手を引き受けながら言ったのだった。

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