「書かれた辻沢 12」
文字数 2,259文字
ユウさんとまひるさんにお礼をして、大門総合スポーツ公園に戻ることにした。
「お送りしましょうか?」
とまひるさんに言っていただいたけれど、寄りたいところがあるからとお断りした。
駅前でバスを待つ間、周辺の記憶の糸を意識してみる。
やはり一番に目につくのは鬼子のそれだ。
その量の多さに圧倒されつつ選り分けているとクロエやミユウのものが見つかった。
ミユウのものはおそらく中学生くらいの記憶の糸でユウさんと二人で通学している時のがいくつもあった。
その中の一つを覗いてみる。
ユウさんは髪を肩まで延ばし、ミユウもまた同じ髪型をしていて、背丈も一緒で制服も同じセーラー服、二人を双子と思う人がいてもおかしくなさそうだ。
その記憶の糸では二人は辻沢の街の方から駆けて来て駅舎に吸い込まれてゆく。
おそらく汽車の時間に間に合うように学校からずっと走ってきたのだろう。
駅のベンチに腰かけて息を整えている二人は、ほっぺを赤くしてとても可愛い。
「辻女の体育館に血の雨が降ったって噂、本当かな」
ユウさんが言った。
「あいかわらずそういう不良っぽいの好きだね」
カバンからハンドタオルを出してユウさんの額の汗を拭いてあげながらミユウが答えている。
「不良ごときが? 血の雨だぞ。ヴァンパイアに決まってる」
「血の雨は例えでしょ。出たとしても絆創膏で止血レベル」
上気したユウさんをミユウが落ち着かせる構図は、昔から変わっていなかったようだ。
辻女に血の雨が降った。
それが事実なら、あたしも隣のN市に住んでいたのだから噂くらい耳にしていてもよさそうだが、そんな記憶はない。
もし辻女に行く機会があったら、その記憶の糸を探してみるのも面白いかもしれない。
ここは辻沢なのだ。もしかしたら本当に血の雨が降ってる可能性もある。
クロエの記憶の糸も見てみたが、連休に辻沢に初めて来た時と辻沢入りをした時のものだった。
さらにその周辺を探ったが、やはりパジャマの少女の記憶の糸は見いだせなかった。
もしクロエについて辻沢にやって来たのなら、その側に記憶の糸が紡がれているはずなのだが。
パジャマの少女の記憶の糸は、確実にあっただろう御蛇ガ池でさえ見出すことが出来なかった。
何故なんだろうか。
ようやくバスが来た。
「四ツ辻公民館前まで」
(ゴリゴリーン)
今では最初の頃の巨大な練り飴の記憶の糸に出くわしても、めまい程度で済むようになった。
しかし、ヴァンパイアの記憶の糸を意識するようになった今、またあのような体験をして嘔吐する時が来るかも知れない。
辻沢は最古層から膨大な数のヴァンパイアの記憶の糸が折り重なっている。
それがあたしの関心に触れたことで一気に目の前に押し出されて来た時が怖い。
「次は、大門総合スポーツ公園入口です。町長の辻川です。ここで運動をした分、ポイントがつきますので私が作ったゴリゴリカードをご購入してからお楽しみください。一枚2千円から!」
町長自ら宣伝かよ!なアナウンスを聞いて降車ボタンを押す。
乗った時は四ツ辻まで行き、紫子さんにミユウのことを報告しようと思っていた。
でも、少し体を休めてからと思ったので途中下車する。
運転手さんに払い戻しの手続きをしてもらい、バスを降りる。
四ツ辻方面の時刻表を写メで撮ってからコテージエリアに向かう。
途中駐車場を通ったがバモスくんの姿はなかった。
レッカー車でどこに連れて行かれたのか? 可哀そうに。
あたしのコテージのドアには斜交いに羽目板がしてあって入れなくなっていた。
メールを見ると鞠野先生から着信。お昼過ぎのだ。
[ユウイチ 隣のコテージに荷物ごと移動しました]
とあった。
ちょっと待って。鞠野先生があたしの私物を持ち出したってこと? マジか。
隣のコテージは元のよりも大きかった。
これはファミリータイプに違いない。
ウッドデッキの階段を上がりノックをしたが返事がない。ドアを開けると鍵もかかっていなかった。
そおっと中に入ると驚いた。
これは完全に無理!
