「書かれた辻沢 63」
文字数 2,229文字
ユウさんが真っ白いバスタオルで髪を拭きながら脱衣場から出てきた。
ユウさんに似合うだろうなと思って用意した、青い半袖パーカーと白デニムの短パン姿が格好いい。
あたしはユウさんにお風呂上がりの一杯と思って、グラスに冷蔵庫の炭酸水を注いで渡した。
「サンキュ」
とユウさんはそれを受け取り一口飲むと、
「味しないやつ」
とグラスを指して言った。
「ダメだったですか?」
には、
「いや、これゲップの切れ悪いし」
とへの字にした口の前で指先をひらひらさせて言ったのだった。
「やっぱゲップはさ……」
とさらに続けるようとするので、
「わかりましたから」
と背中を押してみんなの元へユウさんを送る。
寝ているクロエを鞠野先生にベッドに運んで貰い、あたしたちは応接セットに座って話をした。
ユウさんが、
「今日、マミって人に会ってきた」
と話し出した。
「マミ?」
あたしはその名に聞き覚えがなかった。
「サノクミの片割れだよ」
サノクミさんの半身の人といえば、ノートに出てきた、けちんぼ池のことを夢言でサノクミさんに伝えたという人だ。
でもユウさんはどうしてその名前が分かったのだろう?
たしかノートには■■で表記されていたはずだった。
するとまひるさんが、
「ミユキ様が記憶の糸の内容を話された時に名前を仰っていたのです。マミさんとユミコさんと」
記憶の中のナオコさんは二人の名前を思い浮かべていたのだろう。
あたしはそれを意識せずに伝えていたらしい。
「調邸でこの名前に心当たりはないかと聞いたら、大阪の病院に入院していると教えてくれた」
「それで尋ねてまいりました」
今日お二人は大阪まで往復したようだ。
赤いフェラーリで二人でドライブ。ちょっとうらやましい。
「マミに調由香里が不在でどうやってけちんぼ池に行くつもりだったか聞いた」
「どうするつもりだったと?」
と鞠野先生が聞くと、
「別の人間を立てたらしい」
「それがサノクミ様を襲ったヴァンパイアだったようです」
由香里さんのことをヴァンパイアだと思っていたサノクミさんが、同族だからと選別したという。
ところが、エニシの糸の切り替えもしなかったため、鬼子神社に行ってみたが何も起こらなかった。
その後ヴァンパイアがサノクミさんに襲いかかったのだそうだ。
「別の人間を立てる場合はエニシの糸の切り替えが必要だったとマミさんは言っていました」
「知っていたのにどうして?」
「時間がなかったそうです」
サノクミさんが由香里さんを連れに来たのは、おそらくは鬼子神社に行く前夜。そこで断られてしまい急遽代役を立てたということか。
「夕霧に会いに行く暇がなかったんだ」
とユウさんが言った。
あたしたちはミユウがいないから行くとするとそれをしなければならない。
でも切り替えはとてもリスクが高いことだとノートには書いてあった。
子宮にいる胎児の臍の緒を他人にすげ替えるような。そんなこと想像もつかない。
「エニシの糸を切り替えるのは夕霧でないとダメなんですか?」
とあたしが言うと、まひるさんが、
「マミ様もそう言っておられました」
「ミユウとエニシの糸で繋がっていたのは、ボクとおそらくはクロエだ。ボクはいいがクロエがなんと言うかだな」
ベッドのクロエにみんなの視線が向けられた。
クロエは決まり悪いかのように寝返りを打って背中を見せる。
さらにユウさんが、
「それと代役なんだけど」
切り替えるには一緒にけちんぼ池に行ってくれる人を探す必要がある。
「何て言ったかな、ノートのナオコの姪っ子」
「サキですか?」
「そう、サキ。辻沢ヴァンパイアの血筋だから丁度いい」
たしかに条件としては申し分ないとは思うが、あのリアリストのサキが、
「地獄行き? おk」
とはならないような気がした。
「きっと了解してくれないんじゃないでしょうか」
とあたしが言うと、
「大丈夫ですよ。その方は来て下さいます」
とまひるさんが言った。
それはサキと既に約束を取り交わしているかのような言い方だった。
「サキには会って来れられたんですか?」
と聞くと、ユウさんは、
「いや、顔も見たことない」
と平然として言ったのだった。
ユウさんは時に強引なところがある。
でもけちんぼ池は行ったら帰れないかもしれない場所だ。それは通らないだろう。
「無理矢理連れて行くのはどうかと思いますけど」
「まさか。無理になんて誘わないよ。サキは必ず自分から来る」
と、ユウさんはサキと百年前から知り合いのような言い方をしたのだった。
「まあ、それはもう少し先でいい。その前にクロエの憑きものを落としに行かなきゃだ」
とユウさんが言った。
すると鞠野先生が、
「みんなで宮木野に会いに行くんだね」
とソファから立ち上がり気味で聞いてきた。
ユウさんは、その勢いにタジタジになりながら、
「まさか。ボクは宮木野になんか会いたくないよ。だからまひるに頼もうかと……」
その言葉が終わらないうちに、
「僕も一緒に行かせて欲しい。指導教授としての責任があるからね。で、どこにいるんだい? 宮木野は」
と四宮浩太郎への対抗心むき出しで言ってくる。ところがあたしが、
「調邸です」
と言った途端、鞠野先生はソファに座り直し、
「あ、そうなんだ。やっぱり僕は遠慮しておこうかな。女子だけでこう、あるでしょう……」
と言ったのだった。
行くと言ったりやっぱり止めると言ったり。結局、意趣は返したいけれど由香里さんには会えないのだ。
鞠野フスキ。とんだ指導教授なのだった。
ユウさんに似合うだろうなと思って用意した、青い半袖パーカーと白デニムの短パン姿が格好いい。
あたしはユウさんにお風呂上がりの一杯と思って、グラスに冷蔵庫の炭酸水を注いで渡した。
「サンキュ」
とユウさんはそれを受け取り一口飲むと、
「味しないやつ」
とグラスを指して言った。
「ダメだったですか?」
には、
「いや、これゲップの切れ悪いし」
とへの字にした口の前で指先をひらひらさせて言ったのだった。
「やっぱゲップはさ……」
とさらに続けるようとするので、
「わかりましたから」
と背中を押してみんなの元へユウさんを送る。
寝ているクロエを鞠野先生にベッドに運んで貰い、あたしたちは応接セットに座って話をした。
ユウさんが、
「今日、マミって人に会ってきた」
と話し出した。
「マミ?」
あたしはその名に聞き覚えがなかった。
「サノクミの片割れだよ」
サノクミさんの半身の人といえば、ノートに出てきた、けちんぼ池のことを夢言でサノクミさんに伝えたという人だ。
でもユウさんはどうしてその名前が分かったのだろう?
