「書かれた辻沢 85」
文字数 1,603文字
紫子さんにも肩を貸してもらって、クロエのことを公民館の畳の部屋に連れて入った。
頭をぐったりと下げてしまっているクロエに、
「ここで少し休もう」
と言うと、クロエは頭を上げて見て、
「あー、インタビューした部屋だー」
と力なく言ったのだった。
クロエを部屋の真ん中のちゃぶ台の所まで運んで寝かせる。
横に座った紫子さんがクロエの手を胸の上に組ませ、
「鬼子のことはケサさんに話してもらったんだったね」
と言った。
「ケサさんはヒダルになったけど」
クロエはまぶたを開いて金色になりかけの瞳で紫子さんを見つめた。
「そのケサさんを向こうに送ってくれた」
クロエは小さく頷いたのだった。
あたしはケサさんの葬列を思い出した。
沢山の蛭人間に襲われながら、クロエがゾンビのまめぞうさんやさだきちさんと一緒にケサさんの棺桶を運んでいた。
それはユウさんと一緒にここで目の当たりにした幻だ。
「ケサさん、向こうで喜んでるよ」
クロエの瞳から涙があふれ出た。そして苦しそうな声で、
「ユウが殺したの」
というと嗚咽した。
紫子さんは、クロエの手をさすりながら、
「ユウちゃんはそれが役目なんだよ」
と言った。
たしかクロエの役割はユウさんにヒダルや屍人をけしかけることだった。
そのせいでこの世とあの世を彷徨うあらゆる存在は、潮時になるとユウさんの元に渦のように集まってくる。
でもみんなはなんでユウさんにわざわざ滅殺されにやってくる?
今まで地縛霊や彷徨う霊魂とおなじように、ヒダルや屍人、蛭人間のことを恐ろしいと感じてた。
あたしもこのところクロエに影響されてあの世の人たちが怖くなくなってきた。
それであの人たちの気持ちにも寄り添えるようになったからだと思う。
「みんなけちんぼ池に行きたいから?」
あたしは独り言のようにつぶやいた。
「そうだね。みんなミユウちゃんと同じなんだよ」
それに紫子さんが答えてくれた。
ユウさんはみんなを滅殺することでけちんぼ池に送っている。
それがユウさんの役目。
グウウ。
クロエがうめいた。
いつものクロエでは発しないような声だった。
あたしはクロエの顔色を見た。
すでに土気色をしていて、見開いた瞳は完全に金色、虚空をにらみつけていた。
「クロエ!」
あたしが近づこうとすると紫子さんが腕を差し出して留めた。
「始まったからね」
クロエの唇からみるみる銀牙がはみ出てきた。
これからあたしはクロエを鬼子神社に連れて行かなければいけない。それがユウさんとの約束だ。
でもあたしは発現が始まったクロエをどうすることも出来ないのだった。
「どうしましょう」
すがる気持ちで紫子さんに言うと、
「あたしに任せて。こう見えても鬼子使いの端くれだから」
とクロエを抱き起こして片膝で支え、そのままの姿勢であたしの右手を取ると薬指を軽く握った。
そして紫子さんは呼気を整えてから勢いよく手を引き離すとその手を空中でくるくると回し始める。
その時あたしの目に見えたのは赤い糸。
あたしの薬指につながったエニシの糸がらせんを描く様子だった。
その糸のらせんは紫子さんの手が下がるのに合わせてクロエの体を覆ってゆく。
そしてクロエの全身があたしのエニシの糸でぐるぐる巻きになると、紫子さんは再びクロエを床に横たえた。
それはまるで赤い繭のようだった。
最後に紫子さんは赤い糸の間のクロエの薬指にちょんと触れて、
「これでよし。しばらくはおとなしいからね」
とあたしに向き直って笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます」
さすが紫子さん。あたしこんなこと出来る気がしない。
しばらくすると赤い繭はきれいに消えて見えなくなった。
中から出てきたクロエは寝息を立てているようだった。
「声を掛けてごらん」
と紫子さんに言われて、
「クロエ、起きて」
と肩を揺すると、クロエはまぶたを開いてあたしのことをギュッと見て、