部屋には木製ベッドが並んであって、その一つにあたしの荷物(着替えとか、着替えとか、着替えとか)が山になっている。スーツケースどこやった?
もう一つのベッドには、白ワイシャツのボタンを盛大に外して鞠野フスキが大いびきをかいて寝ていた。
しかも泥が付いたメリルのベアフットシューズを履いたまま。
生徒の部屋に居つこうなんて、どんな不良教師なんだか。
「先生! ちょっとこれは無理です。先生ってば」
肩をゆすって是が非でも起きてもらう。
やっと目が覚めた鞠野フスキが寝ぼけ顔で辺りを見回しながら、
「あー、フジノくん戻ったね。気分はどうだい?」
と気の抜けたことを言うので、
「なんですか? 女の子の持ち物をこんな乱暴に。しかも、のうのうと同宿までしようって。教師として恥ずかしくないんですか?」
「あ。え? なに? あ、ごめんなさい。管理人から早急に出て行くように言われて、あれよあれよと言う間にファミリータイプを契約させられて、荷物を忘れてるって言われて慌てて全部かき集めて……」
とあたふたと説明しだした。そして最後に、
「他意はございません」
とベッドの上に正座しようとしたから、
靴!
おずおずと靴を脱ぎ、頭を下げたのだった。
Yシャツのボタンを嵌めながら顔を上げた目に涙が溜まっていたので一旦あたしも落ち着くことにした。
「こんなことしたら、またゼミの人から誤解されますよ。鞠野先生」
「申し訳ない」
いつまで経っても、フジノ女史愛人説がなくならないのは、ほぼこの人のせいだ。
「お送りしましょうか?」
とまひるさんに言っていただいたけれど、寄りたいところがあるからとお断りした。
駅前でバスを待つ間、周辺の記憶の糸を意識してみる。
やはり一番に目につくのは鬼子のそれだ。
その量の多さに圧倒されつつ選り分けているとクロエやミユウのものが見つかった。
ミユウのものはおそらく中学生くらいの記憶の糸でユウさんと二人で通学している時のがいくつもあった。
その中の一つを覗いてみる。
ユウさんは髪を肩まで延ばし、ミユウもまた同じ髪型をしていて、背丈も一緒で制服も同じセーラー服、二人を双子と思う人がいてもおかしくなさそうだ。
その記憶の糸では二人は辻沢の街の方から駆けて来て駅舎に吸い込まれてゆく。
おそらく汽車の時間に間に合うように学校からずっと走ってきたのだろう。
駅のベンチに腰かけて息を整えている二人は、ほっぺを赤くしてとても可愛い。
「辻女の体育館に血の雨が降ったって噂、本当かな」
ユウさんが言った。
「あいかわらずそういう不良っぽいの好きだね」
カバンからハンドタオルを出してユウさんの額の汗を拭いてあげながらミユウが答えている。
「不良ごときが? 血の雨だぞ。ヴァンパイアに決まってる」
「血の雨は例えでしょ。出たとしても絆創膏で止血レベル」
上気したユウさんをミユウが落ち着かせる構図は、昔から変わっていなかったようだ。
辻女に血の雨が降った。
それが事実なら、あたしも隣のN市に住んでいたのだから噂くらい耳にしていてもよさそうだが、そんな記憶はない。
もし辻女に行く機会があったら、その記憶の糸を探してみるのも面白いかもしれない。
ここは辻沢なのだ。もしかしたら本当に血の雨が降ってる可能性もある。
クロエの記憶の糸も見てみたが、連休に辻沢に初めて来た時と辻沢入りをした時のものだった。
さらにその周辺を探ったが、やはりパジャマの少女の記憶の糸は見いだせなかった。
