「辻沢日記 35」

文字数 1,283文字

ユウがあたしのスケッチブックを覗き込みながら、

「相変わらず変態だな」

と言った。

 あたしの図面好きを最初に変態呼ばわりしたのはユウだった。

中学3年になったばかり、あたしが学校から帰ると、学校をさぼって家にいたユウがあたしの部屋に勝手に入っていた。

あたしのベッドに寝転がりながら大事な図面集を引っ張り出して眺めていた。

本棚から何冊も床に広げてあって、一日中観ていたに違いない。

ユウはドアの所のあたしに気付くと起き上がって、部屋から出て行こうとするから、

「勝手に入って散らかして、片付けてよね」

と言うと、

「お前、変態もほどほどにしろよ」

と出て行った。

そう言われても何が変態なのかあたしは全然見当が付かなかった。

 ちらかった図面集をもとの場所にかたずけながら、自分の部屋を見直した。

本棚にはアイドル本とか流行りの恋愛漫画とかはなくて建築図面の本ばかりだった。

壁に貼ってあるのも菊竹清訓の建築写真だし。

お布団の柄もパース図がプリントしてあるのをネットで探して買った。

そう言えば、建築科だけどそういうことを学校で話したことはなかった。

話せば引かれるというのが分かっていたのかもしれない。

「そのメジャー貸せよ」

「コンベックスね」

ユウに手元のコンべを渡す。

「どっちだっていいの。変態」

「何する気?」

「何って、手伝ってやるよ。測ったのスケッチブックに書き込めばいいんだろ」

そうだが、素人に任せて後で測り直すのは面倒なので断りたかったが、ユウがさっさと横面を測り始めたのでしかたなく任せるとことにした。あたしはもう一つのコンべを取り出して反対側を測ることにする。

 大まかに内部の実測が終わったので、時間も時間だからお昼にしようとユウに言うと、昼飯なんてないと言った。

仕方ないので今朝紫子さんにもらったおにぎりのうち2つを渡した。

中は埃っぽいので外で食べることにして社殿を出る。

手水鉢で手を洗い、持って来たタオルを浸して搾り、汗を拭く。さっと風が吹いて一気に生き返った。

 ユウは階の所に腰かけてすでにおにぎりをぱくついている。

手を洗わないでものを食べるのは昔から変わらない。

あたしもユウの横に腰かけておにぎりの包みを解いて食べる。ピリッとした刺激が舌を指す。

紫子さん特製のサンショウの佃煮入りだった。

紫子さんが昨晩煮てたのはこれだったんだ。

 おにぎりを食べながら、ユウの実測部分を確認した。

多少の抜けはあったけれど数値に関しては信頼していい精度だった。

これであれば他も任せてもいいかもしれない。

 内部を実測していて気づいたことが一つ。

社殿全体が後方に傾いでいること。

正面に向かって立っていると心持ち後頭部を引っ張られる感じがするのはそのせいだった。

こうして外から見てもまったく分からないが、床面にスマホを置いてレベルを見てみたら、後方に3度、左に5度ほど傾斜していた。

土台がどうなっているか確認するにも、全体の外壁が地面に埋まっているので外からは見えない。

床を剥いで見る必要がありそうだった。

奥の間の階段の跡と言い、外壁の様子と言い床下に地下部屋のようなものがあってもおかしくなさそうだ。
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