「起きてるよ」
と言ったのだったが、瞳の色は金色のままだった。
頭をぐったりと下げてしまっているクロエに、
「ここで少し休もう」
と言うと、クロエは頭を上げて見て、
「あー、インタビューした部屋だー」
と力なく言ったのだった。
クロエを部屋の真ん中のちゃぶ台の所まで運んで寝かせる。
横に座った紫子さんがクロエの手を胸の上に組ませ、
「鬼子のことはケサさんに話してもらったんだったね」
と言った。
「ケサさんはヒダルになったけど」
クロエはまぶたを開いて金色になりかけの瞳で紫子さんを見つめた。
「そのケサさんを向こうに送ってくれた」
クロエは小さく頷いたのだった。
あたしはケサさんの葬列を思い出した。
沢山の蛭人間に襲われながら、クロエがゾンビのまめぞうさんやさだきちさんと一緒にケサさんの棺桶を運んでいた。
それはユウさんと一緒にここで目の当たりにした幻だ。
「ケサさん、向こうで喜んでるよ」
クロエの瞳から涙があふれ出た。そして苦しそうな声で、
「ユウが殺したの」
というと嗚咽した。
紫子さんは、クロエの手をさすりながら、
「ユウちゃんはそれが役目なんだよ」
と言った。
たしかクロエの役割はユウさんにヒダルや屍人をけしかけることだった。
そのせいでこの世とあの世を彷徨うあらゆる存在は、潮時になるとユウさんの元に渦のように集まってくる。
でもみんなはなんでユウさんにわざわざ滅殺されにやってくる?
今まで地縛霊や彷徨う霊魂とおなじように、ヒダルや屍人、蛭人間のことを恐ろしいと感じてた。
あたしもこのところクロエに影響されてあの世の人たちが怖くなくなってきた。
それであの人たちの気持ちにも寄り添えるようになったからだと思う。
「みんなけちんぼ池に行きたいから?」
あたしは独り言のようにつぶやいた。
「そうだね。みんなミユウちゃんと同じなんだよ」
それに紫子さんが答えてくれた。
ユウさんはみんなを滅殺することでけちんぼ池に送っている。
それがユウさんの役目。
グウウ。
クロエがうめいた。
いつものクロエでは発しないような声だった。
あたしはクロエの顔色を見た。
すでに土気色をしていて、見開いた瞳は完全に金色、虚空をにらみつけていた。
「クロエ!」
あたしが近づこうとすると紫子さんが腕を差し出して留めた。
「始まったからね」
クロエの唇からみるみる銀牙がはみ出てきた。
これからあたしはクロエを鬼子神社に連れて行かなければいけない。それがユウさんとの約束だ。
でもあたしは発現が始まったクロエをどうすることも出来ないのだった。
「どうしましょう」
すがる気持ちで紫子さんに言うと、
「あたしに任せて。こう見えても鬼子使いの端くれだから」
とクロエを抱き起こして片膝で支え、そのままの姿勢であたしの右手を取ると薬指を軽く握った。
そして紫子さんは呼気を整えてから勢いよく手を引き離すとその手を空中でくるくると回し始める。
その時あたしの目に見えたのは赤い糸。
あたしの薬指につながったエニシの糸がらせんを描く様子だった。
その糸のらせんは紫子さんの手が下がるのに合わせてクロエの体を覆ってゆく。
そしてクロエの全身があたしのエニシの糸でぐるぐる巻きになると、紫子さんは再びクロエを床に横たえた。
それはまるで赤い繭のようだった。
最後に紫子さんは赤い糸の間のクロエの薬指にちょんと触れて、
「これでよし。しばらくはおとなしいからね」
とあたしに向き直って笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます」
さすが紫子さん。あたしこんなこと出来る気がしない。
しばらくすると赤い繭はきれいに消えて見えなくなった。
中から出てきたクロエは寝息を立てているようだった。
「声を掛けてごらん」
と紫子さんに言われて、
「クロエ、起きて」
と肩を揺すると、クロエはまぶたを開いてあたしのことをギュッと見て、
「起きてるよ」
と言ったのだったが、瞳の色は金色のままだった。