もしクロエについて辻沢にやって来たのなら、その側に記憶の糸が紡がれているはずなのだが。
パジャマの少女の記憶の糸は、確実にあっただろう御蛇ガ池でさえ見出すことが出来なかった。
何故なんだろうか。
ようやくバスが来た。
「四ツ辻公民館前まで」
(ゴリゴリーン)
今では最初の頃の巨大な練り飴の記憶の糸に出くわしても、めまい程度で済むようになった。
しかし、ヴァンパイアの記憶の糸を意識するようになった今、またあのような体験をして嘔吐する時が来るかも知れない。
辻沢は最古層から膨大な数のヴァンパイアの記憶の糸が折り重なっている。
それがあたしの関心に触れたことで一気に目の前に押し出されて来た時が怖い。
「次は、大門総合スポーツ公園入口です。町長の辻川です。ここで運動をした分、ポイントがつきますので私が作ったゴリゴリカードをご購入してからお楽しみください。一枚2千円から!」
町長自ら宣伝かよ!なアナウンスを聞いて降車ボタンを押す。
乗った時は四ツ辻まで行き、紫子さんにミユウのことを報告しようと思っていた。
でも、少し体を休めてからと思ったので途中下車する。
運転手さんに払い戻しの手続きをしてもらい、バスを降りる。
四ツ辻方面の時刻表を写メで撮ってからコテージエリアに向かう。
途中駐車場を通ったがバモスくんの姿はなかった。
レッカー車でどこに連れて行かれたのか? 可哀そうに。
あたしのコテージのドアには斜交いに羽目板がしてあって入れなくなっていた。
メールを見ると鞠野先生から着信。お昼過ぎのだ。
[ユウイチ 隣のコテージに荷物ごと移動しました]
とあった。
ちょっと待って。鞠野先生があたしの私物を持ち出したってこと? マジか。
隣のコテージは元のよりも大きかった。
これはファミリータイプに違いない。
ウッドデッキの階段を上がりノックをしたが返事がない。ドアを開けると鍵もかかっていなかった。
そおっと中に入ると驚いた。
これは完全に無理!
部屋には木製ベッドが並んであって、その一つにあたしの荷物(着替えとか、着替えとか、着替えとか)が山になっている。スーツケースどこやった?
もう一つのベッドには、白ワイシャツのボタンを盛大に外して鞠野フスキが大いびきをかいて寝ていた。
しかも泥が付いたメリルのベアフットシューズを履いたまま。
生徒の部屋に居つこうなんて、どんな不良教師なんだか。
「先生! ちょっとこれは無理です。先生ってば」
肩をゆすって是が非でも起きてもらう。
やっと目が覚めた鞠野フスキが寝ぼけ顔で辺りを見回しながら、
「あー、フジノくん戻ったね。気分はどうだい?」
と気の抜けたことを言うので、
「なんですか? 女の子の持ち物をこんな乱暴に。しかも、のうのうと同宿までしようって。教師として恥ずかしくないんですか?」
「あ。え? なに? あ、ごめんなさい。管理人から早急に出て行くように言われて、あれよあれよと言う間にファミリータイプを契約させられて、荷物を忘れてるって言われて慌てて全部かき集めて……」
とあたふたと説明しだした。そして最後に、
「他意はございません」
とベッドの上に正座しようとしたから、
靴!
おずおずと靴を脱ぎ、頭を下げたのだった。
Yシャツのボタンを嵌めながら顔を上げた目に涙が溜まっていたので一旦あたしも落ち着くことにした。
「こんなことしたら、またゼミの人から誤解されますよ。鞠野先生」
「申し訳ない」
いつまで経っても、フジノ女史愛人説がなくならないのは、ほぼこの人のせいだ。