たしかノートには■■で表記されていたはずだった。
するとまひるさんが、
「ミユキ様が記憶の糸の内容を話された時に名前を仰っていたのです。マミさんとユミコさんと」
記憶の中のナオコさんは二人の名前を思い浮かべていたのだろう。
あたしはそれを意識せずに伝えていたらしい。
「調邸でこの名前に心当たりはないかと聞いたら、大阪の病院に入院していると教えてくれた」
「それで尋ねてまいりました」
今日お二人は大阪まで往復したようだ。
赤いフェラーリで二人でドライブ。ちょっとうらやましい。
「マミに調由香里が不在でどうやってけちんぼ池に行くつもりだったか聞いた」
「どうするつもりだったと?」
と鞠野先生が聞くと、
「別の人間を立てたらしい」
「それがサノクミ様を襲ったヴァンパイアだったようです」
由香里さんのことをヴァンパイアだと思っていたサノクミさんが、同族だからと選別したという。
ところが、エニシの糸の切り替えもしなかったため、鬼子神社に行ってみたが何も起こらなかった。
その後ヴァンパイアがサノクミさんに襲いかかったのだそうだ。
「別の人間を立てる場合はエニシの糸の切り替えが必要だったとマミさんは言っていました」
「知っていたのにどうして?」
「時間がなかったそうです」
サノクミさんが由香里さんを連れに来たのは、おそらくは鬼子神社に行く前夜。そこで断られてしまい急遽代役を立てたということか。
「夕霧に会いに行く暇がなかったんだ」
とユウさんが言った。
あたしたちはミユウがいないから行くとするとそれをしなければならない。
でも切り替えはとてもリスクが高いことだとノートには書いてあった。
子宮にいる胎児の臍の緒を他人にすげ替えるような。そんなこと想像もつかない。
「エニシの糸を切り替えるのは夕霧でないとダメなんですか?」
とあたしが言うと、まひるさんが、
「マミ様もそう言っておられました」
「ミユウとエニシの糸で繋がっていたのは、ボクとおそらくはクロエだ。ボクはいいがクロエがなんと言うかだな」
ベッドのクロエにみんなの視線が向けられた。
クロエは決まり悪いかのように寝返りを打って背中を見せる。
さらにユウさんが、
「それと代役なんだけど」
切り替えるには一緒にけちんぼ池に行ってくれる人を探す必要がある。
「何て言ったかな、ノートのナオコの姪っ子」
「サキですか?」
「そう、サキ。辻沢ヴァンパイアの血筋だから丁度いい」
たしかに条件としては申し分ないとは思うが、あのリアリストのサキが、
「地獄行き? おk」
とはならないような気がした。
「きっと了解してくれないんじゃないでしょうか」
とあたしが言うと、
「大丈夫ですよ。その方は来て下さいます」
とまひるさんが言った。
それはサキと既に約束を取り交わしているかのような言い方だった。
「サキには会って来れられたんですか?」
と聞くと、ユウさんは、
「いや、顔も見たことない」
と平然として言ったのだった。
ユウさんは時に強引なところがある。
でもけちんぼ池は行ったら帰れないかもしれない場所だ。それは通らないだろう。
「無理矢理連れて行くのはどうかと思いますけど」
「まさか。無理になんて誘わないよ。サキは必ず自分から来る」
と、ユウさんはサキと百年前から知り合いのような言い方をしたのだった。
「まあ、それはもう少し先でいい。その前にクロエの憑きものを落としに行かなきゃだ」
とユウさんが言った。
すると鞠野先生が、
「みんなで宮木野に会いに行くんだね」
とソファから立ち上がり気味で聞いてきた。
ユウさんは、その勢いにタジタジになりながら、
「まさか。ボクは宮木野になんか会いたくないよ。だからまひるに頼もうかと……」
その言葉が終わらないうちに、
「僕も一緒に行かせて欲しい。指導教授としての責任があるからね。で、どこにいるんだい? 宮木野は」
と四宮浩太郎への対抗心むき出しで言ってくる。ところがあたしが、
「調邸です」
と言った途端、鞠野先生はソファに座り直し、
「あ、そうなんだ。やっぱり僕は遠慮しておこうかな。女子だけでこう、あるでしょう……」
と言ったのだった。
行くと言ったりやっぱり止めると言ったり。結局、意趣は返したいけれど由香里さんには会えないのだ。
鞠野フスキ。とんだ指導教授なのだった。